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『オークに転生した三つ星料理人、異世界で究極の美食を極める〜過労死シェフは料理の知識で魔物の森から成り上がる〜』  作者: 烏丸ぽっぽ


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第7話「エルフの集落と偽りの『極上ニラ』」

 鋭い殺気を放つエルフの矢が、俺の足元の土を深くえぐった。


『誰だ! レンに何するんだ!』

『……無礼、です。レン様に武器を向けるなど、わたくしが許しません』


 ルッカが牙を剥いて唸り声を上げ、リルが俺を庇うように立ち塞がる。その手には、いつでも相手を叩き潰せるよう無骨な石斧が強く握られていた。


「待て、ルッカ、リル。武器を下ろせ」

『でも、こいつレンに矢を撃ったぞ!』

「威嚇だ。本当に俺たちを殺す気なら、あの距離だ……足元じゃなく、最初から俺の喉笛を射抜けたはずだ」


 俺がそう言って二匹を制止すると、枝の上のエルフは少しだけ弓の引きを緩め、冷たい瞳の奥に微かな驚きの色を浮かべた。


「……随分と賢いオークね。その通りよ。あなたたちが他のオークみたいに、血と泥の腐臭にまみれていたら問答無用で射抜いていたわ。でも、あなたたちからは血の匂いがしない。それどころか……昨日の夜の、あの狂おしいほど香ばしい匂いが染み付いている」


 エルフの言葉に、俺は思わず自分の両脇に立つ二匹の姿をまじまじと見つめてしまった。


(……いや、匂いだけじゃない。こいつら、いつの間にこんなに変わってたんだ?)


 毎日一緒にいたから気づかなかったが、改めて見ると、ルッカとリルの見た目は最初の頃の「醜い魔物」とはかけ離れつつあった。


 小柄なルッカの肌は、泥汚れが落ちたことで透き通るような健康的な小麦色に輝き、大柄なリルの肌は、森の精霊のように艶やかで美しい白さを帯びてきている。

リルの頭には、いつの間にか艶のある黒髪すら伸び始めていた。


 豚のような鼻や巨大すぎる牙も、どこか愛嬌のあるシャープな形に収まり始めている。獣というより、野性味あふれる「屈強で美しいアマゾネスの少女たち」といった風貌だ。


 これまでの徹底した灰汁抜きと、魔物の穢れを落とす絶妙な火入れで作られた『飯』が、彼女たちの本来のメスとしてのポテンシャルを極限まで引き出しているらしい。


 だが、今はそんな「女の子らしい変化」に見とれている場合ではない。俺は拾ったばかりの『トウモロコシの芯』をエルフに向けて掲げた。


「あんたが撃たなかった理由はわかった。だが、俺がここに来たのにも理由がある。……これ、あんたたちの集落から流れてきたんだろ?」


「……ただの食べカスよ。それがどうしたの?」


「とぼけても無駄だ。こんな綺麗に粒が揃って、不自然なほど巨大な実をつける植物が、自然の森に生えてるわけがない。これは……自然発生した変異種の中から、優れた特性を持つものだけを意図的に選んで増やしてるんだろ?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、エルフの白い顔からスッと血の気が引いた。


「な、なぜオークのあなたが、私たちだけの『大地の秘術』を知っているの……!? それは、私たちの恩人である『人間』のお客様が、私たちにだけ特別に教えてくれた秘密の技術なのに……!」


(人間の客? エルフに農耕を教えた人間がいるのか?)


 エルフの少女は再びギリッと弓を引き絞った。

部外秘の技術を知る異物を、ここで消すべきか迷っているような鋭い殺気。言葉だけでは、この警戒心は解けない。


「……私たちは野蛮なオークと交わす言葉は持たないわ」

「言葉はいらなくても、美味いもんは食うだろ?」


 俺は懐から、一枚の巨大な葉っぱを取り出した。それは昨晩のアヒージョで使った『バラニンニクと香草のオイル』を、森の木の実のローストにたっぷりと絡ませたものだ。

一切の肉を含まない、純粋な植物性の極上おつまみ。


 俺はそれを、彼女の足元の枝へ向けて軽く放り投げた。


「昨日の宴会の残りだ。毒なんて入ってない、食ってみろ」

「オークの残飯なんて——」


 言いかけたエルフの言葉が止まった。葉の隙間から漏れ出した、バラニンニクの華やかな香りと、極限まで引き出された木の実の甘い匂いが、彼女の繊細な鼻腔を直接殴りつけたのだ。


