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24. 侵蝕



シフの襲撃から、三日の月日が流れようとしていた。二、三日中には襲撃が起こるだろうというハルの予想に反して、この三日間、国境の村は平和そのものだった。


村人たちは相変わらず健やかで親切であり、魔女の家に滞在している患者たちにも大きな問題は起きていない。


シフは未だに部屋に閉じこもったまま動こうとしなかったが、それ以外はいつもと変わらない平穏な日々が流れるばかりだった。


長い一日が終わり、夜空に煌々と浮かんだ満月が魔女の家を照らし出していた。襲撃に備えて魔女の家に留まっていたユフィは、中庭にぽつんと座り、ぼんやりと月を見上げていた。


本格的に夏が始まったせいだろうか、夜遅いというのに湿った空気が頬にまとわりつく。


(夏が始まれば……大迷宮の近くに、野いちごが実るわね)


小さく赤い野いちごは、シフが一番好きな食べ物の一つだった。ジャムにしたり、パイにたっぷり詰めてやると、シフは口いっぱいにデザートを放り込んで嬉しそうに食べてくれたものだ。


そうして時折、ユフィの頬を舐め回しながら、もっとくれと甘えてくる。今年はまだ、野いちごを摘みに行けていない。


(いつになったら)


野いちごを摘みに行けるのだろうか。


いつになったら、シフは元気を取り戻し、以前のような活気を見せてくれるのだろう。


「痕跡だけでも見つけられればいいのだけれど」


ハルやシフに内緒で、何度か大迷宮の周辺を捜索したことがあった。しかし、ユフィの稚拙な探索能力では、調教師どころか、人間が滞在した痕跡すら見つけ出すことはできなかった。その事実が、酷く焦燥感をかき立てる。


まだ三日。たった三日しか経っていないというのに、自分の領域を侵されているという不快感が、ユフィの感情を不安定にさせていた。


月を見上げていた顔が、いつの間にか真っ黒に染まった足元へと向けられる。


(一度でも手を離してしまえば、二度と取り戻せない)


差し出された手の温もりを覚えている。穏やかな微笑みを覚えている。太陽の下で銀色に輝いていた、あの美しい髪を覚えている。しかし、ただの一度。


その手を離してしまった瞬間、あの温もりは冷たい氷の槍となってユフィの胸を突き刺した。


(失いたくない。シフは私のものよ。私が拾ったの。私はシフさえいればいい)


不安定なシフの感情が移ってしまったのだろうか。ユフィの思考は徐々に侵蝕されていった。残された理性が、考えるのを止めろと叫んでいた。しかし、止めようにも止まらなかった。


(生きとし生けるもののすべてを焼き尽くしてしまえば、そうすれば、誰も私のものを狙わなくなるのではないかしら?)


そう、あの日のように。生きているものをすべて焼き尽くし、消し去って。


ユフィネルは自身の両手を見つめた。小さく白い彼女の手に、赤い気配が宿る。焼き尽くして、焼き尽くして、やがて灰の山だけが残るのなら。


「ユフィ? 何を……しているのだ?」


連なる思考を断ち切るように、酷く聞き馴染んだ声が聞こえてきた。ユフィが反射的に顔を上げると、木剣を手にした男がこちらへ歩み寄ってくるのが見えた。


月光の下、彼の灰色の髪が淡い銀色に染まっている。ルビーとアメジストを混ぜて溶かしたような赤紫色の瞳が、懸念に満ちた色彩で彼女を見つめていた。


「ユフィ? 大丈夫か?」


思わず手を伸ばした彼は、ユフィの頬に触れようとしたところでハッと動きを止め、おずおずと自分の手を下ろした。

まるでユフィに触れてはならないとでも言うかのようなその行動に、過去の記憶が鮮明に呼び覚まされる。差し出された手が振り払われ、彼の掌は別の誰かの頬を愛おしげになぞる。


傷だらけの太く無骨な、それでも温かかった、あの手が。


無意識に彼の境地へと手を伸ばすと、木剣を地面に置いたハルが、そっと彼女の手を包み込んだ。


「ユフィ。どこか具合が悪いのか? 魔女様を呼んでこようか?」


心配そうな声が耳元をくすぐった。


「いいえ、大丈夫です。大丈夫ですから」

――何をしている、ユフィネル。私の目に留まるなと言ったはずだ。


過去の声と、現在の声が重なった。ユフィネルの心臓が狂ったように脈打ち始める。頬を伝って冷や汗が流れ落ちた。握りしめていた彼の掌に、ユフィの爪が深く食い込んでいく。


その事実に気づいたユフィネルは、弾かれたようにハルの手を離した。


「……! 申し訳ありません。私は。ただ……」


私は、あなたに……。


(駄目よ。違うわ。しっかりして。あなたはユフィ。ユフィネル・エルピスではないの。過去は消え去り、ここは現実よ。何でもないわ。大丈夫。何でもない)


心を律しなければならない。魔女である前に、私は人間だ。人を傷つけてはならない。人間として留まらなければならない。


何度も自分自身に言い聞かせる。両の目を閉じたユフィが、自分の両腕を抱きすくめた。その瞬間、伸ばされた腕が彼女を捕らえ、自身の胸の中へと強く引き寄せた。鼻腔に、嗅ぎ慣れた香りが漂う。


「大丈夫だ。痛ませても構わない。君がくれるものなら、私は何であれ嬉しく思えるのだから、私の前で感情を押し殺さないでくれ」


血と薬草の匂いに覆い隠されていた、恋しくてたまらなかった香り。あの日とは異なる、彼の言葉。


「駄目です」

「なぜだ?」

「私は、もう。あなたに……」


ユフィの言葉を遮るように、彼は彼女の頭を自分の胸へと埋めさせた。沈み込んだ誰かの声が、耳元に響いた。


「ユフィ。君が私にしてはならないことなど、存在しない。使い捨ててくれてもいいし、冷酷に突き放したって構わない。だから、泣かないでくれ。いや、泣いてもいいから、心を殺さないでくれ」


耳元で、ゆっくりとした規則正しい心音が聞こえた。彼の言葉よりも、彼の行動よりも。その心臓の音が、ユフィの心を安らげていく。徐々に侵蝕されつつあった思考が、少しずつ元へと戻っていった。


もう大丈夫。しかし、未だに彼の胸から離れたくないと願ってしまうのは、過去の残像が彼女を縛りつけているからだろうか。


ハルの腕に抱かれたユフィは、無言のまま彼の衣の襟をきつく握りしめた。それに応じるように、ハルはさらに強くユフィを抱きしめた。


(あぁ、癪ね)


認めあいたくないというのに、認めざるを得ない。彼女の不安を溶かしてくれる唯一の存在が、他ならぬこの男だということを。

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