第30話 黒き礫
サガの声により戦いは始まった。コーザへの恐れのためか、村人達は静かに二人の戦いを見守っていた。
ギミーは得体の知れぬ少年に恐怖を感じずにはいられなかった。少年の名はシンといっていたか。シンの目は真っ直ぐ自らに向かってきていた。その目に自分はいつから目と目を合わせることを躊躇うようになったのだろうかと、どうでも良い事を思った。
「一つ聞きたいことがあるんだ。」
シンはギミーを見つめながら言った。ギミーはシンの問いに応えなかった。攻撃する事もなく佇むギミーにシンは更に言葉を続けた。
「お前、イイ奴だろ?」
予想外の言葉にギミーは勿論、リベロや村人達は目を見開いた。それは今居る誰も思ったことがない。何故それを今自分にいうのかとギミーは心を強く揺さぶられる。
「…そんなことをいわれるのは初めてだな。」
「だろうな。」
率直な感想がギミーの口から零れ落ちた。シンは周りを見渡しながら小さく笑った。村人の反応をみれば当然のことである。シンの発言にリベロは拳を強く握り、堪らず声を張り上げた。
「そんなわけないだろっ!そいつは村長の手下なんだから!!」
「手下だから悪いってことはないだろ。」
「なっ…!!?」
あっさりとリベロの言葉を否定するシン。代理として戦っている筈であるシンにギミーは訝しげな表情を浮かべる。シンはリベロの方へ振り返った。
「俺が思うにコーザの手下がこいつじゃなきゃ、ぺルナもお前も死んでたと思うぜ。」
「それって…。」
「そもそもおかしくねぇか?」
そういうとシンはギミーをちらりと見た。その間シンの背中はがら空きで攻撃のチャンスであった。しかしギミーは動かずシンとリベロのやり取りを眺めていた。コーザは早くしろと催促しているが、シンはその言葉をまったく聞くつもりがないようである。
「なんで一番の手下が態々(わざわざ)リベロを相手してんだ?確かいつもって言ってたよな。そんなの他の門番の奴とかに任せればいいことだろ。」
「それは…自分の手柄にしたくてとか…!」
「お前を追い払ったって手柄にはならねえだろ。むしろ息の根止めたほうが簡単だろ、そこの村長の考えだったらな。」
「………っ!」
コーザは顔を真っ赤にして声を荒げていた。そしてリベロは言葉に詰まった。確かにおかしな事ではある。死んでしまえと言い放つ村長の部下であるのなら、自分やぺルナは小僧と小娘で殺してしまうのが一番簡単な方法だった筈だ。考え方としては一理あった。しかし、しかしだ。仮にシンの言っていた事が本当であってもリベロにとってそれは今までの苦しみから救われるにはあまりにも小さすぎる事だった。だからイイ奴などと簡単には思えない。思えないだけの苦しみをずっと与えられ続けていたのだ。
「そうやってリベロ達が殺されてちまうのを防いでたんじゃないか、ギミー?」
シンはギミーを真っ直ぐに見つめながら言葉を投げかけた。
「暇つぶしでそこの小僧を相手しただけだ。いいきになるなよ。」
ギミーはそう言うと腕に力をこめた。すると右側の肩から手にかけて腕に紋章が浮かびあがる。そしてそのままシンに殴りかかる。シンはそれを寸前でよけた。ギミーの右腕は空振りとなり地面に落ちる。
「すげー腕力だな!」
「バカめ!!」
シンが関心したようにそれを見ていると、コーザが歪んだ笑みを浮かべ言った。瞬間、シンは血だらけになっていた。
「シン…!!」
アウラの鋭い声が上がる。その痛々しい姿に村人たちは目を背けた。ギミーは拳を地面から抜きまた臨戦態勢に入った。シンはというと深手ではないのか、よろけるようなことはなかった。
「魔法ってやつか。」
「ルールはなんでもありだ。」
「おうよ。」
