第13話 惑いの池
「落ち着きましたか?」
人生で初めて死体を目の当たりにしたシンは大いに吐いた。止めることは出来なかった。反射的にシンの身体が拒絶したのだ。液体すら出なくなっても吐き気が襲ってくる。地面に座り木に寄りかかって落ち着かせる。シンは冷静でいるサガの神経を疑った。吐いている間にサガは死体を埋めて簡易的な墓を作っていた。
「あれって、エルフなのか?」
「残っていた印を見る分にはアルビオ生まれの者です。損傷が激しいので死後何日か経っているでしょう。ただ身体の一部が獣になっていたのが気になります。このような事例は今までありません。」
「なにそれ…。」
サガの言葉に顔を青ざめるアウラ。シンが再び湧き上がる吐き気を抑えているとサガが剣を抜き走り出した。すると女性の短い叫び声が聴こえた。
「申し訳ありませんでした。」
「いえ、私も直ぐに声をかけなかったので、ごめんなさい。」
サガは頭を深く下げ謝っていた。柔らかく笑う女はマーテルといい、近くの小屋に住んでいるらしい。大きな物音がしたので行ってみたらシン達だったと言っていた。シンは座ったままである。
「このような辺鄙な場所に何故?」
「スレイプが暴れまして。」
「シンだったかしら?とても具合が悪そうだわ。」
サガがマーテルに状況説明する。シンが口を開こうとするとサガはそれを止めた。アウラはフードの中で隠れていた。
「実はシンがスレイプから落ちたのです。もしかしたらその時に頭を打ったのかもしれません。」
「あら、それは大変だわ。私の家で確認してみましょう。」
「お願いします。行きますよ。」
「お、おう。」
急いで立ち上がるシン。その時サガが小さな声で話しかける。
「死体を見たなどといったらマーテルさんが動揺します。それにうまくいけば泊めてもらえるでしょう。」
「なるほどな。」
「やった!」
アウラが元気よくフードから出てくる。現金な奴だとシンは思った。2頭のスレイプの手綱を持ちサガはマーテルについて行く。シンとアウラもその後に続くのだった。
「どうやら大丈夫そうね。」
「よかったじゃん。」
マーテルの家はこじんまりとしていた。サガは窓際に立ち、シンは木の椅子に座っていた。マーテルの言葉にアウラが反応する。
「すっかり夜も更けているわ。狭い家だけれど泊まっていかれては?」
「それではお言葉に甘えると致しましょう。シン達もそれでいいですか?」
「「もちろん!」」
シンとアウラの声がハモった。野宿をしなくてよくなり安心する。ホットミルクのような飲み物を渡される。素朴な味で身体がリラックスするのを感じた
「獣以外の来客は久しぶりだわ。」
「こちらに住まれて長いのですか?」
マーテルの言葉にサガが質問する。それをシンとアウラは傍観していた。
「実は最近なのよ。この家も廃屋を自分達で建て直して。」
「同居人がいるのですね。」
テネの木の屋敷よりも頼りない造りなのは手作りだからなのだと納得する。マーテルはシンが飲み終わったコップを水の入った桶のようなものに浸して洗っていた。
「夫と2人暮らしなの。ちょうど今日町へ出かけてしまっていないけれど。」
その言葉にアウラは一瞬驚いた顔をした。サガに変わりはない。あの死体がマーテルの夫なのかとも思ったが、今日出かけたらならば違う筈だった。シンが考えてるとサガが口を開いた。
「一つ聞きたいことがあります。」
「私の分かる範囲だったらどうぞ。」
「この辺りで何か異変を感じた経験はありますか?」
あの死体に関連することを聞こうとしているのだろう。マーテルは洗ったコップを拭き棚に入れる。
「異変ではないけれど、家の近くに"惑いの池"と呼ばれる場所ならあるわ。」
「詳しく教えてもらえませんか?」
サガは窓から離れ開いている椅子に許可をとって座る。マーテルも椅子に腰掛る。
「私は見たことがないのよ。ただそこは白く輝く宝石で溢れていてその宝石を取ると魂を吸われてしまうらしいわ。」
「関係はなさそうですね。」
「なにか?」
「いえ、こちらの話です。ありがとうございました。」
あの死体とは関係ないと分かったみたいでサガはお礼を言って話を終わらせる。
「貴方達のことを聞いてもいいかしら?」
そこからはこれまでの経緯を話した。それを変わらず柔らかな笑顔でマーテルは聞いていた。




