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28. 休息の夜



衰弱した体でユフィの魔法をそっくりそのまま受け入れた反動だろうか。


永遠に続くかと思われた口づけが終わると、ハルの身体がユフィの方へと傾いた。ユフィは自分に寄りかかってくるハルを優しく抱きとめた。


倒れ込んだハルは目を覚まさなかった。しかし、規則正しく上下する胸の鼓動が、彼がまだ生きていることを告げていた。


彼がこれからも生き残り続けるのだということを、何よりも強く実感させてくれていた。


「シフ」


ハルの身体をぎゅっと抱きしめたユフィが、彼女のもう一人の同伴者の名前を呼ぶと、噛み千切られた腕を口に咥えたシフが彼女に近づき、背を低く落とした。


「ありがとう。やっぱりあなたは、私の気持ちをよく分かってくれるのね」


ユフィの感謝の言葉に対しても、シフは尾を下げたまま、ただ頭を深く垂れるばかりだった。調教師に操られてしまった自分を許せないのだろうか。


「大丈夫よ、シフ。あなたのせいじゃないわ。あなたが痛みを覚える必要なんてないの」

[……]

「ほら、顔を上げて、あなたの綺麗な瞳を見せてちょうだい」


ユフィがシフの頭を優しく撫でながら語りかけると、シフは耳をぴくりと動かして顔を上げた。


「うん、大丈夫。あなたもハルも、私が守ってあげるから。急いで村へ戻りましょう」


ユフィが言葉を終えると、シフはさらに彼女の近くへと寄り添い、身体を伏せた。ハルをシフの背に跨がらせた後、ユフィ自身もそこに乗り込んだ。村へ向けて出発する直前、シフの視線が、地面に倒れ伏した獣の兵器たちへと向けられた。


獣の兵器たち皆まだ息があったが、その呼吸は徐々に消え入りそうになっているのが感じられた。残り少ない命。かつてはシフも、彼らと同じ運命を辿るはずだったのだ。


(ふーむ)


ユフィにとって、シフではない他の獣の兵器など、どうでもいい存在だった。けれど、もしシフがこの子たちのことを気に揉んでいるのなら、シフの心のためを思ってでも、彼らを守らねばならない。


シフの背をやさしく撫で下ろしたユフィが、そっと手を持ち上げた。赤く鮮やかな彼女の魔法が、倒れ込んでいる獣たちを包み込んだ。


「あの子たちのことも、心配しなくていいわ。師匠が来るまでは問題ないはずよ」


ユフィに治癒魔法の適性はないが、時間の流れを止めるに等しいほどに遅く変化させることくらいなら簡単だった。


「さあ、シフ。早く行かないと、師匠があの子たちを助けてあげられないわ」


ユフィが言い終えるが早いか、シフは村へ向けて猛然と駆け出した。



***



薬草の匂いが漂う魔女の家。ベッドに横たわるハルの傍らに腰掛けたユフィは、清潔な包帯が巻かれた彼の頬に触れながら、薄い息を吐き出した。


失血のせいで青白く引き攣った顔をしていたが、腕は綺麗に縫合され、大きな傷もすべて処置が完了していた。


今やハルは魔女の伴侶。並大抵の傷なら瞬時に回復するだろうし、深い傷であっても、ほんの少しの時間さえあれば完治するはずだった。


(もう二度と、あなたを傷つけるものなんて存在させない)


