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千剣のヴァルファロス  作者: 壱藤弐鳳
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始まりの記憶は鮮血と屍

 ファルドとシリアがどういった学園生活を送るか。作者ながら楽しみです。

 戦場にあるのは屍だけだった。胴が裂かれている者。手足の無い者。首だけの者。胴体はどこかにあるのだろうが、屍の数が多すぎて判別が出来なくなっている。


 屍が動いた。屍はゆっくりと、姿勢をうつ伏せから仰向けに変えた。

 屍は動かない。どうやらただの屍のようだった。だが先程まで屍があったところに、まだ五、六歳程の子供がいた。

 少年の服は所々破けていて、誰の血なのか鮮血に染まり赤黒くなっている。元は美しかったであろう空色の髪も、服と同じ色に変わり果てていた。

 少年はゆっくりと起き上がる。だがその眼に子供の純粋さや無邪気さなどは無く、屍たちのそれと変わらない。

 少年は眼だけを動かし辺りを見る。生者はいない。屍だけが少年の視界を占めていた。どこかに自分の両親がいるのだろうが、無駄だとわかっているため探そうとはしない。


 少年の両親は殺された。父親は自分と、少年の母親を守るために無数の矢の餌食に。母親は少年と一緒に家の地下室に隠れた。母親は怖がる息子の手を握り、大丈夫、大丈夫と励ました。息子の手を握る母親の手も恐怖に震えていたが、大好きな母に守ってもらっている安心感が、少年の恐怖を拭ってくれた。

 だが二人はすぐに見つかってしまった。数人の兵士達が地下室に降りてきて二人を見つけると、兵士達の手はすぐに母親へと伸びた。見つかる前にやっちまおう、子供の前でっていうのがいいな、と気持ちの悪い笑みをこぼしながら兵士達は少年の母親を床に押し倒し、乱暴に服を破いていった。母親も抵抗はしたが、屈強な兵士達の前では無力だった。

 再び襲い来る恐怖に、少年はただ見るしか出来なかった。やがて激しく抵抗していた母親の手が、母親の上に乗っていた兵士の眼に当たった。兵士は手で眼を覆いながら母親から退き、床にうずくまった。しつこい抵抗に怒れる者もいれば、より興奮して狂喜の声をあげる者もいた。

 やがて眼をやられた兵士が立ち上がり、母親を見下ろす。その手には短剣が握られ、片方だけとなった眼には狂気と殺気が入り雑じっていた。煽る兵士もいたが、ほとんどの兵士は止めるよう叫んでいる。しかしそれは道徳的観念からではなく、ただ単に勿体無いからという理由であった。

 隻眼の兵士が、再び母親に股がった。しかし少年はどうすればいいか分からず、ただその状況を見ている事しか出来ない。

 母親を助けたい。だが恐怖に身体を蝕まれ、助けを呼ぶ声すら出せない。

 兵士の短剣を持つ手が振り上げられ、ためらう事無く母親の喉を切り裂いた。せめて息子の命だけは助けてもらおうと母親は叫ぼうとしたが、それを言い終わらないうちに殺されてしまった。


 少年は死んだ母と目が合った。幼い少年にその全ては理解できないが、母親の死に顔にもはや恐怖の色はなく、屈辱と絶望の涙を流していた。兵士達が何か話しているようだが、少年にはもう何も聞こえない。少年に理解出来たのは母から流れ出る血と、何も出来なかった自分の無力さのみであった。


 隻眼の兵士は少年の方を向き近付く。怯える顔が見たかったのだが、少年はただうなだれているだけだった。これでは面白くないと、母親を切り裂いた短剣で少年の頬を少し切った。痛がる反応を期待したが、少年は無反応だった。もう二度三度と少年を切ってもわずかに視線を動かしただけだった。少し苛ついた兵士は、ならもういいと、少年を殺す為短剣を振り上げた。


 死ぬ事さえどうでもいいと、ただ少年は床に流れる母の血を眺めていた。昨日までは何事もない日常であった。父は村で唯一の宿屋を経営し、母親と自分はそれを手伝っていた。まだ小さいながらも、いずれ自分が父の後を継ぐ事も考えていた。

 なのに、村民の避難も終わらないうちに戦争が始まってしまった。重要拠点でもないようなこの村が戦場と化したのは紛れもなくただの偶然だった。運命を決める神様がいるのなら、こんな運命を自分に与えた者がいるのら、そいつを殺してやりたい。

 しかしそれはもう叶わない。自分はここで死ぬのだから。そう考えれば死への恐怖などなかった。寧ろ死んであの世に逝けば神様に一矢報いる事が出来るし、また父と母と暮らせるとさえ思った。

 少年の中で死は拒絶するものではなく、望むものへと変化した。兵士が何やら僕の身体を痛めつけているようだが、早く殺せば良いのにくらいしか思わなかった。

 ふと母親を見た。兵士は飽きたのか、僕を殺す為短剣を振り上げた。死んでいるので当たり前だが、母の顔は変わらず苦しそうなままだった。


 母の死に顔を見て、少年の頭にひとつ疑問が生じた。母は僕を許してくれるのかと。実の母親が殺されそうになっているのにも関わらず、ただ見ている事しか出来なかった自分を。殺され後もただ死を望んだだけの自分を。そう考えた瞬間少年の中に、一度失なわれたはずの恐怖が甦った。死への恐怖ではない、母に拒絶されてしまうのではないかという恐怖だ。

 兵士が短剣を降り下ろす。少年は鮮血にまみれた刃を見つめる。



 兵士の命はそこで終わりを迎え、少年の意識は一度途切れた。



 少し暗めな出だしですが、これから学園モノっぽくなりますのでまた次も読んでいただけたらと思います。

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