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『オークに転生した三つ星料理人、異世界で究極の美食を極める〜過労死シェフは料理の知識で魔物の森から成り上がる〜』  作者: 烏丸ぽっぽ


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第8話「行商人マルコの手記と『極上ホロホロ肉』」

 仕立ての良い旅装束に身を包み、優しげに垂れた目尻と柔和な笑顔を浮かべた人間の男。


 彼はエルフの長老と親しげに握手を交わした後、オークである俺たちに対しても、何の偏見も恐れも抱いていない様子で深々と一礼をした。


「おお、これは珍しい。オークの方々とお見受けいたします。私は『マルコ』。世界中を巡り、珍しい品や知識を集めているしがない行商人です。どうぞ、お見知りおきを」


「……俺はレンだ。こっちは助手のルッカとリル。料理人シェフをやってる」


 俺がそう名乗ると、マルコというその男は目を丸くして、それから愉快そうに声を立てて笑った。


「オークの料理人ですか! それは素晴らしい。私の長い旅の経験でも、そんな知的な魔物の方々にお会いするのは初めてです」


 彼は本当に興味深そうに俺たちを見上げている。

警戒心や蔑みの色は微塵もない。

長老やフィエルたちエルフが、この男を「恩人」と慕う理由が少し分かった気がした。


「せっかくの出会いだ。今日の昼飯は、俺が腕を振るってやるよ。マルコさん、あんたはエルフたちと違って肉も食える口か?」

「ええ、もちろん! 行商の旅は体力が資本ですからね。どんなお料理か、とても楽しみです」


 こうして、俺は長老の館の裏手にある屋外の調理場を借り、マルコとルッカ、リルのための昼食を作り始めた。



 俺が用意した食材は、森の途中でルッカが狩り、川の冷水で完璧に血抜きを済ませておいた『大猪ワイルド・ボアの骨付きスネ肉』だ。


 赤身が多く、普通に焼いただけではゴムのように硬くて食えない部位。


だが、三つ星シェフの技と「森の恵み」を使えば、これは極上のメインディッシュに化ける。


 まずは熱した平らな岩盤に大猪の脂を敷き、骨付き肉の表面だけを一気に焼き上げる。


 ジュァァァァァッ!!