シンは顔についた血を拭う。傷自体は血が出ているがかすり傷に近い。先ほどと同様にギミーはシンに真っ直ぐ向かっていく。その様子にアウラは何故シンが業腕を発動させないのかと、そればかり思っていた。
「あんなの…知らない。」
リベロが青ざめた顔で言った。アウラからすれば知っているとも思えなかった。知っていればシンに代理を頼まなかったであろう。ギミーの魔法は一目で周りを戦慄させた。そしてその攻撃をみて、リベロはやはりギミーは憎む対象であると再認識したのであった。
「あんなのルール違反だよ!」
アウラがレークスに詰め寄る。しかしレークスは何事もなかったかのように涼やかな顔で闘いを見ていた。
「致死量の傷を与えたら失格、ってやつね☆それなら問題ないんじゃない?シンは立っているんだから。」
「どういうこと?」
「ようは勝負がつくまで相手の息があればいいのよ、デアフロスっていうのはね☆」
ギミーが地面を叩く音で再びアウラはシンに目線を戻す。シンは先ほどの攻撃で警戒しているのか、相手と距離を取っていた。以前としてナインの能力を使う素振りはない。
「でも、アルビオでは…。」
「それはアルビオだったからよ。法と秩序を重んじる国で尚且つ王族しかいない場所でのデアフロスなんて良く言えば競技、悪く言えば遊びでしかないわ。それに致死量なんて曖昧すぎるでしょ。ブローチを奪う前に死にさえしなければデアフロスは成立するのよ。ワタシの国では命があるだけマシっていうのは普通のこと。」
弱弱しく言うアウラに、表情を変えずにレークスは言葉を連ねる。二人のやり取りをリベロは青ざめた顔で聞いていた。
「どうした?無駄口を叩く余裕があったわりには、逃げてばかりだな?」
ギミーは一旦動きをとめた。シンもそれを見て動きを止める。
「近づいたら、また血だらけになるしな。」
「ではこのまま逃げ続けるのか?」
確かにこのままでは勝敗はつかない。しかしギミーの魔法は近距離で効果を発揮するものであることはシンは体験済みである。実際に距離をとり避け続けていたら、血だらけになっていないのが証拠であった。ギミーの魔法はデアフロスという決闘にとって最強といえる程のものだ。
挑発の言葉を言いながらも表情は真剣そのものであるギミーにシンは笑って見せた。
「………………!!」
ギミーは目を見開き驚いた。状況から考えても不利でしかない少年が晴れ晴れとした笑顔なのだ。それも血だらけというインパクトのある攻撃を受けたにもかからず。また、ギミーの中でなんともいえない恐怖が押し寄せる。
「こいよ。」
そういうとシンは仁王立ちというよりは、自然体に近い形で立って動く気配はない。ギミーは腕の紋章を発動させてシンに向かっていく。二人の距離は急速に縮まる。しかしシンは笑ったまま一向に動かない。あとほんの数ミリというところでも動かないシンにギミーは腕を引っ込め距離をとった。
「…どういうつもりだ?」
「逃げるのかって言ったのはお前だろ?だからやめたんだ。」
怪訝な表情でギミーは言った。急に行動を変えたシンの真意が計り知れない、といった感じだ。ギミーが更に言葉を発しようとした時だった。耐え切れなくなったコーザが大きな音を立てながら立ち上がった。
「何をやっておる。さっさとブローチを奪ってしまえ!!」
「はっ、しかし…」
「黙れ!どうせ自棄になっているのだ!!わしの言うことが聞けんのか!?」
コーザの手に持つグラスから酒がビシャビシャと零れ落ちる。その怒りを露にする姿に村人達は怯えていた。ギミーはコーザの言葉を聞き一度目を閉じ強く見開いた。腕に力を込めてシンに突進していく。シンの顔めがけて腕を振りかざした。肌に触れる刹那のその時だった。シンが目を瞑ったのは。攻撃をもろに食らったシンはそのまま倒れこんだ。直ぐにアウラの悲鳴が上がった。リベロはやるせない表情をしてうなだれ、サガとレークスは静かに見つめていた。シンは倒れたまま動かない。
