ある男の子の話
今は昔、あるところにひとりの男の子がいました。
男の子は母親が大好きでした。
男の子は体の弱い母親を喜ばせようと料理を作ります。農家のおじさんたちを手伝って新鮮な野菜を貰います。
母親は喜んで食べてくれます。男の子はいっぱい作りました。しかし、母親は食が細くなっていきました。
男の子は考えました。甘いモノなら食べられるかもしれない。男の子は自分の好きなお菓子を作りました。
近所の皆にも配って感想を聞きます。その感想を聞いてより美味しいお菓子を作ります。
ある朝、母親は起きれませんでした。男の子が起こそうと体を揺すりますが、起きてくれません。
起きてくれない母親の体をずっと揺すり続けますが、侍女が止めさせます。だんだん冷たくなってきます。
もう二度と目が覚めません。
その時、父親は遠い王都にいて母親の傍にいませんでした。
母親の体は父親が帰って来る前にお墓に埋められてしまいました。
男の子は悲しくて誰にも会いたくありません。自分の部屋に引き篭もってしまいました。泣きながら眠ってしまいました。
翌朝、自分のお腹の音で目が覚めました。
悲しくてもお腹がすきます。空腹という生理欲求に勝てませんでした。我慢できずに母親のために作ったお菓子をかじります。そのことがますます悲しくなりました。
母親はもう食べることが出来ません。もう食べさせる相手がいません。
男の子はクッキーを口の中に詰め込みました。
ずっと部屋から出ませんでした。心配した侍女が食事を差し入れますが、部屋に入れてくれません。
男の子が部屋から出てきたとき、父親は王都に帰ってしまっていました。
男の子は元々父親が嫌いですが、ますます嫌いになりました。男の子は父親を擁護する皆が嫌いになりました。
もう、大好きな母親はいません。頑張る必要はありません。男の子は無精するようになりました。
屋敷の皆が男の子を諌めますが、聞く耳持ちません。
もう、男の子は誰のためでもなく好き勝手に生きることに決めました。
ある時、男の子はふらりと近所を歩いていました。怪我をした老人が畑仕事をしていました。危なっかしい手際です。
それを見た男の子は腹が立ち、老人を罵倒しました。そして代わりに畑仕事を手伝いました。
そして近所の大人たちに明日から老人を手伝うよう怒鳴り散らします。
男の子は皆が嫌いでしたが、不幸な人間を見るのはもっと嫌いでした。
難儀している人間を時々見つけては手助けをし、八つ当たりするのでした。