 暴力的な音が響き、表面にこんがりとした美しい焦げ目(メイラード反応)がついたところで火から下ろす。これで肉の強烈な旨味を内側に完全に閉じ込めた。


「リル、俺が教えた通りに『土のオーブン』の準備はできてるか?」

『はい、レン様。穴の中に熱した石を敷き詰めておきました』


 俺は巨大なはすのような葉っぱを何枚も広げ、その中央に焼いた骨付き肉を鎮座させる。

そこに、森で採集した『野苺ベリー』をたっぷりと潰し入れ、バラニンニクの欠片、そして香りの強いハーブを惜しげもなく放り込んだ。


 これを葉っぱで何重にも密閉するように包み込み、リルが用意した「熱い石を敷いた土の穴」に入れ、上から土を被せて完全に密閉する。


 ——土中での『低温蒸し焼き(スローロースト)』だ。


 野苺の持つ強い「酸(オーガニック酸)」と「酵素」が、硬いスネ肉の筋繊維を時間の経過とともにボロボロに分解していく。

同時に、熱で溶け出した大猪の濃厚なゼラチン質と野苺の果汁が葉っぱの中で混ざり合い、極上のソースへと変化していくのだ。


 数時間後。


 土を掘り返し、湯気を立てる葉っぱの包みを広げた瞬間、甘酸っぱくも野性味あふれる芳醇な香りが爆発的に広がり、見学していたマルコの鼻腔を直撃した。


「完成だ。『大猪の骨付き肉のホロホロ土中焼き〜野苺と香草の濃厚グレイズソース〜』だ。熱いうちに食ってくれ」


 葉っぱの皿の上には、深い赤紫色(ルビー色)に輝くトロトロのソースを纏った巨大な肉の塊。


 マルコは目を輝かせ、腰のナイフで肉を切り分けようと刃を当てた——瞬間、驚きに目を見開いた。


 ナイフを入れるまでもない。

フォークで軽く触れただけで、巨大な肉が繊維に沿って「ほろり」と崩れ落ちたのだ。


「な、なんだこの尋常ではない柔らかさは……!?」


 マルコは震える手で崩れた肉をすくい上げ、ゆっくりと口に運んだ。


「——ッ!!?」

 マルコの動きが、ピタリと止まった。


 噛む必要すらない。舌の上で肉がトロトロととろけ、大猪の力強い旨味が溢れ出す。


そして野苺の甘酸っぱいソースが、獣肉特有の臭みやしつこさを完全に打ち消し、後味をどこまでも上品に、かつ濃厚に引き立てていた。


「こ、これは……奇跡だ……っ! 酸味と甘味、そして肉の旨味が、口の中で完璧な円を描いている! 肉が……舌の上で溶けて消えていくようだ!」


 マルコはナイフを放り出し、夢中で次の肉を口に運んだ。上品な旅の商人らしからぬ、獣のような食べっぷりだ。


「す、素晴らしい! 私のいた世界の王都で、貴族が食べるような豪華な料理も口にしてきましたが、こんなに美味いものは初めてだ! 世界の料理の常識が覆る味です……!」


「王都の貴族の飯って、どんなもんなんだ?」


「彼らの料理は、ただ貴重な香辛料をこれでもかと大量に振りかけたり、味の濃い塩辛いだけのソースで素材の味を塗りつぶしたりするだけの、ただの『金持ちの自慢大会』です。このような、果実の酸味を使って肉を柔らかくし、素材の命を完璧に引き出して調和させる神業……レンさん、あなたは一体どこでこんな技術を!?」


(……なるほど。俺の知っている世界の歴史で言えば、中世ヨーロッパの初期レベルか。スパイスの量=権力の象徴というだけで、調理技術自体はまったく進歩していないらしいな)


 俺は心の中で納得しながら、ただ肩をすくめてみせた。


『あーっ! レン、オレたちも早く食いたい!』

『……レン様。わたくしも、もうお腹が限界です』


 よだれを滝のように流して待機していた二匹に、俺は巨大な骨付き肉を乗せた葉っぱを差し出した。


『うめぇぇぇっ!! なんだこれ、噛まなくても肉が崩れるぞ! このすっぱくて甘いドロドロの汁が肉に絡んで、無限に食える! 骨の周りのプルプルしたところ(ゼラチン質)がたまんねぇ!』


 ルッカは顔中をルビー色のソースまみれにしながら、大猪の肉を一瞬で平らげていく。


『……お肉が、とても柔らかくて上品です。バラニンニクの香りと野苺の酸味が鼻に抜けて、お腹の底から温かい力が湧いてくるような……本当に、美味しい』


 大柄なリルは(淑女を目指しているため)手掴みではなく、木の枝を不器用に箸のように使って、うっとりとした表情で頬を染めながら肉を味わっていた。


「はははっ、本当に良い食べっぷりだ。作り手としても最高の助手たちですね」


 マルコは満足そうに口元を拭い、柔和な笑顔で俺たちを見た。


「いやはや、驚きました。これほどの料理人がいるとは。……ああ、そういえば料理といえば。昨晩、長老があなた方に振る舞ったスープがあったでしょう?」


「ん? ああ、あの青菜が浮いてたやつか」


「ええ。あれは私が遠方の異国から持ち込み、この集落に栽培を教えた『幻影ニラ』という野菜なのです。どんな痩せた土地でも育ち、栄養価が極めて高い素晴らしい作物なのですが……お口に合わなかったようで、少し残念ですよ」


(『幻影ニラ』……あの水仙に酷似した植物は、そういう名前なのか)


 俺はマルコの言葉に静かに頷きながら、彼の顔を観察した。その笑顔には微塵の陰りもなく、自分がもたらした作物に純粋な誇りを持っているようにしか見えない。


 そこへ、少し疲れた様子のフィエルがやってきて、マルコのそばに座った。


「……マルコ様。姉さんは、元気ですか?」


「ああ、フィエルさん。お姉さんの『セレス』さんは、人間の街の治癒院でとても頑張っていますよ。まだ奇病の症状は重く、体は動きませんが……いつか必ずこの森に帰ると、そう仰っていました」


 フィエルは、ポツリと涙をこぼした。


「姉さんは、この集落で一番狩りの腕が立つ、最強の戦士だったんです。私なんかよりずっと強くて、優しくて……。どうか、姉さんをお願いします」


「ええ、任せてください。私が必ず、彼女を救ってみせます」


 マルコは優しくフィエルの肩を叩き、慰めた。その表情には、病に苦しむエルフを本気で憂う、誠実な善人の顔しか浮かんでいなかった。



 その日から、俺たちとマルコの、穏やかな一ヶ月の共同生活が始まった。


 マルコはエルフの集落に滞在する間、療養所に寝たきりになっている病気のエルフたちを毎日見回り、彼が持参した人間の街の薬を与えたり、体を拭いたりして献身的に看病していた。