「さあ、早く奪え!!」
静まり返る空間の中、コーザの声が響き渡る。ギミーはシンに近づきブローチに手を伸ばした。
「終りだ。」
ギミーはかろうじて息があるであろうシンに言った。そして防具からブローチを引き抜こうとした、その時だった。
「捕まえたぜ!!」
「………!!?」
シンは力強くギミーの腕を握った。
「さすがに掴まれてたら拳も振れないだろ?」
痛々しいほど赤く腫れた頬でシンは満面の笑みを浮かべていた。無意識に利き手でブローチを握っていたせいで、確かに魔法は使えなかった。しかしギミーは利き手でない方でシンに殴りかかった。シンはそれを避けようと身を退こうと体を動かす。ギミーはその離れる力を使ってブローチを奪うつもりだった。しかし途端にシンの手から焼ける程の熱さを感じブローチから手を離してしまう。ギミーの手からは白い煙があがっていた。
「さすがにもう一発は勘弁だろ。いってー。」
痛みを訴えながら立ち上がるシン。ギミーはシンの手を凝視していた。
「なにをやっておる!!馬鹿めが!!!」
コーザは手に持っていたグラスを怒りにより割り残った破片をギミーに投げつけた。もっともコーザの腕力では到底届かないところにいたのだから、ただの威嚇でしかない。
「業腕使ったのね♪」
「え、いつ発動したの!?」
楽しそうに笑うレークスの言葉に、動きを止めていたアウラが反応した。
「最初からか、倒れた時じゃないの?分からないけどね☆」
「でも炎見えてないよ?」
「ふふ、シンってここにくるまでの間かなり特訓してたんでしょ?だったらその時にできるようになったんじゃない?」
頭の処理が追いつかないアウラとリベロはお互いの顔を見合わせて首を傾げた。
「それにしてもなんでかしらね。」
「何故だ。」
レークスとギミーの声が重なる。それが両者ともシンに向けて発した言葉であった。その言葉の意味が分からずその場にいた者が不思議そうにしていた。
「なにがだ?」
「何故、オレのブローチを奪わなかった?」
「いい奴だから。」
ギミーの問いにあっけらかんと答えるシン。ギミーは顔をしかめ拳を力強く握った。この期に及んでまだ、と思った。
「証拠もなしによくそのようなことが言えるな。」
「俺が今生きて立っていることが証拠だろ?」
それまでの表情が嘘のように真剣な目でシンはギミーを見つめていた。
「あんたは手加減したんだよ。無意識かもしれないけどな。」
「口からでまかせを…。」
「いや、分かるぜ。なんせ毎日のように本気の攻撃食らいまくってたからな。」
そういうのとシンがサガに一瞬目線を合わせた。サガは我関せずを貫いている。ギミーは眉間に皺をよせ、自らに沸き続ける不安を押さえ込んでいた。このままではいけないと。
「…もし、それが本当だったとしてなんだというのだ。」
「だから聞いたんだよ。いい奴だろって。今の攻撃を食らってわかった。あんたはいい奴だ。納得できてねぇんだろ。だから今のこの勝負も本気じゃないんだ。そうだよな?」
「………!?」
心臓が貫かれるような言葉にギミーは少しよろけた。シンという少年は自分が子供だから手加減されていると思っていない。ギミーの中にある揺らぎによって不完全であると言っているのである。そしてそれがシンにとっての勘でしかない筈だが、図星であるとギミーは思ってしまった。そして戦意といものが始めからからなかったのだと気づいてしまった。敵になりきれなった少年の代理であるシンによってそれを暴かれた。呆然と立ち尽くすギミーの姿にコーザがのそりと動き出した。
「う、裏切り者め!謀った(はかった)な!!」
