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トランプ

「う~ん。夕食はさんざんだったわね。カチコチに固まっちゃって」


 夕食後、レイとイリアとスズ、リリーはイリアの部屋に集まって、デザートの苺を食べながら、作戦会議という名のおしゃべりをしていた。

 天井には、可愛らしい光の蝶々がひらひらと舞っている。


「あれ、蹴っていたな」

「蹴っていたな」

「蹴っていたね」


 夕食の時、伯爵夫人のイリーナは座り直すふりして、隣のアレスの足を蹴っていた。


「でも、どんな男男しい女が嫁いで来るのかと思ったら、かわいい()で良かった」


 スズはため息を吐く。花嫁が美人だからこそ伯爵があんなに過剰な反応を見せたのだろう。


「ろくに顔も見ずに決めたんだろ。……何ヶ月かかるか」


 伯爵が花嫁に慣れるまで……。


「慣れるの待ってたら、逃げられるって。今までみたいに」


 レイとて仲良くなった女性はいないことは無いのだが、ほとんどの女性はあの(・・)伯爵の長男と知った途端逃げていってしまう。


「たった数年(・・)の辛抱なんだがな」

「あんたがちょー頼りがいがあって、舅の嫁いびりからも守ってくれそうなところ見せたら?」

「いびりも何も、父さんはナイラさんと話すどころか近づきたくも無いだろう」

「緊張をほぐしてあげるのが大事よね~」


 アレスの方は長年培われた体質だから、対策は鈴と慣れしかない。

 先に、(らく)そうな方から、片付けるか。


 ほんの数瞬、天井を眺めていたスズは、何かを思いついたのか、にやりとお嬢様らしくない笑みを浮かべた。


「とりあえずトランプで親睦を深めるってのは?」

「今から?」

「向こうさんも疲れているだろう? つーか、子供じゃないんだし」

「トランプする!」


 蜂蜜入りミルクの中に(つぶ)した苺を入れて苺ミルクもどきを飲んでいたリリーは、『トランプ』の言葉に反応して手を上げる。


「一、二戦でさっさと引き上げたらいいわ。リリーちゃん、おねーちゃんは行けないけれど――」

「「えっ?」」

「目的はあんたとお嫁さんの親睦なんだから、私が一緒に行っちゃったら、ナイラさん私とばっかり話してしまうでしょ?」


 驚く男どもを冷たくあしらったスズは、きょとんとしているリリーに猫なで声で頼み事をする。


「おねーちゃんは行けないけれど、おねーちゃんの代わりにおにーちゃんたちを監視してね」

「監視? お兄ちゃんを見張るの?」

「きらきらの瞳で、おにーちゃんたちを見るだけでいいから」


 そう言った後、スズは軽く頭をもたげて、にっこり微笑んだ。

 無言の『言葉』を読み取った男二人は同時に頷いた。



 『分かっていると思うけれど、へんな真似したら鉄塔に吊るすから』



                ――夕食後、イリアの部屋にて――


◇◇◇


「この城で、注意して欲しいことは……棘だね」

「とげ……ですか?」


「ああ。この城って、ご存知の通り『茨の城』な訳で、まあ外見をみたらロマンチックかも知れないけれど、バラには、壁の内側と外側なんて日当たりがいいかどうかくらいの差しかないから」


 入ってきたなら切ってしまえばいいのに。ライラがそんなことを考えていると、その声が聞こえたかのように彼は、


「切りはしているんだが、切った端から生えてくるから。あとは父にはあまり近づかないように」


 レイの父アレス・ラハードの女嫌いは有名な話だが、世間というものを知らないライラは残念ながらその噂のほとんどを耳にしていない。


「それとこれ」


 レイ・ラハードが渡したものは、ピンクのリボンが付いた鈴だ。


「こ……れは?」

「鈴だよ。それを必ずつけて。リボンは自分の好みで」


 何気なく、鈴のリボンを持ち上げてゆすってみると視界の端に何かが動いた。 

 気配を追って前方に顔を向けて見ると窓枠の上に乗っかったモノがこちらを見ているのが目に入った。


「猫?」


 窓の縁で日向ぼっこをしていた猫は、顔をライラたちに向け、「なぁ」と鳴くと窓枠から降りた。


「ああ、君、猫大丈夫?」 


 良く見れば、ライラが手に持っている鈴とさして変わらない鈴をつけている。


「ええ」


(私は犬猫と同じなのでしょうか)


