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ふわり

ふわり、甘い匂いがした方を振り返ると彼女が赤ん坊を抱きながら、俺に微笑みかけていた。


「見て、可愛いでしょ」


とはにかむ姿は何年経っても愛おしく、それと同時になぜこの赤ん坊の父親が自分ではないのだろうかと悔やまれる。「確かに可愛いな、お前に似ていなくて」悪態をつきながらもう一度赤ん坊の顔を眺める。


可愛い、本当に整った顔をしている。そして『アイツ』にそっくりだ。

丸く開かれた目は『アイツ』と同じで彼女だけを映しこみ、薄く閉じられた唇は微かに笑みを湛えている。


見れば見るほど『アイツ』に似ていて、本当に………憎い。


彼女とは同級生で小学校の頃から家が隣同士ということもあり、ずっと仲良くしていた。

そう、俺と彼女と俺の『弟』の3人でいるのが当たり前で、この関係は大人になってもずっと続くと思っていた。しかし、中学、高校にあがるにつれて3人でいる時間は減り、俺と彼女も思春期によくある男女の差を気にして話すことが少なくなっていった。


だがこの時、この幼馴染の関係が終わると思っていたのは俺だけだったのだ。今でも思い出す。高校3年の冬、彼女が俺の家の前に立っていたと思うと、家からでてきた弟に手を引かれながらどこかへ出かけていった場面は紛れもない裏切りだった。


彼女は少なからず俺に好意を抱いていて、俺も彼女を憎からず思っている。弟もそれを分かっていた、分かっていたはずなのだ。なのに――――――


弟はいつも無表情でどこか遠くを見ているような薄気味悪さをもっていた。しかしこれは兄の俺からしてみればらしく、俺の同級生でもそうだったが周りの女からは「ミステリアスなところが良い」だとか「けだるげな感じが堪らない」らしい。感情のない化け物のように思っていた弟がいつになく小奇麗な恰好をして彼女を実家に連れてきた日のことだ。


「僕、結婚することになったよ」


黒い瞳が俺を映しながら口角のみ上げて話す姿には暗に「兄さん、残念だったね」と言われている気がしてならなかった。「そうか」とぶっきらぼうに返事をした俺をみて弟はひどく満足そうで、無性に腹がたった。


―――――そう、俺は生まれた時から弟が大嫌いだ。




彼女は、突然訪問したにも関わらず俺に食事を作るために、赤ん坊をソファに寝かせて台所へといっている。赤ん坊の寝顔を見ながら俺は、無意識に手が、赤ん坊の首に伸びているのを無感情に見ていた。


白くて柔らかくて生暖かい首に無骨な手がゆっくりと力をかけていく。まるでサスペンスドラマを見ているようだと心の底でほくそ笑む。


ある程度力がかかると赤ん坊はゆっくりと黒々とした目を開き、弟にそっくりな顔で俺を見つめた。不思議なことに泣き出すことはない。ただ、俺を見つめて、微かに……笑った。



「うわあああああああん」



急な泣き声に驚いて手を離す。彼女が台所から駆けつけ抱き上げて宥め始めると、彼女の肩越しに黒い目が俺を見て蔑むように半月に変わった。



ああ…この赤ん坊、憎たらしいぐらいそっくりだよ

――――――弟に



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