少しずつギミーに近づくコーザ。その時だった。シンがコーザを鋭く睨みつけた。
「腸煮えくり返ってんだよ。」
「なっ……!!?」
「裏切るわけねぇだろ。裏切れねぇんだ!!」
シンは全身から怒りのオーラを放っていた。コーザは動きをとめ身体を震わす。
「居たんだよな。俺がいじめられた時にも、ギミーみたいな奴がさ。やりたくないのに、従わなきゃいけない。」
「従うほうが悪いのだ!!」
「俺はそういう奴を卑怯だとかずるいとか思ったことない。当然なんだよ。誰だって痛い思いもツライ思いもしたくねぇ。ギミーはこれ以上村の奴がツライ思いをして欲しくないんだろ。だからあんたに従ってた。はなから忠誠心なんてなかったんだ。」
シンとコーザの会話を傍観者であるようにギミーは眺めていた。ギミーはコーザが来る前からグリオにいた。村一番の力持ちで、喧嘩などの事件も起こしていたがそれでも笑顔でしょうがないと迎えてくれる村の者たちが大好きであった。コーザがやってきて自分の力を必要として側近となったときも誇らしかった。
はじめは納得できたのだ。村人に管理させるのでは、国の上納にはギリギリだった。それは知っていたのだ。それまでの村長は代々の体制を重んじて、身を削っていた。だから村長の管理下にすることが必要なのだと言われてその通りだと思った。だが時が経ち今となっては最低摂取にもままならぬ配給となっていた。改正される度これではいけないとコーザに直談判をした。しかしその度に犠牲になるのは自分ではなく、村の者たちだった。その村人たちでさえ側近となったギミーを蔑むような悲しい目で見るようになった。逃げ場などなかった。何故ならギミーはグリオしかし知らない。外の生き方なんて知りようもなかった。そう、諦めていたのだ。なのに。
「違うな。俺は俺の意思でコーザ様に仕えていた。それは忠誠心ではないだろうが。だが俺はこの方に仕えると心に決めたのだ。今更覆すつもりはない。」
ギミーの言葉にコーザはニヤリと笑った。それをシンや村人たちは黙って見つめていた。ただリベロだけは違った。
「意味分からないよ。なんなんだよ。なんで…。」
悔しそうに苦しそうに声を漏らすリベロに、レークスは皮肉とも取れる笑みを浮かべる。
「それが大人なんだと、分かってくれというには貴方はまだ純粋すぎるわね。でもねきっと嫌でも知ることになるわ。世の中は世界というものは誰の思い通りになんかにならない。彼は彼なりの考えで生きているんだわ。それが正しいかどうかは別としてね☆」
レークスのその言葉を聴いてもリベロには結局意味は分からなかった。でもギミーに共感しているレークスに少なくとも理解できる者がいるのだということは分かった。だから何かが変わるわけでもなんでもなけれども。
その様子をギミーは見ていた。ちっぽけなリベロという少年とは本当に偶然だったのだ。偶々ギミーがいてそこにリベロがやっていきたのだ。そういえばあの時もなんともいえない恐怖を密かに感じていたのだった。真っ直ぐな目で見つめて思ったことをそのまま言う少年の姿に。結局なす術もなく追い払い続けていた。シンはリベロと似ているのだと、ギミーは気づいた。
では、ギミーが感じる恐怖とは何か。
「そうなんだな。じゃああんたの意思なんだな。」
「ああ。」
「じゃあ、本気で戦おうぜ。」
そういってシンは臨戦体制に入る。ギミーも紋章を発動する。迷いを知ったのだ。これ以上心を揺さぶられはしないだろう。だからシンは無抵抗から臨戦態勢に入ったのだとギミーは理解した。
先ほどのシンから感じた熱さ。あれは魔法だろうが、触れるとその力を発揮するものとギミーは推察していた。そしてギミーの力も近距離によって発揮するものであった。
「俺の“黒き礫”によってお前を倒そう。」