 猫はこちらを振り返った後、廊下の向こうに消えてしまった。


「で、オレンジ色の髪が母のイリーナで、僕とそっくりなのは弟のイリア。よく双子と間違えられるけれど、年子なだけだから。しばらくは、弟と見分けがつきにくいかもしれないけれど」

「そ、それは……大丈夫です。覚えました」


 伯爵家の男性は、三人とも金髪と水色の瞳で、レイとイリアは特に良く似ていた。

 見分け方はなんとなく分かった。


 何しろ自分も姉と良く間違われていたのだから。

 そうでなければ、入れ替わりなんて発想は出ず、ここに来てはいなかった。


「蜂蜜色の髪の小さな女の子が、妹のリリー。イリアにぴったりくっついていた栗色の髪の女の子がイリアの婚約者のスズ。もし、何か困ったことがあったらピンクの髪の女性が侍女頭だから、彼女に言ってくれたらいい」


 男三人の輝くような金髪と、夫人と侍女のカラフルな髪に圧倒されて、スズとリリーについてはあまり印象に残っていなかった。

 次はしっかり顔と覚えないと。


「また改めて紹介するから、慌てなくていいよ。親戚はもっと紛らわしい名前が多いから、僕なんておばさんの名前いつも間違えているし」


 気を張っているのが伝わったのか、彼は緊張を解きほぐすように微笑んだ。


「じゃあ、夕食、一緒でいいんだね。もし疲れているなら別にご飯用意することもできるけれど……。あ、別に一緒に食事を摂りたくないというわけじゃなくて、ちょっと問題の人が一人いるだけで……」

