白い部屋
ちょっと長い。
「《宇宙人》等と呼ばれる者がいた」
「彼等は私達の住むこの地球を目的とし」
「全人類に向けて《交渉》を求めた」
「結果、これだよ」
白い壁と白い床の白い空間が広がっている大きな部屋で
私達は家族や友人、見知らぬ誰か達と寄り添い震えていた。
私の隣には愛する妻と娘が震えながら祈っている。
その隣では老婆が大事そうにペンダントを握り締め、
その後ろでは大柄の男が負傷した青年を勇気付けている。
どうしてこんなことになった?突然の出来事だった。
奴らは空から来た。私達の世界は滅茶苦茶にされた。
昔、宇宙人に世界が滅ぼされる映画を観たことがある。まさにそれだ。
私達はお偉いさんが造ったこの白い部屋で待っていた。
何を待つのか。救いだ。私達の望みは救われることのみだ。
お偉いさん達は"ノアの箱舟"を造っているらしい。
それも奴らが攻めてくるずっと前からだそうだ。
その箱舟が今日、とうとう動き出すって話だ。
この白い部屋にいる私達は選ばれた存在であり幸福な存在。
この地獄のような世界からやっと救われることができる。
私は妻と娘をしっかりと抱きしめ、愛していると囁いた。
その時だ、ジリリリリとベルの音が部屋中に響き渡り
私達を含め部屋中の人々が一斉に顔を上げた。
部屋の中央に取り付けられたスピーカーからアナウンスが流れる。
《 長らくお待たせ致しました。これより"ノアの箱舟"への移動を行います。
ゲートが開きますので、焦らずお進みください。 》
ゴウンと機械的な重い音が響き、大きな白い扉が開き始めた。
やっとだ、やっと私達は救われるのだ!
「パパ・・・」
ついつい、と私の袖を引っ張った娘が少し怯えていたのが分かった。
妻が娘をきゅっと抱きしめ撫でる。大丈夫だと言う様に。
「これから大きなお船に乗るのよ。もう怖いことなんてないからね」
「そうだ。安心しなさい。パパとママもいるから」
そう微笑みかければ娘はそれは嬉しそうに微笑んだ。
立ち上がり、さあ行こうと言いかけた時、またアナウンスが流れた。
《 尚、事前に右手の甲に1~10までの数字印を押された方々のみ
ゲートを潜らず、そのままお待ち下さい。 》
私は思い出した。この白い部屋に入る時、私は右手の甲に印を押された。
それが何の印なのかは分からないがとにかく押されていた筈だ。
ゆっくりと視線を甲に落とすと 8 の数字がそこにあった。
「あなた・・・」
「パパ?」
愛しの妻と娘が不安そうに私の顔を覗く。
そんな顔をしないでおくれ、大丈夫だきっと大丈夫だから。
「パパ、いっしょにお船のれないの?」
「・・・そんな事ないさ、パパはちょっと後から行くだけだよ」
「あとからパパもくる?」
「うん。すぐに行くから、ママと一緒に先に待っていてくれるかい?」
娘の頬を撫でると、少し考えてから頷いた。
私はこれから一体どうなるんだ。
「あなた、待ってるから・・・だから、どうか・・・」
「ああ・・・心配するな。きっと大丈夫だから」
「パパ、またあとでね!」
「ああ」
愛してるという言葉と、ハグとキスを妻と娘に交わして二人を見送った。
続々とゲートを潜り抜けていく人々を眺め、羨ましく思う。
あれだけ人が詰まっていたこの白い空間はガラリとし、
私を含めた10人の人間がいるのみとなった。
見たところ性別や年齢は皆バラバラ。若い者も年老いた者もいる。
それぞれ不安そうな顔でスピーカーを見つめて、
次のアナウンスを待ち構えている。私も視線を向けた時ベルの音が響いた。
《 皆様、おめでとうございます。皆様は選ばれました。 》
何だ、何の事だ。何に選ばれたって言うんだ。
スピーカーからジリジリと音がして、ゴホンと男の咳払いが聞こえた。
《 「君達に何の罪も無い。が、これは人類を救うためだ・・・。」 》
私の鼓動はドクドクと波を打つ。ひんやりとした汗が滲み出る。
《 「"彼等"は君達を選んだ。我々の"交渉"の結果だ」 》
《 「君達は我々人類の英雄だ。心より感謝する」 》
《 「本当にすまない。人類を救ってくれてありがとう」 》
ブツリ。と音声は切れ、スピーカーは音を漏らす事は無くなった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
突然雄叫びを上げた青年が閉じたゲートへ向かって走り出した。
「だして!!だしてくれ!俺はまだ死にたくない!!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ助けてくれ!!ああああああああああああああああ!!!いやだあああああ!!!ああア!!あけてくれえええええ!!!あああああああああああ!!!!」
涙や鼻水や涎でぐちゃぐちゃになった顔の青年は
閉じられたゲートを叩き続け、獣の様に叫び続けた。
「(私達は、私達はつまり、)」
死ぬのか?ここまで必死に生き延びてきたのに。
妻と娘を残して私は?そんな、
「私は・・・」
やっと救われると思った。ここまで必死に生きた。
これからも生きていられるんだと安心した。
なのにこの仕打ちとは何だ。
私が何をしたんだ。妻と娘を愛しただけだ。私が何をした。
泣き喚く者、諦めたように寝転ぶ者、手を合わせ祈る者、
私は立ち尽くした。呆然と立ち尽くした。
やがてふらふらと腰を下ろし、頭を抱えた。
「救われる筈では、なかったのか」
ぽつりと零してみた言葉は反響し、私の中に戻ってくる。
それを合図にしたようにじわりと涙が溢れて止まらなくなる。
なんて事だ。こんな酷い話があるものか。
唇を噛み締め、私は項垂れた。
「おじさん、どうして泣いてるの?」
突然女の子の声がして驚き、パッと顔を上げて見ると
私の娘とさほど変わらないだろう年頃の少女が私を不思議そうに見ていた。
「・・・おじさんはね、家族とお別れしたんだ。それが寂しくてね」
ふぅん、と目をパチパチさせた少女はそれでも不思議そうにしていた。
「お嬢ちゃんにもパパやママはいるんだろう?寂しくないのかい?」
「ううん、だいじょうぶ」
私の娘だったらちょっと離れただけで不安で泣いてしまうのに
この子はとても強い子なんだろう。
「お嬢ちゃんはすごいねぇ」
「だってわたし、パパとママをすくってあげられるの」
にこりと微笑んだ顔は娘に似て見えた。
「わたしね!これから皆をたすけてあげられるんだよ!」
すごいでしょ?と瞳を輝かせた少女。
私はまた、泣いた。
少女はそんな私の頭をそっと撫でながら言った。
「おじさん、どうして泣いてるの?」
昔見た夢を小説にしてみました。ありがとうございました。