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『オークに転生した三つ星料理人、異世界で究極の美食を極める〜過労死シェフは料理の知識で魔物の森から成り上がる〜』  作者: 烏丸ぽっぽ


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第6話「女神の言質と不器用な淑女」


真っ白な空間だった。


 磨き上げられた大理石の床に、一点の曇りもないステンレスの調理台。


泥の臭いも獣の血の匂いもない、無機質な光に包まれた世界で、俺を見下ろす影があった。


『ちょっと! なによあの野蛮なバーベキュー大会は!』


頭上から降ってきたのは、聞き覚えのある傲慢な女の声だった。

俺を勝手にオークへと転生させた、あの身勝手な駄女神だ。


『私が三年も予約を待った三つ星シェフの料理が、ただ焚き火で肉を焼いただけのキャンプ飯!? ふざけないでよね! あんなの、あなたの前世のフレンチの足元にも及ばないわ!』


(……ふざけるな。塩と野草しかない森で、鍋も包丁もなしにあれだけのフルコースを仕上げたんだぞ。文句があるなら最高の厨房と食材を用意しろ!)


 反論しようとしたが、夢の中だからか喉が動かない。もどかしさに顔をしかめる俺を見て、女神はふんと鼻を鳴らした。


『でも……まあ、悪くはなかったわ』


 女神は少しだけトーンを落とし、面白そうな笑みを浮かべた。


『この世界の動植物には、莫大な「魔素(生命力)」が宿ってるの。あなたのその技術で魔素のポテンシャルを極限まで引き出せば、前世の世界の食材なんか軽く凌駕する『究極の一皿』が作れるはずよ』


 究極の一皿。その言葉に、俺の中の料理人としてのプライドがピクリと反応した。


『もし私を心から満足させる至高のフルコースを用意できたら……その究極の料理から得られる膨大な神気エネルギーを使って、最高神様の目を盗んであなたの輪廻の記録をこっそり書き換えてあげる。元の世界へ帰るでも、人間の姿に戻るでもね』


 ——言ったな、あの駄女神。


 それが傲慢な神の戯言だとしても、俺にとっては「泥まみれの魔物人生」から這い上がるための、明確な希望ゴールになった。前世でも、客の無茶なオーダーを完璧な皿で黙らせるのだけは得意だったからな。


『期待してるわよ、豚顔のシェフさん♡』


 パチン、と指を鳴らす音が響き——俺は目を覚ました。



 パチ……パチパチ。


 残り火が爆ぜる微かな音と、森の朝靄あさもやの冷たい空気が肺を満たす。


 大宴会が終わり、腹を満たした下っ端オークたちが群れに帰った後の広場には、巨大な岩殻熊ロックシェル・ベアの骨だけが転がっていた。


「……夢、か」


 俺はゆっくりと身を起こした。俺の今の体は四メートルほどあるが、それでもこの森の規格外の自然の中では決して大きくはない。

太く緑色の指先を見つめ、先ほどの神の言葉を反芻する。


『お、おはよう……ございます。レン……さま』

「……ぶふぉっ!?」


 突然、背後からかけられた慣れない言葉に、俺は思わず変な声を出して振り返った。


 そこに立っていたのは、大柄なメスオーク——リルだ。


 彼女は、太い腕を胸の前で不自然に組み合わせ、ロボットのようにガチガチに緊張しながら、ぎこちなく頭を下げていた。


俺が昨夜、料理を配る時に無意識にとっていた姿勢を、見よう見まねでやっているらしい。


「お、おい……お前、なんだその喋り方と格好は」

『昨夜、レンが……レン様が、肉を配る姿。すごく綺麗だった。だから、わたしも、あんな風になりたいと、思い……ました』


 見上げるほど大柄な緑色の巨体が、恥ずかしそうに視線を泳がせている。


 言葉の端々はまだたどたどしく、無理に丁寧語を使おうとして噛みまくっていた。

だが、その澄んだ瞳に宿る「美しさへの憧れ」と向学心は本物だ。


(……なるほど。いきなりは無理でも、こいつは『給仕サービス』を本気で学びたいのか)


