Episode02 バールおじいさん
ガツンっ!
前輪が何かに乗り上げた!
「ぅわあぁっ!」
叫ぶ間に前輪は跳ね上がり、横に飛ぶ。
ここは、土手上だ! もし落ちたら……
降って沸いた恐怖と後悔で声が出ない。その間にも宙に浮いた自転車は私ごと空を舞い──
ガシャーンッ!
「……痛ったた……」
涙目で、私は何とか身を起こした。幸いにも、土手からは転がり落ちなかったみたいだ。腕に走る痛みを堪えながら、気の抜けるような安心感の中で私は深い息を吐く。
でも。自転車の方は、私よりも重傷だった。
立ち上がってスカートの埃を払う私の目に入ったのは、ギアから外れてぶらぶらと風に揺れるチェーン。
「…………どうしよう、これ……」
口ではそう言いながら、私はバッグから冷静にドライバーを取り出し、チェーンのカバー部を外しにかかった。
何せもう私は中学二年だ。行き帰りで事故った事なんて、これが初めてじゃない。いざという時取りあえずの処置は出来るように、ドライバーくらいは持ち歩いてるんだ。偉い、私!
「えいっ!」
カバーを外…………
「……あれ?」
外れない。
衝撃で金属板が歪んでしまったんだ。どんなに押しても引いても、外れない。
それ以外の部分からチェーンを外そうとしてもダメ。垂れ下がってるチェーンを無理矢理嵌め込もうとしても、ダメ。
橙に照らされた土手の上で私は一転、泣きそうになった。
「電話、した方がいいかな……」
そう、独り言を言った時だった。
アスファルトに座り込む私の背後に、救世主が現れたんだ。
「────壊れたのかい?」
「っ!?」
突然──ほんとに突然──の声に、私は飛び上がりそうになる。振り向く前に、その人は私の前に回ってきた。
七十代くらいの、おじいさんだった。ジョギングでもしてたのだろう軽快な格好のその人は、私がこくっと頷くのを見届けると、
「ふむ……チェーンが外れてカバーも歪んでる訳だな」
そう、確認のように言った。私はまた頷いて、「……何かを撥ねちゃったみたいなんです」と、付け加える。
「そうか。ま、理由はさておき今はこいつの修理だな」
おじいさんはウエストポーチをゴソゴソ漁ると、長い金属の棒を取り出した。鈍く光るその道具に思わず私が息を呑むと、おじいさんは笑う。
「怖がらんでいい、こいつはバールって言うんだ。梃子の原理で開かない扉を抉じ開けたりするのに使うモンでな、こいつを開けるのくらいは造作ないさ」
言ってる間にもおじいさんはカバー板の間にバールを突っ込み、力を込める。
ミシミシと響く嫌な音に、私は何だか祈るような気持ちでその光景を見つめた。