「……大丈夫です」


 話している間に部屋に到着したようだ。


 客室の扉を開けてくれたレイは、部屋には入らず、

「ゆっくり旅の疲れを取って」

 それだけ言って、去って行ってくれた。


 廊下の向こうに姉の婚約者が消えたのを確認した途端、ライラの口から小さなため息が漏れた。




 ふかふかのベッドに倒れこむ。でも、どんなにふかふかだろうがここは自分の家のベッドではない。

 心から安らぎを得るのは無理そうだ。


 疲れた。旅の疲れ以上に心の疲れが体を重くする。


「いろいろ無計画だと思うんだけれど……」


 日記帳の形で姉への報告書を書く。もし向こうの方が上手く行かなかった時、スムーズに入れ替わるため、細かな情報を書き残しておかなくてはならない。


――アレス・ラハード。金髪。湖水色の目。少し怖い。四十代。

 イリーナ・ラハード。きれいなオレンジ色の髪。四十代。

 レイ・ラハード。金髪。湖水色の目。優しそう。一人称『僕』

 イリア・ラハード。金髪。湖水色の目。レイさんとは年子。レイさんと良く似ている。

 リリー・ラハード。蜂蜜色の髪。十歳くらい。

 スズ。栗色の髪。

 侍女頭。ピンク色の髪。名前不明。三十前後。


 分かっていることや見た目の印象を書き留めていく。

 レイとイリアの違いはまだ言葉にするのは難しい。これからは細かな癖を注意しないと。 


 アレス様の所に『着飾られた(・・・・)人形』と書き加えて、鍵のかかる箱にしまう。

 印象に残った言葉も書き留めておいた方が、後々(のちのち)姉に話を伝えやすいだろう。




 夕食はぴりぴりしていた。と言っても別に辛かったわけではない。

 レイが言っていた『問題の人』が誰かはすぐに分かった。

 なにせその人はこちらをちらりとも見ずに黙々と食事をしているのだから。


 フォークとナイフが食器に触れる音がやけに大きい。

 伯爵の隣に座っている夫人が引きつった笑顔を浮かべ、居心地悪そうに身じろぎする。

 伯爵は眉間のしわをさらに深くし、料理を睨みつけている。


「おじさんがナイラさんに慣れてないだけで、いつもはもっと賑やかなのよ」


 義妹になる予定のスズが助け舟を出す……が、アレス・ラハード伯爵に睨まれてしまい、ぺろっと舌を出し、ライラに小声で耳打ちする。


 「怒られちゃった」


 結婚式前夜というより、通夜のような夕食の間、レイは気遣わしげに何度か質問してきたが、嘘を言うわけには行かないので、聞かれたことの半分は曖昧に、答えられることだけをぼそぼそ答えていたので、自然口数は少なくなってしまった。


(私、本当にやっていけるかしら……)




 聞かれるだろう質問とその答えはある程度想定していたが、あの緊張感では舌が喉に張り付いたようになって、上手く話せなかった。どころか料理を味わう余裕も無かった。


 今日はまだ、初日で緊張しているからと言い訳が立つが、徐々に、姉のような態度、言葉遣いにしていかねばならないだろう。


 ……気が重い。


 入れ替わった途端、性格が変わっていたら伯爵家の人間は不審に思うだろうし。 

 ライラが、与えられた部屋のベッドの上でぐったりしていると、扉がコンコンと叩かれた。

 まさか、明日を待ちきれずに婚約者が訪れたのだろうか?


 お断りする理由は事前に考えていたが……


(化粧さっぱり落とした後なのに……)


 夜なのだから、灯りを点けても細部まで分からないだろうが、鏡の前で軽く髪の乱れを整える。

 もう一度、遠慮がちに扉が叩かれる。

 ほんの少し扉を開けると十歳くらいの女の子がいた。


「トランプしよ」


 猫を抱いた女の子は確か、リリーと言ったか。ライラはほっと息をつく。 


「風邪引いたらダメだから、カーディガン羽織ったほうがいいよ」


 そういう少女はピンクの可愛らしいカーデガンを着ている。


「猫、中に入れても大丈夫?」


 リリーの背後からの男の人の声に訳の分からないまま「ええ」と頷いて、カーデガンを急いで羽織る。

 結婚前夜の女性の寝室。そこに兄妹三人(+猫一匹)で押しかけられた。

 風邪がどうのこうの以前の問題だ。


 彼らはなぜか異様に明るいランプを持っている。

 おかげで、レイとイリアの判別には困らないが、こちらの顔もばっちり見えてしまうではないか。

 訳の分からないまま敷物の上に車座で座る。


「この子ミミ」


 リリーがにっこり微笑みながら、猫を持ち上げると猫は「なぁ」と低い声を上げて、少女の腕から脱出した。

 ミミの毛並みは灰まだら色で世辞にも奇麗な毛並みとは言いがたいが、耳だけは奇麗な白だ。

 もしかしたら、昼に見かけた猫なのかもしれない。

 あまり猫を触ったことのないライラは、近づいてきたミミの頭を恐る恐る撫でてみる。ミミは特に嫌がった様子も無くそのままライラの隣で丸まって寝てしまった。 


「一、二戦したらすぐ出て行くから」

「何がいい? 」

「ババ抜きー!」


 リリーは元気に手をあげる。


「ババ抜きでいい?」


 レイの声にライラは混乱したまま、こくりと頷いてしまう。


「いや、今日会って、いきなり明日二人で寝室閉じ込められても、盛り上がらないだろ?」

「盛り上げ方が間違っているがな……」


 弟の発言にレイは呆れた声で答えカードを切ってそれぞれの前にポイポイ投げる。


「スズは、『出会った翌日、即結婚とかありえない。サイテー』とか言ってたな」


 そういえば、スズがいない。

 伯爵家の中では唯一年が近い女性で、夕食の時も萎縮するライラを気にかけてくれた。

 スズがここにいないことを少し残念に思いながら、尋ねる。


「スズさんとは、お付き合いは長いのですか?」

「ああ、俺が七つの時、親戚の中から一番年の近い子を『学友』として選んだってだけで、元は兼業農家の娘だ」


 農民でも豪農や名主と言った人はそれなりの土地と財産を持っているものだ。そういったところのお嬢様なのだろうか。


「僕らの所も小さな村の薬師だったから、そんな肩に力入れなくていいよ」


 薬師が伯爵になり、小さいとは言え町を一つ手に入れるほどの功績とは……やはり本当に当時王との仲の悪かった前王暗殺だろうか? 