 彼女は警戒しながらも、細い指先で木の実を一つだけつまみ、恐る恐る口に運んだ。


 ——その瞬間。


 エルフの瞳孔が限界まで開き、弓を持っていた手が力なく垂れ下がった。


「な……なんなの、この味……っ!? こんなにも濃厚で……それに、この甘いようなツンとする華やかな香りは……!」


「俺は料理人シェフだ。美味い食材を求めて川を遡ってきただけで、あんたたちの秘密を他所に言いふらす趣味はない。……どうだ、俺たちと少し『話』をする気になったか?」


 エルフの少女は、口元を手で覆いながら何度も頷いた。その目からは、オークに対する偏見や侮蔑の色が完全に消え去っていた。


「……私はフィエル。森の境界を護る者よ。あなたたちのその知性と、この信じられない料理について、長老が話を聞きたがるかもしれない。ついてきなさい」


 フィエルが指を鳴らすと、周囲の木々から淡く光る『緑色の霧』が噴き出し、俺たちの視界を完全に真っ白に覆い尽くした。


「里の場所は教えられない。この魔法の霧で目隠しをしたまま、私の声だけを頼りに歩きなさい」


 視界を奪われた状態での森歩きは困難を極めた。

柔らかな土の感触と、先を歩くフィエルの微かな足音、そして周囲から漂う湿った草の匂いだけを頼りに、俺はルッカとリルの肩に手を置き、互いに支え合いながら進んだ。


オークの巨体で慎重に足を踏み出すたび、静寂な森に奇妙な緊張感が漂う。


 しばらくして、フッと顔を覆っていた霧が晴れる。


「……着いたわ」


 目を開けた俺の前に広がっていたのは、巨大な大樹の根元を美しくくり抜いて作られた、荘厳な『長老の館』の広間だった。


 窓という窓はすべて分厚い蔦と魔法の光で覆われており、外の集落の景色は一切見えない。

ここが完全に隔離された、外敵を警戒するための客間であることがうかがえる。


 奥の重厚な木の扉が開き、杖をついたエルフの長老が現れた。


フィエルが駆け寄り、長老に耳打ちをしながら、俺が投げ渡した「木の実のロースト」が乗った葉を手渡す。


 長老は深く刻まれた皺の奥の目で、俺たちオークを訝しげに見つめた後、葉っぱの上の木の実を一つ、しわがれた口に放り込んだ。


 数秒の静寂。長老はゆっくりと目を閉じ、深く息を吐き出した。


「……ほう。おお、なんと……。ただ木の実を炙っただけではない。この絡みつく油……大地の息吹と、花のような鮮烈な刺激が、木の実本来の風味を一切殺すことなく、天上の高みへと引き上げておる。見事なまでの調和……森の恵みを知り尽くした技じゃ」


 長老は目を開き、深い敬意を込めて俺を見た。


「珍しいお客のようじゃな。野蛮なオークでありながら大地の秘術を理解し、我々を狂わせるほどの美味なる料理を生み出す者よ」


 そう言うと、長老は傍に控えていたエルフに合図を送った。


「実を言うと、明日の朝、我々にこの『農耕』の技術を教えてくださった人間の恩人が、はるばる人間の街からいらっしゃる予定でな。彼もまた、外の世界の知識を持つ賢き御仁じゃ。お主らも彼のように、我々と良き縁を結べるやもしれん」


「人間の恩人が、明日の朝に……」


 俺が興味を示すと、長老は嬉しそうに頷き、美しい木の器を差し出してきた。


「まずは歓迎の証として、その恩人がもたらしてくれた我が集落の『自慢の青菜』のスープを味わってくだされ」


 森で採れた数種類のキノコとハーブで丁寧に出汁を取ったであろう、透き通るような琥珀色のスープ。その表面には、鮮やかな緑色をした細長い「平たい葉」がたっぷりと浮かんでいる。

見た目だけでもエルフならではの洗練された一品だということが分かる。


『うわぁ、すっごくいい匂いだ! レンの飯みたいに、腹が減る匂いがするぞ!』

『……いただきます』


 ルッカとリルが何の疑いもなく器を受け取り、スープを口に運ぼうとした。


 だが俺の心の中では、ルッカの言葉に少しだけ苦笑していた。


(確かに悪くない出汁の引き方だ。だが、俺ならこのキノコの香りを活かすために、もうひと手間かけて微かな酸味を足し、味の輪郭を劇的に引き締めるがな……)


 そんな三つ星シェフとしての分析を巡らせていた、その時だった。


 ピクッ、と。


 魔物として極限まで研ぎ澄まされた『オークの異常な嗅覚』が、そのスープの湯気の中から、強烈なハーブの香りに紛れた微かな「甘い匂い」を捉えた。


 ニラに似た強烈な食欲をそそる香りの奥に潜む、アルカロイド系の毒特有の、脳を麻痺させるような不自然な甘い匂い。


(——まさか、これは『水仙スイセン』か!?)


