第10話 出発の日
シンは日課となった早朝ランニングをするために階段を下りていた。直ぐに出発は出来たのだが腕の回復を待ってもいいだろうとアルマに止められたのだ。腕は休んだおかげか元のように動く。手を握ったり開いたりしながら確かめる。
「よしっ!」
手をぎゅっと強く握るのと最下層に着くのは同時だった。軽く屈伸など準備体操をしていたら、茂みから音がした。なんだろうと近づいていく。
「見つかってしまったのう!」
「誰だ?」
小さな白髪の老人がそこにはいた。とても楽しそうだった。
「グランじゃ!黒の世界であったじゃろうて!」
「ああ、爺さんか。」
そういうとシンはグランの胸倉を掴み持ち上げる。
「ここであったが百年目だ、覚悟しろ。」
「業腕を手に入れたのじゃな。」
「何で知ってんだよ。」
「わしはこれでも神だからのう。その手のことは知っている方じゃよ。」
グランに責任を問うのはお門違いなのだろうが、何故か行き場のない怒りが沸々と出てくる。恐らくニヤニヤと挑発するような態度がそうさせるだと適当な理由をつける。
「神様なら元の世界に帰してくれよ!」
「神とて万能ではない。出来ることと出来ないことがあるのだ。それにシンにはもう出血大サービスをしたではないか。」
「は?どういうことだ。」
何かをサービスされた記憶は全くなかった。少し考えて見たがやはり分からない。
「お前にはどの言葉も理解し喋れる能力、翻訳能力を与えてやったのだぞ。気がつかなかったのか?」
「全然、今初めて知った。」
言われて見れば異世界に居るのに可笑しなことだった。あまりにも違和感なく喋れていたので気にも留めなかったが。
「お前の耳にふーと息を吹きかけじゃろ。あの時に脳を弄らせてもらったぞ。まさかふざけていると思ったのか?」
出会いがしらにいきなり息を吹きかけられたら普通は変態だろと、シンは内心で罵倒した。あの時の感覚を思い出し、少し気持ちが凹む。
「だが、もしかしたら帰られるかもしれないぞ。」
「なんかあんのか!?」
掴みっぱなしだったグランを引き寄せシンは乱暴に聞いた。その時力みすぎて危うく神(?)殺しをしそうになってしまう。グランを離して一旦落ち着く。
「遥か昔の記憶であやふやなのだが、ナインの中に空間移動の能力を持つ宝があったはずじゃ。どれだったかは忘れたがのう!」
「マジかよ!じゃあそいつを見つければ、帰れるのか!?」
「一番可能性が高いだろうな。」
希望を見出したシンは目を輝かせる。その様子にグランも楽しそうに笑った。
「あ、時間だ。」
唐突にグランは姿を消した。何をしに来たのだろうと疑問に思う。それでもやっと有力な手がかりを知り体中から力が漲ってきた。
「よっしゃー!宝探しの始まりだーーーー!!」
早朝のアルビオにシンの声が響き渡ったのだった。
「達者でな。」
「おう。」
アルマ邸の玄関で別れの挨拶をする。アウラは眠そうに欠伸をしていた。
「鍛錬を怠るなよ。」
「次会う時はアルマより強くなってるぜ!」
「そういう事は我を捕まえられるようになってからいうのだな。まあ、楽しみにしているぞ。」
シンは鍛錬のために何度も使った階段を下りて石橋を渡っていく。シンは一度振り返りアルビオを眺める。幻想的なその風景を記憶に刻み込む。
「またなーー!」
シンはアルビオに向かって叫ぶ。誰にも見えていないだろうけれど手を振る。そうして自分の中でアルビオでの生活に区切りをつけたのだった。




