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16. 笛の音と戦争の傷跡


魔女の家に到着すると、出迎えてくれたリベリカとエレナが四人を迎え入れた。いつも通りの何気ない外出であったはずの彼らが傷だらけになって戻ってきたため、リベリカは目を丸くした。


「ユフィ? 一体これはどういう……いや、話は後ね。まずはハルを治療室に運ぼう。エレナ、シフを診てくれる?」

「分かったわ」

「バンデオン、あなたは……」

「俺はいいから、先にそいつを治療してやってくれ」

「分かった。ユフィ、ハルの状態は?」

「私を受け止めるために地面を転がりました。皮膚の一部が剥がれ落ち、過多出血によるショック症状を起こしています。魔力輸血による応急処置は済ませてあります」


ハルを処置室へと運んでいたリベリカは、続くユフィの言葉に思わず足を止め、彼女を振り返った。


「魔力輸血を? あなたが?」

「ええ。緊急事態でしたから」


魔力輸血は互いの唾液を交わし合う必要がある。そのため、通常は口づけを交わさなければ応急処置は不可能だ。


ハルとユフィの関係を知るリベリカにとっては、非常に意外な状況と言わざるを得なかった。


リベリカの視線から疑問を察したものの、ユフィは敢えて答えず、リベリカもそれ以上は追求しなかった。


「それなら、血が必要になるわね。ちょうど人工血液を作っておいたから、足りなくなることはないわ」


魔女の家に戻り、ハルの治療を終える頃には、世界はいつの間にか暗闇に染まっていた。いつから降り始めたのかも分からない雨が、開いた窓の向こうでしとしとと音を立てて降り注いでいた。


血に汚れた体を綺麗に洗い流してきたユフィは、物言わぬまま窓の向こうの雨脚を見つめていた。


普段から感情があまり表に出ないとはいえ、とりわけ感情が欠落しているかのようなユフィの横顔を心配そうに見つめていたエレナが、彼女の前に出来立てのシチューを置きながら尋ねた。


「ユフィ、あなたは大丈夫? どこか怪我はしていない?」

「ええ。彼が……ハルが私をしっかり受け止めてくれましたから」

「何が起きたのか……聞いてもいいかしら?」

「俺も気になるな。大迷宮の近くは、お前とシフの庭みたいなもんだろ?」


リベリカに処置を受けてきたのか、体のあちこちに包帯を巻いたバンデオンが食堂に入ってきながら尋ねた。彼の後ろからはリベリカも歩いてきている。


どうやら全員が話を聞きに集まったようだった。


ユフィの周りに一人、また一人と席に着く面々を見つめながら、ユフィは薄く息を吐き出し、絡み合った記憶を一つずつ紐解いていった。


「……大迷宮の近くで、笛の音を聞きました。酷く遠く、微かだったにもかかわらず、妙に耳の奥を強く揺さぶる音でした」

「笛の音?」

「ええ」

「初めて耳にする人工的な音だったため、私は音の発生源を探ろうと聞こえてきた方角へ向かおうとしました。ですが、シフはその音を聞いた途端、私を乗せて逃げ出したのです。あの子があんな姿を見せたのは、初めてでした」


リベリカの家に戻った後、ユフィに怪我をさせそうになったという事実と、自分のせいで負傷者を出してしまったことに大きなショックを受けたシフは、ユフィの部屋に引きこもったまま一歩も出てこようとしなかった。


ただ丸くなっているだけなら、ショックのせいだろうと納得もできるが、シフの異常行動はそれだけにとどまらなかった。


「村に戻ってからも、シフの様子がおかしいのです。部屋の中で丸くなっているかと思えば、今にも飛び出していきそうな……不安定な精神状態を見せています」


シフの不安症状はそれだけではなかった。村を通りすがる人間を見ると殺気を放ちながらも、ハッと我に返っては怯えたようにさらに体を丸める。


明白な異常行動だった。シフと出会ってから二年が経つが、あの子がこれほどまでに怯え、傷ついた姿を見るのは初めてだった。


「言葉は理解できているようですが、相変わらず何かを恐れています。一体何が、あの子をこれほどまでに怯えさせているのか、よく分かりません」


食事も摂らずにうずくまるシフの姿を見ていると、胸の奥が引き裂かれるように痛み、同時に重苦しい怒りが込み上げてきた。


間違いなく、あの笛の音が引き金(トリガー)のはずだ。しかし、初めて聞く見知らぬ音だったため、何をどう操作してシフを窮地に追い込んだのかが分からなかった。


腕を組んだままユフィの話に耳を傾けていたバンデオンが、耳をピクリと動かして言った。


「うーん……笛の音ね。ババア、何か心当たりはないか?」

「特に思い当たることはないけれど……私に聞くということは、その音の出所がカランだという意味だね」

「おそらく。確実じゃないが……ユフィ。シフはカランの獣兵器だろ?」


バンデオンの質問に、エレナの目が見開かれた。両手で口元を覆ったエレナが、本当なのかという視線をユフィに投げかけた。ユフィは静かに首を縦に振った。


「ええ、そうです。シフは二年前に大迷宮へ『廃棄』された獣兵器たちのうち、生き残っていた唯一の個体を私が救い出してきたのです」


シフと初めて出会ったあの日のことを、鮮明に覚えている。血さえも凍りつきそうなほどに厳しい冬。白い雪の中に埋もれ、死にかけていた巨大な獣。


生命の灯火が消えかけているというのに、その瞳だけは、他の何よりも鮮烈に輝いていた……。


「獣兵器を運用するためには特殊な方法があると聞いたことがある。だけど、あの獣兵器は古いモデルだからな。俺がいた部隊とは別の場所で使われていた個体でもあるし」


過去の話題が上ると、バンデオンの顔色が暗く沈んだ。同時に、かつて同じ軍に所属していたエレナの顔も暗く翳った。戦争の傷跡というものは、どれほど軟膏を塗り、包帯を巻いても癒えることはない。日常の中で突如として牙を剥き、再び傷口を抉っていくのだ。


ユフィは何も言わず、リベリカへと視線を向けた。腕を組んだまま沈黙を守っているリベリカは、ユフィの視線に気づくと彼女を見つめ、意味深な笑みを浮かべてみせた。


きっとリベリカは、ユフィの身に起きたすべての状況を把握しているはずだ。それなのに何も話してくれないということは、ユフィ自身で答えを見つけろという意味なのだろうか。


(少しだけでも、ヒントをくださればいいのに)


手がかりを見つけなければならない。そして、シフを苦しめたすべての者に、同じだけの苦痛を与えてやる。ユフィの瞳が冷酷に凍りついた。


「シフを刻印した調練師が……あいつを呼んだんだ」


思考を断ち切るように響いた声に、ユフィの視線がその主へと向かった。いつからそこにいたのか、ハルが半分開いた扉に寄りかかり、立ち尽くしたままユフィを見つめていた。


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