Episode10 一度あることは二度ある①
「さてと、時間も時間だし僕は行くとするか」
その声に、はっとして私は時計を見る。しまった! もう五時半じゃん!!
好きなドラマ見損ねた……と考えかけて、私はその思いを頭から蹴り出す。そうだよ、私は家に帰りたい気分じゃなかったんだし、これでよかったんだよ。どうせ録画してるんだし。
「じゃあ、私も────」
振り返った私の目に、
下草の中にキラリと輝くオレンジの光が見えた。
「あれ……?」
駆け寄って、それを拾い上げる。ってこれ────
「万歩計だ!」
私は無邪気な声を上げた。見つけた! ついに見つけたんだ!
「見つかったかい!?」
川崎さんが傍に来た。「これですよね!」と私は戦利品のように万歩計を掲げる。
「おお、まさしくそれだ。ありがとうな!」
顔をくしゃくしゃにして、川崎さんは言ってくれた。
ちょっと私、誇らしかった。人の役に立つって、こういう事なんだなって思った。
「それじゃ、僕は行くよ」
川崎さんは手を振りながら、最後に言い残した。
「君もいつかきっと、あの陽のように輝ける時が来る。その時を、楽しみにしてるよ。また会おう」
うわ、ちょっと今カッコいい事言われた。
私も何か気の効いた一言を返したかったけど、咄嗟に思い付かない。国語力もないんだなぁ、と愕然としつつ、
「……川崎さんこそ、長生きしてくださいね」
そう言った。
小川のせせらぎのような静かな苦笑を残し、川崎さんは河川敷の遊歩道の彼方へと走って行った。
その姿はあっという間に、逆光のシルエットに隠れて見えなくなった。
「私も、帰ろっかな」
川崎さんのおかけだ。やっと、私は寄り道したいという念から抜け出した。
意図的に遠回りしたとはいえ、なにげにもう時間は遅い。お母さんを心配させてるかもしれないもん。さっさと、帰ろう。
土手の道で沈む夕陽の色に輝く自転車に跨ると、私は地面を蹴った。
今日は、何だかすごい一日だった気がする。違う、一日じゃないや。帰宅だ。
人間国宝に出会い、懐かしい友達に出会い、元戦場カメラマンに出会った。色んな話を聞けた。プラマイゼロ、じゃないかな。
視界の先に見えてきた二子玉川のビル街を見やりながら、私は口の中だけでそう言った。そう、私は言った。
言わなくていいことを、わざわざ口にした。
自分を、納得させたかっただけだったのかもしれない。
なんだか、釈然としないのはなぜだろう。
何か、大事な事を忘れてるような…………
ガッ!!
「!?」
ペダルが何かに引っ掛かった。勢い余った私の身体は前へつんのめり、無理な角度を向いた足に激痛が走る!
体勢が崩れて前輪が横を向き、運転者の腕という舵を失った自転車は再び急坂へと疾走する!
「っきゃあああああ────っ!!!!」
その瞬間、私はあの川崎さんの忠告を完全に失念してたのだと気がついた。
私の自転車は、あくまで応急処置を施されたに過ぎない事を。
まだ他にも、壊れている箇所があったのかもしれないということを。