これから痛みを味わう日は、ほんの僅かしか残されていない。分かっている。それなのに、微動だにせず横たわっているハルを見つめていると、限りなく心がざわついた。


彼が早くその固く閉ざされた瞼を持ち上げて、あの美しい赤紫色の瞳で自分を見つめてくれたらいいのに。


あの低く掠れた声で、自分の名前を呼んでくれたらいいのに。


短く切り揃えられた灰色の髪を撫で下ろしながら物想いに耽っていると、開け放たれた扉の向こうから、小さくノックの音が聞こえてきた。


「ユフィ。まだここにいるのかい?」

「師匠」

「お前ももう休まなくっちゃ」

「私は大丈夫です」

「駄目だよ。おいで」

「でも……」

「魔女の伴侶はそう簡単には死なないさ。それにユフィ、私にまだ話したいことがあるんだろう?」

「……」


早くおいでと促すようなリベリカの手招きに、ユフィは最後にもう一度だけハルの姿を目に焼き付けた後、席を立ち上がった。


リベリカと共にハルの病室を後にした。長い廊下を無言で歩いていくと、リベリカの可笑しそうな声が静寂を破った。


「それにしても、結局こうなったんだねぇ」

「結局、ですか? 師匠、もしかしてすべてをご存知だったのですか?」

「まさか、そんなわけないだろう? でも、そうだね。ある程度は分かっていたさ」

「どうして……」


思わず足を止めたユフィがリベリカを振り返って問い返すと、彼女は深い笑みを浮かべてみせた。リベリカがユフィの顔を指差した。


「ハルを初めて連れてきた時からさ。顔に全部書いてあったんだよ」

「えっ? そんなはずは……」

「あるんだよ、それがね」

「……」


なるほど、バンデオンでさえ気づいた事実に、リベリカが気づかないはずがなかった。

自分ではそれなりにうまく隠せていたつもりだったのに、何一つ隠し通せていなかったのだと思うと、おかしさが込み上げてきた。


ユフィが微かに笑みをこぼすと、目を細めてユフィを見つめていたリベリカが言葉を続けた。


「だけど、まさか伴侶の契約まで結んでしまうとはね。本当にいいのかい? ユフィ。使い魔とは違って、伴侶の契約は一生に一度きりなんだ。後悔はしないかい?」

「さあ、どうでしょうね」


後悔することもあるかもしれない。またしても彼を恨み、憎悪することになるかもしれない。しかし、選択したのはユフィ自身だ。その結果を受け入れることくらい、当然の義務ではないだろうか。


ユフィが無言で笑みを浮かべてみせると、リベリカは満足そうに頷いた。


「そうだね。それがお前の答えなんだね。それなら、師匠としてはただ見守るだけさ」

「大丈夫です。私はもう、あの頃の、無力なユフィネルではないのですから」


守ることができる。手に入れることができる。もう二度と、その手を離さなくてもいい。

そのためには。


「師匠。私、ちょっと王都へ行ってきます」


村へ戻ってくる前、調教師の顔を見た。見覚えがあるというほどではないが、確かに知っている顔だった。


ずっと昔、あの色褪せた屋敷で何度か目にしたことのある顔。ロウェル・ライセンとつるんでいた連中の中に、あのような顔が間違いなく存在していた。


(よくもまあ、お前たちがまた私のものを狙ってくれたわね)


一度は奪われた。けれど、二度目は決して許さない。


ユフィの瞳に、静かな怒りの炎が宿った。重苦しく沈み込んだ空気の中、リベリカが低く告げた。


「一人は生かして連れて帰ってくるんだよ」

「肝に銘じておきます」

「今すぐ飛び出していきたいんだろうけど、今夜は休んでおきなさい。まだ夜は長いんだからね」

「いいえ、今すぐ……」

「ユフィ」


反論は許さないという師の言葉に、ユフィは不満げに唇を尖らせた。


「こういうことは、早く終わらせてしまった方がいいでしょう?」

「時には待つことも必要なのさ。十分に休んで、心を整えなさい。それから行っても遅くはないよ」


リベリカの返答に、ユフィは仕方のない様子でため息をついた。


「分かりました。一晩眠って、冷静さを取り戻してから出発します」

「ふふ。いい子だね。いい子は早く寝なくっちゃ。さあ、もう部屋に戻りなさい」

「はい。おやすみなさい、師匠」

「おやすみ。私の可愛い弟子」


応援ありがとうございます!

もう一話、いけるでしょうか……?

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