潜入
あの失礼な婚約者殿の化けの皮をはがしてやりますわ。あんな有様では、彼の領地は酷い有様でしょう。
気軽に宝石を見せびらかしていたけれど、田舎領主が持っているには身分不相応です。一体どれほどの重税を掛けているのでしょう? 全く、貴族の風上にも置けない卑劣漢でしょう。
本人が不在のうちに様子を見に行って、場合によっては糾弾してやりますわ。
途中、街道を掘り返す作業をしていて足止めされていましたが、問題なく進みます。足止めの手前までは大人3人程度が歩ける幅程度しかなかったのが、ここから先は道幅も広がっていました。けれども、簡単に土を踏み固めただけなので、馬を駆けさせる度にボコボコになっていしまいます。
え~と、良いのかしら?
気づかなかったことにして、素知らぬ顔で街へ入ります。入り口で簡単な審査を受け、税を払い街を進みます。さすがに街中では馬を引いて歩きます。
さすが、田舎領地。ここがこの土地の中心街のはずですが、規模はウチの領地の周辺農村規模と大差ないようです。
まずはあの男の住処を検分してやりましょう。
「お嬢さん。どこへ行くっスか?」
剣を佩いたチャラい青年が追い縋ってきました。はっきり言ってウザい。何のつもりかしら?
「俺はこの街を守る兵士っスよ。お困りじゃないっスか?」
「困ったことはありません。ご自分の職務に戻ったら如何かしら」
「いや~、今の俺の職務は右も左も分からない綺麗なお嬢さんを案内することっスよ。泊りっスか? いい宿屋を紹介するっスよ。といっても、この街には一軒しかないっスけど」
そう言って、へらへら笑みを浮かべています。私の周りに今までいなかったタイプです。軽薄で信用ならない雰囲気を醸し出して、関わり合いになりたくない。
「結構です!」
こんな小さな街ですもの。一番大きくて立派な屋敷を探せば、それが領主の館です。迷うことなくすぐに見つかりますわ。
まだ、益体もない言葉を続けますが、ガン無視です。
ウザい言葉を聞き流し、徘徊すること数分。街で一番大きな建物を見つけました。そこは大通りの一番奥に建っている屋敷です。
軽薄な兵士は暫くついて来ましたが、全く返答をせず無言を貫いていたので、ようやく諦めて去っていってくれました。
けれど、小さな子供たちがその屋敷の庭を駆け回っています。子供たちは巷の通行人よりは小奇麗な格好をしていますが、皆やせっぽちです。ちぐはぐな印象を受けます。
託児所にしては立派すぎますが、領主の館ではなさそうです。
それに領主の屋敷と云えば、戦時に立て籠もれるように石垣や壁で囲まれているものです。ここは申し訳程度の生垣で囲まれているだけでした。しかし、ここ以外にそれっぽい建物はありません。
馬を傍らの木に繋ぎ、木陰で思案にふけります。勢いでここまで来てしまいましたが、どうしましょう。
戻って、さっきのウザい兵士に聞くのは絶対嫌です。ひとりの可愛らしい女の子がこちらを見ています。丁度良いですわ。
「ここの領主様のお屋敷ってどこかしら?」
「こちらになりますが、領主様は現在不在となっています」
女の子がはっきりした回答を返してきました。
しっかりした子ね。頭を撫でてあげようとして、腕が止まります。初対面で頭を撫でるのは失礼でしょう。
女の子は可愛らしい瞳でこちらをうかがっています。照れ隠しに咳払いをして誤魔化します。
「何でもありませんわ。貴方は?」
彼女の他にも幾人かの子供が遊んでいます。いくらなんでも婚約者殿の子ではないでしょう。年齢が合いません。侍女見習いか何かでしょうか?
にしてはこの子以外は立ち振る舞いが良く言えば自然体。悪く言えば野暮で、どんくさいです。
けれども、楽しそうに遊んでいる子供は。心が和むものです。微笑ましい姿を見ていると、照れている様で、女の子はもじもじししていましたが、ややあって、口を開きました。
「何の御用でしょうか?」
そうですわね。試しにこの子に聞いてみましょうか。何を聞きましょうか?
「危ないから、近づいちゃ駄目!」
そう思っていると、その子がいきなり叫び、駆け出しました。視線をそちらに向けると、幼い男の子が馬の尻尾が気になったのか、とことこと後ろから近づいています。
女の子は掻っ攫う様に男の子を抱え、馬から引き離しました。
馬はいきなり後ろ足を振り上げることがあるので、後ろから近づくのは危険なのです。
「むやみに馬に近付いてはいけませんわよ!」
わたくしも注意を促します。馬に蹴られて怪我をしたらどうしますの?
この女の子は良く気が付く子ね。怪我がなくて本当に良かったですわね。
今度こそ頭を撫でようと近づくと、突然ひれ伏します。
「ごめんなさい。この子はまだ小さいので無礼のほどはご容赦を」
え~と、どうしたら良いかしら? 何でこの女の子はいきなり土下座しているの?
「・・・・・・」
他の子供たちは女の子の様子に慄いています。小さな子は涙ぐみ、ちょとだけ大きな子の陰に隠れてしまっています。