 恐ろしい噂と夕食の伯爵の顔を思い出し、ぶるりと震える。

 難しい顔してトランプを見つめるライラに、レイは少し眉を寄せて心配そうにしていたが、すぐに明るい声で、


「このトランプって本当はレイス家の発明じゃないんだ」


 レイス家がこのトランプを“発明”したのは十数年前。

 似たようなカードゲームはあったが、レイス家はトランプとともにいくつかの遊び方も発表した。

 元々、農学や科学、経済学など多くの分野で発明・発見をしていた学者の家系で、当時の人は『学問だけでは飽き足らず、遊びにまで手を出した』と笑ったそうだが、当のレイス家の一人は『遊びも学問の一つ』と返したそうだ。


「遠い異国から来た女の子が、レイス家に伝えたんだ。その子が『サヤカ』さん」


 レイはトランプのケースを持ち、側面を見る。

 レペンス国のトランプはケースのどこかに必ず『サヤカより』と書かれている。

 一体なんだろうと疑問に思ったことはあるが、これですっきりした。


「で、僕の母さんが『七並べ』やら『ババ抜き』をこの国で最初に遊んだ数人のうちの一人。父さんも何度か参加させられたって。僕ら赤ん坊だったから覚えてないけど」


 むすっとした顔でカードを引いている伯爵を想像して、ぷっと吹き出してしまった。

 そこでやっとレイが顔をほころばせる。


「小さい頃は、父さんとも良くトランプやったし、その……どんな噂を聞いたか知らないけれど、そんな緊張しなくてもいいから」


 ライラが聞いたより、もっと多くのひどい噂をレイたちは耳にしているだろし、家族に見せている姿と伯爵としての姿が同じとは限らないのも彼らはよく知っているのだろう。

 灯りは笑顔の隅の不安をくっきり浮かびあがらせていた。


「わかりました」



 ◇


 一回戦は『ババ抜き』、二回戦『七並べ』、そして、三回戦の『神経衰弱』。

 四回戦を前にリリーがうとうとし始めたので、そこでお開きにすることにしたのだが、お開きを宣言した瞬間、リリーがはっと目をあけて、でもすぐ眠たそうな顔に戻り、半分寝言のように呟く。


「もう一回やるの……」

「また、やろうな」


 イリアが妹の頭をぽんぽんなでて立ち上がって、おぼつかない足取りの妹の手を引き扉から出る。続いてレイが部屋を出ようとしたら、パタンと――……


「イリア様!?」

「朝……開け……ダメ」


 慌てる護衛の兵士にイリアが何かを言い含めている。

 ライラと二人残されたレイは一瞬言葉を失ったが、すぐにドアノブを回し、扉を叩く。


「ちょ、おい! さすがにまずいだろう! 」


 すると盛大な音を立てて、続き部屋――侍女の控え室の扉が開いた。


「何を考えてらっしゃるんですか!」


 隣室で控えていたライラの侍女が鬼の形相で怒鳴り込んできたのだ。


「僕じゃないって!」


 テーブルの上の置き時計は午後9時を指している。初夏に入り、日が落ちるのが遅くなっているとはいえ、普通は日が落ちたら人はさっさと寝るものである。

 トランプ会の間中、一度も注意に来なかったのだから、明日の結婚式に備えて侍女ももう就寝していたのだろう。


 騒ぎに気づいて三つ先の部屋から様子を見に出てきたスズは、壁にもたれて「かっこわる」と呆れ声を漏らした。



 結局、護衛の兵士は駆けつけた伯爵から直接お小言を喰らい一日分の夜勤手当てを減給された。


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