番外編・素敵なヒロインの物語 侍女 お取り寄せする
昔々、此処ではないある所にある貴族が治める小さな領地がありました。そこは山や森に囲まれた何の変哲もないただの田舎でしたが、驚いたことに隣の国のお姫さまがお嫁に来ました。
これは、そのお姫さまに付いてきた心優しい楚々たる侍女の物語の続きです。
侍女がいつものように屋敷で働いていると、近所のご婦人たちが訪ねてきました。
彼女の持つのたぐいまれ人望につられて、色々な人が相談に来るのです。
心優しい侍女は自分を頼ってきた人たちを無下に断ることが出来ません。
「最近塩の値段が上がってるんだけど、どうにかならないかい?」
「はぁ? 何でアタシに言うんだい? そんな面倒なのはあいつに頼みなよ」
しかし、今回持って来られた案件は侍女の領分を越えた出来事でした。何の権力もない彼女の手に負えません。
そのご婦人の力になれないのは心苦しいので、同じ屋敷で仕事をしている家令殿にお伺いを立ててみます。
「それは来年塩税が上がるとこが決まったからでしょう。この国は製塩業者が商人に卸す時に個別の税をかけ、卸値を国が決め管理しています。この税金を来年から30年間を上げるらしいです」
「来年からなのに、何でもう値段が上がってるんだい?」
「値上がりを前にして、既に買占めに走った者がいるのでしょう。他所でも品薄になって、高騰の兆しがあるようです」
「そんな情報は要らないんだよ。そんなのどうでもいいから、どうやったら塩の値段が下がるんだい」
ご婦人のお悩みに家令殿も困ってしまいます。侍女はもちろん、彼にとっても手の出せる案件ではなかったのです。
力になれず、申し訳なさそうにする家令殿に相談を持ちかけたご婦人も慰めの声を掛けます。
「使えない男だね。あんたは何か小汚い抜け知っているんじゃないのかい?」
諦めきれないご婦人は聡明な侍女に何か手がないか、意見を求めました。
弁えのある侍女は控えめに所見を述べてみます。
「塩が駄目なら、加工品はどうなんだい?」
「・・・と、言いますと?」
「例えば、肉の塩漬けは課税対象なのかい? 極端に言うと、海水自体を運んで来れば無税になるんじゃないのか?」
「塩を使っている加工食品も値上げの兆しが見えていますよ。それと、海水から塩を採るならなら大量に必要ですよ。運搬費に見合うとはとても思えません」
「ならこれって、国内の話なんだろ。隣国で買い付ければ関係ないんじゃないのか」
「バカ高い関税を取られて、国内品より高くつくと思いますよ。何か良い手がないか、私も王都の旦那様に相談してみますよ」
結論は出ないようです。気落ちしたまま、ご婦人たちは帰って行きました。
そんな事があっても、勤勉な侍女の仕事は日々続きます。
「姫さま。弟君に手紙でも書きませんか?」
「う~ん、そうね。あの子も身辺が落ち着いた頃かしら? 確かにどうなっているのか気になるし、お手紙を書いてみましょうか」
お姫さまの唯一の肉親である弟君は隣国で公王さまとなっていたのでした。
侍女はお姫さまのお手紙に加え、自分も近況を伝えるお便りを隣国へ送りました。
すると間もなく姫さまの弟君からお返事と共に贈り物が届きました。
なんと、姉の健康を気遣った美容水でした。
ありがたい事でしたが、弟君の奮発で樽3つも送られてきました。
侍女は贈り物を運んできてくれた方にお礼を言います。
「流石弟君。未だに返答のない旦那様と違って手配が早いね」
「ご依頼の通り、こちらをお納めしますのでお手柔らかにして頂けると、有り難いのですが・・・」
「何だい? それじゃ、あたしが脅してるみたいじゃないか?」
「いえいえ! 決してそのようなことはありません。こちらの品も公王の在籍中は定期的にお送りしますので、なにとぞよしなに」
家令殿も公王さまからの贈り物ということで驚きます。
「え~と。何でこうなっているのか分かりませんが、これって高濃度の塩水ですよね?」
「何言ってんだい? ちゃんと『公王』公認の目録で美容水って書いてあるじゃないか。おっ、ちゃんと樽に防腐処理もしてあるね」
「・・・」
「公王の印がある品にバカ高い関税をかける輩もいないだろうさ」
気前の良い侍女はお姫さまの許可を得て近所の方々におすそ分けするのでした。
増税決定を知った商人たちの買い占めしたので、この頃急激に塩の値段が高騰していました。実はこの時より実際に増税が導入した時の方が安くなる状況となっています。
なお、この国では岩塩はとれません。海水からの抽出のみとなっています。




