Episode05 陽光下暗し?
「どうしたんですか?」
自転車を降りた私が駆け寄って尋ねると、あのおじいさんは顔を上げた。「おお、さっきの君か」
土手の脇にしゃがんだおじいさんは、私の目には何か探し物をしてるように見えた。
「はは、ちょっとなくしものをしてしまってな」
苦笑いしながら、おじいさんは夕陽に背を向けて地べたに手を這わす。図星だったっぽい。
私は自転車にとって返すと、ライトを取り外して持ってきた。太陽とは真逆の青白色の光が、足元を照らし出した。
「おお、助かるよ」
「私も手伝います。何を無くしたんですか?」
ライトの光を傾けながら、そう申し出る。おじいさんは一瞬目を丸くして私を振り返ったけれど、
答えてくれた。
「……万歩計だよ。ベルトに着けてたんだが、さっき一休みしようと座った拍子に外れてしまったらしくてな……」
また見つけにくいモノを……。
とにかく、私もしゃがむと手当たり次第に探し始めた。自分の影で手元が暗くならないように、西陽を見つめながら。だけど土手の脇は案外草深くて、ちっとも捜索は進まない。草丈の高い花や茎に囲まれて、低い視点から見るとちょっとしたジャングルみたいだった。
万歩計、万歩計……。
あれ、そういえば万歩計ってどんなのだったっけ?
「見つからないな……」
ため息混じりのおじいさんの声を力に、また少し私の捜索スピードは上がる。でも、それらしきモノは一向に見つからない……。
役に立ちたい一心で地べたを探り続けていた私にも、疲れが見えてきた頃。
「……ちょっと、休まんか」
そう切り出したのは、おじいさんだった。
「全く影も形も見当たらん。灯台もと暗しと言うし、一休みして探し直すとしよう。君、手伝って貰ったのに悪かったな」
……その口調は暗に私に、「もう帰れ」と言ってるみたいに思えた。途端に沸き上がる、意地と悔しさと負けん気みたいな感情。
「私も、まだ探します」
迷わず私は即答した。
悔いなんかない。私は、この人に自転車を直してもらった恩があるんだから。どうせ早く帰りたくないなら、ちょうどいいじゃない。
「手伝わせてください」
まだ何か思っているらしいおじいさんにだめ押しの一言を放つと、やっとおじいさんは首を縦に振ってくれた。
「……ただ、少し休ませてくれ。中途半端な姿勢だったから、腰が痛くてな」
拒否する理由もない。私とおじいさんは二人して、堤防の土手に座り込んだ。
遥か遠くから響いてくる、地鳴りのような重低音。
「新幹線だな」
おじいさんが、ぽつりと呟いた。
「昔から、何も変わっていない。僕の住み始めた頃から、新幹線はあの橋を突っ走って多摩川を渡っていた。水面に映る白い車体が、昔は誇らしかったもんだ……」
「今は、違うんですか?」
はは、とおじいさんは悲しげに笑った。「向こう岸にあんなに大きなビルが立ち並んでみれば、新幹線など小さいものだ。そもそも昔は新幹線なんて、子供らの憧れの的だった。僕は二十五歳でここへ来たけれど、開通したばかりの新幹線はただ速くて、ただかっこよかったものさ。悲しい事だけれど、憧れられるモノを決めるのはそれぞれの時代なんだ。その時代、何が好まれ、何が流行るかによって憧れの的は変遷していく」
頷きながら、私はぼんやりと川面に映る夕陽を見つめる。硬球を金属バットが打ち放つ甲高い音が、どこかで聞こえた。
いま、流行ってるものってなんだろう。
いま、私たち若年層が好きな事って何だろう。
「……難しいですね」
正直に言ったとたん、おじいさんにまた笑われた。
「そうさ、難しいんだ。……でも時々、難しい事を考えたくなる、答えを出したくなるのが現代人の性なのかもしれない」
ふーっ、とおじいさんはタバコの煙のように息を吹き出した。遠い目で、彼方の山の谷間に沈みゆく夕陽を見つめている。
その姿を横目に見ながら私はふと、自分が案外今のこの雰囲気を楽しめているような気がした。
暖かいな。
多分、夕陽の放つ熱波が。
「すいません、写真撮らせて頂いても構いませんか?」