「マルコ様……いつも申し訳ありません。私が調合した森の薬草では、どうしてもこの病の進行を止められなくて……」


 集落の薬師である女性エルフのネリアが、痛む同胞の姿に目を伏せ、不甲斐なさに唇を噛む。


「気にしないでください、ネリアさん。この奇病は非常に特殊ですから。私が街から持ってきたこの薬なら、痛みを和らげることができます。あなたはあなたの出来ることをしてあげてください」


 マルコは温和に微笑み、落ち込むネリアを労うように優しく声をかけていた。



 ある夜、俺はマルコから分厚い革張りの本を見せてもらっていた。


「レンさん。あなたは世界中の食材に興味があるのでしょう? これは私が長年の旅で書き留めた『マルコ大陸見聞録』です。この世界の珍しい動植物の生態や特徴をまとめたものですが……もしよければ、読んでみますか?」


「! いいのか!?」


 俺は前のめりになってその本を受け取った。

 パラパラとページをめくると、そこには緻密なスケッチと共に、様々な植物や魔物の特徴が細かく記されていた。


(すごい……! 俺のいた世界の知識だけじゃ補えない、この世界特有の『生態系』が網羅されてる!)


「この『ヒカリゴケの群生地の近くに生える、平たい水草』……」

「ああ、それは川の底に生える水草ですね。とても固くて食べられませんが、煮出すと少しとろみが出ますよ」


(これだ! 俺のいた世界でいう『昆布』だ。これがあれば、動物性の肉を使わなくても、グルタミン酸の爆発的な旨味(出汁)が取れる!)


 俺はマルコの手記を夢中で読み漁り、この世界における『キノコ類(グアニル酸)』や『香辛料の代用品』の知識を、乾いたスポンジが水を吸うように次々と脳裏に叩き込んでいった。



 そして、あっという間に一ヶ月の月日が流れた。


 マルコが人間の街へ帰る日がやってきたのだ。


「皆様、どうか希望を捨てないでください。今回は、新たに動けなくなってしまった四名の方々を馬車にお乗せして、街の治癒院へと運びます」


 広場に集まったエルフたちを前に、マルコは深く頭を下げた。


「また三ヶ月後に、必ずこの集落に戻ってきます。その時には、きっと良い報告を持っていけるよう、私も全力で治療の支援をいたしますから」


「マルコ様……本当に、何から何までありがとうございます。どうか、同胞たちをよろしくお願いいたします」


 長老が涙ながらに手を握り、フィエルたちエルフも深く頭を下げて彼を見送った。


「レンさん、ルッカさん、リルさん。あなたたちとの一ヶ月、本当に楽しかった。また三ヶ月後、あの極上の料理をご馳走してください」


「ああ。気をつけてな、マルコ」


 俺たちも、爽やかな笑顔で去っていく彼の馬車が見えなくなるまで、手を振って見送った。


 ——だが。


 マルコの姿が完全に森の奥へ消えた後。


 俺はゆっくりと振り返り、エルフの集落に広がる美しい『幻影ニラ』の畑を見つめた。


(……マルコは、本当に良い奴に見えた。だが、俺の中の『料理人としての直感』がどうしても警鐘を鳴らし続けている)


 俺のいた世界では、水仙は口に入れれば三十分で激しい嘔吐などの急性中毒を引き起こす。


だが、このエルフたちはあの草を毎日食べても即座には倒れず、代わりに数ヶ月という時間をかけてゆっくりと体を麻痺させている。


 この世界特有の植物なのか。それとも、エルフの身体構造と何か関係があるのか。


(俺は料理人だ。自分が口にするかもしれない食材の正体を、あやふやなままにしておくのは我慢ならない。……あの『幻影ニラ』が本当に病気の原因なのか、それともただの無害な青菜なのか。徹底的に『仕込み(調査)』をさせてもらうとしよう)


 マルコが残していった知識を武器に。

 俺の、静かで孤独な「食材調査」が幕を開けた。

(つづく)


読んでいただき、ありがとうございました!

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