 俺は背筋が凍るのを感じた。

ニラとスイセンの誤食は、俺の知っている世界でも頻発する恐ろしい食中毒の定番だ。

だが、なぜそんな危険な代物が、このエルフの集落で『自慢の青菜』として平然と振る舞われているんだ?


「——待て、ルッカ、リル。飲むな」


 俺は素早く二匹の腕を掴み、そっと木の器を取り上げた。


『えっ? レ、レン? どうしたんだよ、腹減ってるのに』

『……レン様?』


 俺は不思議そうな二匹を制し、長老に向き直って深く頭を下げた。


「……申し訳ない、長老。せっかくの歓迎の品だが、俺たちオークの粗野な舌には、この森の草花の香りは少々上品すぎるようだ。口に合わないから遠慮させてもらう」


 俺が器をテーブルに置いた瞬間、フィエルの顔色が変わった。


「なっ……! 長老様がわざわざ歓迎のために用意してくださったものを、口もつけずに突き返すなんて! いくら料理の腕が立とうと、無礼にも程があるわ!」


 フィエルが怒りを露わにし、背中の弓に手をかけようとする。空気が一瞬で張り詰めた。


「よい、フィエル。落ち着きなさい」


 長老が杖で床をコツンと叩き、静かに首を振った。


「……ふむ。オークの口には合わなかったか。それは残念じゃが、種族によって味覚は異なるもの。無理強いはすまい」


 長老の寛大な態度に、フィエルは不満そうに唇を噛んだが、それ以上追及してくることはなかった。


俺たちは客人として館の奥にある一室を与えられ、今日はそこで休ませてもらうことになった。



 分厚い木の扉が閉まり、部屋に三人だけになるなり、ルッカが不満げに口を尖らせた。


『なあレン、なんでさっきのスープ飲ませてくれなかったんだよ! すっごくいい匂いがしたのに! オレ、腹ペコだぞ!』

『……レン様。わたくしも、少し気になります。せっかくのおもてなしを断るなんて、らしくありません』


 不満そうな二匹に、俺はわざとらしく鼻を鳴らし、腕を組んで三つ星シェフとしての「傲慢な顔」を作った。


「馬鹿野郎。あんな香りの強い葉っぱを、繊細なキノコの出汁と一緒くたに煮込むなんて、食材の個性を殺す素人のやり方だ。……お前たちは俺の料理を運ぶ大事な『給仕係』だろうが。そんな雑な味で、せっかく鍛え上げたお前たちの繊細な舌が馬鹿になっちまったら困るからな」


『そ、そうなのか……? オレたちの舌のため……レンがそういうなら、仕方ないか……』


 俺の勢いと「大事な給仕係」という言葉に押され、不満そうにしつつも嬉しそうに納得した二匹を見て、俺は内心でそっと冷や汗を拭った。


(……危なかった。あれはどう嗅いでも『水仙』特有の毒の匂いだった)


 だが、俺の頭の中には強烈な疑問が渦巻いていた。前世の知識通りなら、あれだけたっぷりと葉を煮込んだスープを日常的に飲んでいれば、即座に激しい中毒症状が出てバタバタと倒れるはずだ。


 なのに、エルフたちは平然とあの『青菜』を常食している。この世界の水仙は俺の知っている世界のものとは毒の性質が違うのか、それとも何か別の理由があるのか?


(明日、この集落に農耕を教えたという人間の恩人がやってくる。その男なら、あの不気味な植物の正体や、この集落の事情について何か知っているかもしれない)


 俺は、明日の朝やってくるという人間に直接会って、情報を引き出そうと決意した。


 静かに思考を巡らせたまま夜が明け、翌日の朝。

 長老の館の外が、にわかに騒がしくなった。


「人間のお客様がいらっしゃったぞ!」

「おお、はるばる街からよくぞ来てくださいました!」


 エルフたちの歓喜に満ちた明るい声が、扉越しに響いてくる。


 俺たちが部屋を出て広間へ向かうと、そこには長老と笑顔で握手を交わす一人の人間の男が立っていた。


 仕立ての良い旅装束に身を包み、優しげに垂れた目尻と、人当たりの良さそうな柔和な笑顔を浮かべている。


 その男は、ふとこちらに気づくと、驚くどころか興味深そうに目を輝かせ、オークである俺たちに向かって深々と一礼をした。


「おお、これは珍しい。オークの方々とお見受けいたします。私はしがない行商人。どうぞ、お見知りおきを」


 外の世界の知識を持つ、温厚で知的な人間の商人との出会い。


 この男となら、有意義な話ができそうだ。

俺は純粋な期待と好奇心を抱きながら、彼が差し出した手を取った。

(つづく)


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