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パンフレット

 ライラは侍女と共に城の中に戻った。


 広いことは確かだが、観光地らしく城内案内図が各階段付近に掲げられている。

 さすがに私的な空間は空白だらけで、細かな配置は記されていないが、城の配置図が親切に掲げられているなんて、ある意味、暗殺者が侵入をまったく想定していない。


 この階段は観光客の見学コースから外れているようで、護衛も警戒を緩めて離れてくれ、ライラはほんのひと時、肩の力を抜くことが出来た。

 騙し続けている、いつ嘘がばれるかという緊張のせいで、ここ数日体が重い。

 護衛が十分な距離を取っているのを確認して、ライラは侍女に囁く。


「この図、折をみて写しておいてくれますか?」

「かしこまりました」


 配置図があったほうが、姉も分かりやすいだろう。


「それにしても人が多いわね」


 観光客は、玄関の真ん中にある薔薇のアレンジメント、シャンデリア、壁に飾られている絵画を見ている。

 人のさざめきの一つ一つは聞き取れないが、一部の人は、手元の紙を確認しながら、天井画を指差している。


「これですか?」 


 急に声をかけられて、ライラは驚いて侍女と共に振り返る。

 護衛は特にこちらの驚きに気づいた風も無く、ライラと侍女にそれぞれに紙を配った。


 表紙には薔薇の紋章と『ウエストレペンス城』の文字。

 彼から渡されたのは四つ折りにされたパンフレットだった。


「あの……ついさっきまで、離れていましたよね」

「気配をはっきりさせたほうがよかったですか?」


 このパンフレットを取りに行ってくれていたのだろうか?

 気配もわざわざこちらに気を使って消していてくれていたのかもしれない。


(うっとうしいとか思ってごめんなさい!)


「その……護衛のしやすいようにして下さって大丈夫です」


 パンフレットには、見取り図に展示物の紹介、各種イベントなど。『古の秘宝展』に『薔薇展』、『季節の果物狩り』』『宝石を見つけようツアー』。城近くの山には『死霊王子の墓』まで……。


「す……すごいですね。節操がな……い、いえ、何でもありません」

「ナイラ様。お稽古のお時間です」


 ライラが不自然に言葉を飲み込んだとき髪をピンクに染めた侍女が唐突に現れた。


「「は、はいっ!?」」


 ライラは今度こそ、自分の侍女と共に肩をびくつかせ声を上げてしまった。

 この城の使用人は東方の密偵『ニンジャー』の訓練をしているのだろうか?


 しかし困った。ライラは確かに箱入り娘だったが、そもそも社交界にデビューすることを想定していないので、最低限の行儀作法やダンスさえ習っていない。ぼろが出ないようにしなければ。


「あ、パンフレットありがとうございます」


 どうやら護衛は付いて来ないようなので、去り際振り返って礼を言うと、


「いえ、それは町のいたるところに置かれています。 城の入り口でも配っていますので」


 とむすっとした顔で目を逸らされた。 護衛が常に硬い表情なのは職務上仕方ないのかもしれない。

 でも、本当に助かった。侍女にこそこそ見取り図を写してもらう手間が省けたのだ。


 ライラはもう一度「助かりました。ありがとう」と護衛に伝えると、彼は背筋を伸ばし、「はっ」と額に手を当てて敬礼で返した。


 それがちょっとおかしくて笑ってしまった。もちろん控えめな笑みだったが。



 連れて来られた部屋は身支度用の部屋なのだろう。たくさんの鍵つきの箱が並んでいて、部屋の出入り口付近には大きな姿見がかけられている。


「まず、この服を着てください。ワンピースはドレスの上からすっぽりかぶることが出来ますので」


 ピンクの髪の侍女から実用的な庶民のワンピース(特大・ひよこアップリケ付き)とエプロン(同じくひよこアップリケ付き)を渡される。


 首を傾げたナイラの侍女はその服を見た途端、「それは下働きの服ではないの!」と怒った。

ピンク髪の侍女はナイラの侍女の怒りもまるで聞こえていないかのように「早くなさいませ」とライラを促す。

 ライラは怒鳴り声が苦手なので、逆らわずさっさと一人で着替えてしまった。


「ナイラ様!こんな服に着替える必要なんてございません!」


  やはりライラの侍女を全く無視したピンク髪の侍女がワンピースの後ろのホックを留めた。


「サイズは問題ございませんか?」

「あ、はい」


 思わず返事を返してしまったが、サイズ以外が問題だ。ドレスの上から無理やりワンピースを着たせいで、ぶかぶかのごわごわ。 鏡に映る自分の姿ははっきり言ってダサい。


「ほんの少しの間のことですので、我慢してください」

「あの、一体どこへ?」


「厨房です」

 

 答えた侍女はがっちりライラの手を掴んだ。

 施設案内の続きをしてくれるのか。このお着替えは衛生管理のために必要な措置なのだろう。

 でもなんだろう。この有無を言わせない雰囲気は。

 決して強引に引きずられているわけではない。でも振りほどける気がしない。


 不安げに自分の侍女を振り返るが、彼女の目の前で厨房の扉は閉じられてしまった。


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