Episode11 一度あることは二度ある②
ガシャーン!!
今度は助からなかった。傾いた自転車ごと私は、少し斜めになった地面に叩きつけられる。
「痛……っ……」
身体を起こそうとしても、自転車の重みで足がなかなか上がらない。足が自転車に変な感じに絡まっていたんだ。
それでも私は、痛みを堪えながら足を引き抜いた。
……あらためて見てみても、自転車の不具合は分からない。けど、もうそれは家に帰ってからで構わなかった。むしろ今やばいのは、
「……血が……」
うめく私の、右足。
グレーのソックスが、赤黒く染まってる。転んだ時、ペダルが薙いだみたいなんだ。
正直に言います。痛くて、動けません……。
とにかく、私はまた土手に座った。倒れた自転車は、いったん置いておいて。
今や奥多摩の稜線に姿を消そうとしている太陽を、見つめながら。
調子に乗りすぎたな、と自分を省みつつ。
だって! しょうがないじゃん、まさか一日の帰宅で二度も転ぶなんて考えないもん!と、どこかで言い訳しつつ。
「…………あ、あれ」
ふと横へと視線を移した私の目に、
寄り集まって咲くコスモスの花があった。
白、ピンク、紅。
なるほど、確かに川崎さんの言った通りだ。色んな色がある。あの花言葉にそれぞれ置き換えるなら、白が純心でピンクが真心なのかな。
そうか、
やっと思い出した。
あれがまだ、残ってた。
さっき、河川敷の野球場で別れた時から感じてたこと。
まだ、私はアイツに言ってない。
「…………藤井?」
ほらやっぱり、来ると思った。
私が振り向くと、そこには自転車から下りて私の方へ下りてくる蒲田くんの姿。
なんとなく、予想はしてたんだ。プラマイゼロの法則に則れば、ここで後ろから登場するような予感が、ね。
「練習終わったの?」
「ああ、帰るとこだよ。こんな所で何やってんの藤井は?」
倒れた自転車にちらりと目を遣りながら、蒲田くんは尋ねる。「自転車、すごい事になってるし」
「すごい事?」
「うん」
頷くと、蒲田くんは自転車のチェーン部を指し示した。
「ここ見なよ、ギアの部品が歪んで回んなくなってるぞ」
転んだ瞬間の記憶がよみがえる。確かにあの時、私は何かに引っ掛かったような感触を受けた。あれは、ギアが断末魔の叫びを上げたからだったのかもしれないな。
「もしかしてさ藤井、」
蒲田くんは言いながら私の横にやってきて、座る。
「…………また転んだの?」
ほんと、察しいいなあ。良すぎて腹立つくらいに。
「うん、そう……」
「だよな。なんか足とか痛そうにしてるし」
言いつつ、蒲田くんは手を私の右足へと伸ばす。
私はその手を容赦なく跳ね退けた。びっくりした様子の蒲田くんの顔に顔を思いっきり近づけて、
睨む。
「蒲田くん、何か私に言うことはないの……?」
「い、言うこと?」
「私に対しての、せっ、セクハラの謝罪がまだ来てないでしょ!」
言ってて何だか恥ずかしくなってきた。セクハラって、いざ口に出すとちょっと言いにくいかもしれない。
他方蒲田くんといえば、
「俺、お前にセクハラなんかしたっけ」
恍けモード全開だ。いや違う、これが蒲田くんの仕様だ。ムダに察しはいいくせに、短期記憶は容量が足りないし常識はないし。
「とぼけたって無駄なんだから! さっき砂を払ったとき私の脇腹さんざん触ってたじゃん! くすぐったいし恥ずかしいし……」
「いや、あれはゴミが付いてたから……てか、なんで脇腹でセクハラになるんだ?」
……!
「……とっとにかく、気安く触らないでよね!」
答えに詰まったあまり、どっかのマンガのツンデレキャラみたいに俯いたまま私は吐き捨てる。悔しさ半分、照れ隠し半分だった。
「そんなに恥ずかしがることかな……俺たち小学生の頃はよく普通に遊んでたじゃん。たかが脇くらい……」
妙に残念がる、蒲田くん。
「いや、当たり前じゃない?」
「やっぱそーなのかな……。いやね、俺だけ中学上がってみんなと違う学校に行ったから、あの時の友達に会うとすげー懐かしくなるんだけどさ。でも昔通りに接しようとすると、なんかみんな嫌がるんだよね……」
それも当たり前じゃない?
……なんて、言えなかった。言おうとしたけど、並んで座る蒲田くんの横顔に私の声は吸いとられてしまった。
何て言うか、すごく寂しそうだった。
なぜかその横顔に、川崎さんの顔が重なったんだ。




