ある臆病な女の子の話
領主様に引き取られてから、みんな笑顔です。ひもじい思いもせずに安心して毎日を過ごしています。
みんなお腹一杯食べることが出来ます。枯れ木のようにカサカサで細かった腕も、少しづつふっくらしてきました。ボロ布ではない、綺麗な服も着れます。
そして、私をいじめる人はいません。
でも、領主様はお仕事で遠くへ行ってしまっていて暫く不在となっています。ちょっぴり寂しいです。
代わりにおばさまたちが私たちの世話を焼いてくれます。兵士のお兄さんも顔を出しますが、別の仕事があるらしいのでそれほど頻繁ではありありません。
私は一番のお姉さんなので、小さな子の面倒を見ながら毎日を過ごします。ここに住まずに通いの子もいます。全員集まると賑やかです。
ここでの生活にも慣れてきたので、皆で少しづつ勉強を始めています。けれども、まず文字を覚える前に鉛筆の持ち方から学ぶありさまです。
つまらないのか、幼い子ほどやっぱりすぐに飽きてしまいます。遅々として進みませんが、おばさまは
「まずは元気になることが、一番さね」
と気にしていないようです。
そんなある日、皆でお庭で遊んでいると屋敷を見知らぬ女の人が覗いていました。
つり上がった冷たい瞳で、こちらを睨みつけています。服はちょっと汚れていますが、元は上等な布地を使ったと思われ、腰には剣を佩いています。ちょっと離れた所を見ると木に馬が繋がれて、どこか遠方から来たことがうかがえます。
お金持ちのお嬢様みたいですが、商人ではない・・・と思います。馬にも片手で持てる手荷物程度の荷物しか見当たりません。 領主様のお知り合いでしょうか?
じっと見ていると、こちらに気づいた女の人が、声を掛けてきました。
「ここの領主様のお屋敷ってどこかしら?」
「こちらになりますが、領主様は現在不在となっています」
私が恐る恐る答えると、目つきが鋭くなった気がします。一瞬腕を振り上げたようですが、すぐに手を降ろしました。
気づかず何か粗相をしてしまったのでしょうか。昔を思い出して少し怖いです。
こういう人に万一失礼な事をしたら、折檻されてしまいます。
その人は不機嫌そうに喉を鳴らしました。
「何でもありませんわ。貴方は?」
言葉づかいも近所のおばさまとは違います。貴族の方でしょうか。貴族だったら大変です。気分次第でどんな理不尽な事をしてくるか分かりません。
こんな時に限って、大人の人はいません。兵士のお兄さんでもいればマシなのに。
「何の御用でしょうか?」
思い切って聞いてみます。恐ろしいけれど、何も知らない子に任せるわけにはいきません。
女の人に視線を向けると、その背後で男の子が馬に近づいていきます。
「危ないから、近づいちゃ駄目!」
屋敷にいる農耕馬とは大きさからして違う立派な馬です。慌てて引き離して抱きしめます。馬を間違って傷つけでもしたら、どんな事をされるか・・・
「むやみに馬に近付いてはいけませんわよ!」
怒鳴って近づいてきます。慌てて平伏して許しを乞います。
「ごめんなさい。この子はまだ小さいので無礼のほどはご容赦を」
女の人を恐る恐る見上げると、無言で見下ろしています。
他の子供たちは怒鳴った女性に慄き、涙ぐみます。
どうしたら怒りを納めていただけるでしょうか。
この女の子の過去の話は『がんばる女の子の話』で「ある薄倖な女の子の話」というタイトルで入れようかとも思ったのですが、本当に不幸なので、書いて作者が嫌になったので没です。
この娘は昔、貴族の女性に酷いことをされた過去があったのです。
なお、領主も貴族の端くれのはずなのですが、この子の頭からは抜け落ちています。




