夕食
夕食は本当に豆粥だった。
豆や麦のほかにもニンジンとジャガイモとキャベツ・玉ねぎ、申し訳程度にベーコンが入っている。
(具材、昼と変わってないよね?)
昼のトマトスープには、豆や麦が入ってなかっただけで、内容はほぼ同じだ。
もそもそと侘しい夕食を一人で食べていると、背後から声が降って来た。
「いきなりしょぼくなって口に合わなかった?」
びっくりして振り返るとレイがいた。
「味はおいしかったです。しっかり香辛料が効いていて」
にんにくや香草を使って、物足りなさを誤魔化しているということも言える。
「ゴメン。備蓄食料の入れ替えの時期だから。前の宴会で結構消費したんだけれど、一応葉物は今朝、シャムローさんの生徒さんが山で採れたばかりの物を持ってきてくれているから」
「備蓄食料、ですか」
古い食材と聞いて、冷めかけの豆粥に視線を落としてしまった。
「ここは観光産業が主で他領に比べて農家やっているところが少ない。 財源は小さな領地の割にはそれなりにあるけれど、凶作になったら、銅貨を食べてもお腹は膨れないからね。シャムローさんや他の農家さんから農産物を買い取って、保存の利くものは雪の中に埋めて冬を越すんだ」
ウエストレペンスの背後にそびえるジェムリア山脈は春の盛りの今でも半分薄雪を被っている。あれなら確かに冬を越せるだろう。
「お客様にお出しするのは当然新鮮なものだけれど、一定期間過ぎたものは宴のたびに領民に振舞ったり、城の使用人や領主が日々の食事で消費する。
ここ30年くらい凶作が起きていないけれど、もうここは王領じゃないから、備蓄食料は自分たちで用意しないと」
王領時代は国の責任で面倒見てくれていたから、観光業だけに全力を振り向けていても支障はなかった。
「王都では、常に新しいものが運ばれてきますから、深く考えることは無かったです。アレス様はすばらしいお方です」
ぼろ城を自分の我が儘で、たった一冬の間に修繕させる。
それだけ聞けば冬場に領民に強いるただの暴君だが、結果さらにウエストレペンスは栄えている。
「冬を越す工夫はきっとどこの領も同じだよ」
レイがわざわざその当たり前のことを言うのは、ライラが常に物の溢れる王都に住んでいて、その当たり前のことをわかってなかったから。
何も知らないことを彼に知られて(彼ははじめから想像がついていたのかもしれないが)俯くライラに気づかないふりをしてくれたのか、彼は窓の外に目をやった。
「まあ、少々の凶作でも、城の宝飾品を売れば何とかなるんだけれど、先祖が大切に守ってきたものをなるべくなら次代に残していきたいし」
ライラも釣られて外を見る。
昼は青く澄んだ空と濃い緑の山にくっきり分かれていた色は赤に染められて、昼と同じくどこまでも広い。
レイの真摯な眼差しに、胸が締め付けられる。
「その、至らない点があるかもしれませんが、この城を支えられるよう精一杯お手伝いしていきたい」
どれほどのことができるかわからない。 いや、何も出来ないだろう。
でも、たとえ、姉の繋ぎだとしても、今ここにいるのは”私”だ。
「今からそんなに気を張らなくていいけど……頑張ってくれるって言うなら明日からちょっとお願いしたいことがあるんだけれど」
頭を下げるライラにレイは若干引き気味になるが、すぐに立ち直ってちょっといじわるそうに笑った。
こういう表情はイリアとそっくりだ。
◇◇◇
「事前調査よりも、随分マシです。伯爵様の噂を気にして猫を被っているだけかもしれませんが」
夜の警護を他の護衛に任せ、領主の所へ報告に訪れたナイラの護衛ウォーレンは、領主に折り目正しく礼をして、先に報告に訪れていたアリアの方をちらりと見てから、直立不動で彼女の報告が終わるのを待った。
「もう少し年長者らしく優しく接すればいいものを」とも思わなくもない。
可哀想に少女が「機嫌を損ねてしまった」と怯えていて、彼女付きの侍女が憤慨していた。
やはり、仕事とはいえ、盗み聞きした内容を伯爵に報告するのは気が乗らない。
◇
アリアたち侍女は他家の侍女ともそれなりに繋がりがある。どこの家も守秘義務は設けているだろうが、他家の内情はたった一言の愚痴で漏れてしまう。
その愚痴……情報では、かなりしっかりしすぎている女性と聞いていたが、急に決まったことで、それ以上の情報を拾えなかった。
もう少し時間をいただけたらと思わなくもないが、それをこの目の前の領主に言っても詮無いこと。
決められた時間内に深く調べられなかったアリアの落ち度だ。
レイが『出来れば先入観なくお付き合いしたい』とか寝ぼけたことを言って途中で調査に横槍を入れてきたせいでもある。
「騙しているのはこちらも一緒だ。食いつぶされる前に追い出すさ」
伯爵は冷たく笑う。
「ひどいお方ですね」
14のときに出会ってから分かっていたが。アリアはため息をつく。
「ですが、ご注意ください。向こうもこちらの情報を集めているでしょうから」
「誰が何を信じようと、それは真実の一部でしかない」
領主の言葉に扉近くで控えていたウォーレンがほんの少し身じろぎした。