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偽りの花嫁

 華やかな舞踏会。

 アレスが仲良く踊る若人達を眺めていたら、自分とさほど年の変わらない男が


「楽しげですな」


と声をかけてきた。


(豪商タルジェ……か)


 妻が風邪をこじらせてしまって一人で舞踏会に訪れているアレスは、まったく楽しくないのだが、四十にもなるのにそう返すのは大人気ない。

 タルジェもアレスが眉間にしわを寄せているのは、近づく前から気づいているだろう。


「ご子息は婚約者などは……いらっしゃるのですか?」

「下はいますが、上はまだ」


 アレスの長男レイは医学を学んでいて、あまり女性との浮いた噂を聞いていない。ただ単に父親(じぶん)の耳に入っていないだけもしれないが。

 どちらにしろ相手はアレスの答えを知っていてあえて聞いているのだ。次の言葉は、


「私の娘などいかがですかな?」


(ほら)

 予想通りの言葉だ。


「私の息子を手に入れて……あなたのメリットが良く分かりません」


 家は長子が継ぐのが一般的だが、アレスの魔法は長子には受け継がれなかった。

 実子ではない次男の方が魔法を使えたことには驚いたが、元を辿れば同じ(・・)らしいので、そういうこともあるのだろう。

 アレスは魔法を使える次男が家を継ぐことを既に王に了承(・・)させている。


 いずれにしても、細かいことを説明する必要はないだろう。


「貴族と縁戚というだけで、商売の融通が利きやすくなります。もちろん、ラハード伯爵の商売にもプラスになるかと思いますが。おや、杯が空になっておりますな。おい、酒を」


 言われて残りが少なくなっていることに気づいた。残りを一気に飲み干す。


「家では飲みますが……このようなところでは。すまないがジュースを」


 呼ばれた給仕に空の杯を渡し、代わりの杯を受け取る。

 酔いに任せて、万が一にでも女性をグーで殴ってしまったら、またいらない悪名が増えてしまう。


「まあ、おもしろそうですな」


 杯の中で揺れる波紋を眺めながら呟いた。


 

 ◇◇◇



「私、ほかに好きな人がいるの」


 今回の縁談話はまあまあの家柄らしいが、姉は現在、想いを寄せている人がいるようだ。


 縁談が持ち上がっているほうは新興伯爵家の長男。

 一方は格式が高い男爵家の次男。


 どちらも商家としては、まあまあどころか、分不相応だが、普通は伯爵家の長男を取りそうなものである。

 ただ姉が、縁談を渋っているのは、恋心とは別に、新興伯爵家の当主の噂も一因のようだ。


『女性を吊るした』『舞踏会では、女性の足をわざと踏んでまわっている』『前王を毒殺した』『一夜にしてぼろぼろの城が修復された』などなど。


 姉は、今まで仕入れた噂を、世間というものに疎い妹に伝えた。


「いくら伯爵家って言ってもそんな恐ろしい舅がいるところには行きたくないわ。

それに、強烈すぎる伯爵のせいで息子の噂があまり入ってこないのよ。分かっているのは親とそっくりな

金髪に水色の瞳で、顔立ちがそこそこ整っているってことだけ」


 (分からないと言っても、縁談相手の『顔立ちがそこそこ整っている』という情報はしっかり仕入れているのね)


 半ばあきれながらも、気を取り直して、姉の話に耳を傾ける。


「私、この恋頑張るつもりよ。でも……でもね、もしダメだった時のために“取り置き”しておきたいのよ。ねえ、ちょっと協力してくれる?」

「協力って?」


 とても嫌な予感はしていたが、それでも妹は姉に尋ねる。


「私の代わりにその人の所に行って」


 無理だ。

 姉の真似なんて。

 大体、父が知ったら……


 その時扉が開く音がした。振り返ると父が立っていた。

 見上げる妹に父は難しい顔で黙って頷くだけだった。


 どちらも惜しい、できればどちらとも縁を結びたいという意図が理解できた。

 理解できたが、それでも返事をすることができなかった。

 

「伯爵家に第二夫人の娘を送るわけにはいかない。第一夫人の娘……『ナイラ』として行くんだ」


 返事ができない妹に姉がたずねる。


「それとも好きな人がいるの?」


 そんなのいない。

 首を振る妹の手をとり、優しい声で、


「私の要らないほうをあんたにあげるから、ね?」


 あなたには余り物が似合いだと、そう告げた。




「にーさん、そんな難しい顔してたら、花嫁さんに怖がられるよ。ただでさえ怖い人がいるのに」

「そうよ。笑って」


 イリアとイリアの婚約者スズが、花婿の緊張をほぐそうとその背中を叩く。


「来たようだ」


 伯爵家当主であり、花婿の父であるアレスが玄関の扉を開けるとにぎやかな楽器の音が、城の中まで響いた。

 笛や太鼓、鈴の音。

 頼んでもいないのに領民が家の軒軒から薔薇の花びらを花嫁の馬車に降り注ぐ。


「割と派手だな」


 正式な入籍は期間を置いてと提案したのはタルジェ側である。

 アレスは家を継ぐ予定のない息子の結婚式に金をかけるつもりはない。

 式は簡素にするとあらかじめ領民にもタルジェ家にも伝えているのに。


「今から、式を豪華にできないけれど、振る舞い酒と料理は増やしたほうがいいかしら」


 アレスが領民の歓声に眉をしかめている横で、妻のイリーナが侍女と囁きあう。


「そうですね。……式場も今から金ぴかにするのは無理ですが、薔薇だけは、いくらでもあります。すぐに手配します」


 城の住民たちの視線は金ぴかの馬車に注がれ……


 そして、馬車の扉が開き、花嫁が現れた。



 ◇


「ナイラ・タルジェと申します」


 華やかな南方の衣装に身を包んだライラは、いつばれるか内心ひやひやしながら、出迎えてくれた伯爵一家に頭を下げた。

ベールに取り付けた貨幣型の薄い板がシャラシャラと成る。


「随分と着飾った……着飾られた(・・・・)人形だな。慎ましやかな女性でいいじゃないか。ぜひ、うちの嫁に欲しい」


 当主は、ライラの頭のてっぺんから足元まで厳しい視線を走らせて、いろいろ駄目な発言をする。

 その視線と言葉にライラは身をすくめた。


「アレス」

「旦那様、その口の方をつつましくして下さい」


 鮮やかなオレンジ色の髪の伯爵夫人とピンクの髪の侍女がそろってため息を付いた。


「最大級の褒め言葉だが? 何か問題が?」


 伯爵夫人と侍女が言葉も無く、空を見上げた。


「レイ兄さん、ぼぉっとしてないで」


 少女が青年の肩をぽんぽん叩くのとほぼ同時に、ライラは青年のまっすぐな視線に耐え切れずわずか睫毛(まつげ)を伏せる。


 花嫁の珍しいすみれ色の瞳を見入っていたレイは、あわてて手を差し出した。


「レイ・ラハードです。長旅お疲れ様です。 お部屋に案内します」


(レイ・ラハード)


 ライラがほんのすこし目を上げると、水色の瞳の青年が微笑んでいた。


(なんてきれいな瞳なんだろう) 




 私は、この人を騙し通せるのだろうか。



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