「……いい心掛けだ。歩き方から言葉遣いまで、覚えることは山ほどあるぞ。俺が少しずつ教えてやる」

『! ……はいっ!』


 リルはパァッと顔を輝かせ、嬉しそうに尻尾を振った。


『ぎゃはははっ! なんだよリル、すっごく変な喋り方だぞ!』


 木の上からドサリと飛び降りてきたのは、小柄なルッカだ。彼女は相変わらずのタメ口で、俺の背中をバンバンと叩いた。


『レン! オレ、もう腹減った! 朝飯はないのか!?』

『ルッカ。レン様に、無礼……です。少しは、丁寧な言葉を——』

『なんだよー、飯が美味ければどうでもいいだろ! なあ、レン!』


 元気いっぱいのルッカと、不器用に淑女しゅくじょを目指し始めたリル。

 その極端なギャップに、俺は思わず豚顔を歪めて笑ってしまった。


「ははっ、お前ら本当に面白いな。よし、今朝は昨日の岩殻熊の骨の髄から取ったスープが残ってる。少し待ってろ」


 俺は岩の窪みに残っていた黄金色のスープを温め直し、森で見つけた胡桃くるみに似た木の実を砕いて散らした『岩殻熊の濃厚スープ〜木の実のロースト添え〜』を手早く仕上げた。


 一晩置いたことで骨髄のゼラチン質がさらに溶け出し、ポタージュのようなとろみと暴力的な旨味を生み出している。


『わ、わたしが……お運び、します』


 リルがカチコチの動きで歩み寄り、両手で丁寧に器(窪んだ石)を持ち上げる。そして、少しだけスープをこぼしそうになりながらも、ルッカの前にそっと置いた。


『おぉっ! サンキュー!』


 ルッカが豪快に啜り、口の周りをテカテカにしながら「うめぇぇっ! 木の実がカリカリしてて甘いぞ!」と歓喜の声を上げる。


 俺は自分の分のスープを啜りながら、ぼんやりと炎を見つめていた。

 ——俺の頭の中には、夢で聞いた女神の言葉がこびりついている。


(あの駄女神を黙らせる『究極のフルコース』を作るには、その日暮らしのサバイバル採集じゃ限界がある。塩と香草と果汁だけじゃなく、胡椒や香辛料、それに炭水化物(穀物)の類……土を耕して育てる『農耕』の技術が絶対に必要だ……)


 無意識のうちに、口から独り言が漏れていた。


「……野菜だ。その辺の野草じゃなく、自分たちで種を蒔いて、土で植物を育てる奴らがいれば、料理の幅が爆発的に広がるんだが……」


『ん? 土で育てる? 土ってうまいのか?』


 スープを飲み終えたルッカが、不思議そうに首を傾げた。リルもよくわかっていない様子で首を横に振っている。


 生肉を齧るのが当たり前のオークに、「農耕」という概念があるはずもなかった。


「いや、なんでもない。お前らにはまだ難しい話だったな。……よし、とりあえず今日は、いつもより川の上流まで香草を探しに行ってみるか」



 朝食を終え、二匹を引き連れて川の上流へと歩を進める。


 水が澄んでいくにつれ、木々の背丈が高くなり、足元に自生している植物の種類も少しずつ変わってきた。オークの縄張りからはかなり外れた場所だ。


 ふと、川の淀みに「ある物」が引っかかっているのが見えた。

 俺はそれを拾い上げ、豚の目を丸くした。


「……こいつは」


 それは、かじりかけの巨大な『トウモロコシの芯』のようなものだった。一粒一粒が異常なほど大きく、ぎっしりと身が詰まっていたであろう痕跡が残っている。


(この均等な形……そしてこの大きさ……なるほどな)


 俺は料理人としての知識と直感から、あるひとつの「確信」に至った。この森の奥には、確実に俺の求めるものがある。


 そう思い、上流のさらに深い森の奥を見上げた、その瞬間だった。


 ——ヒュンッ!!


 鋭い風切り音と共に、俺の足元の地面に、淡い緑色の光を放つ『魔法の矢』が突き刺さった。


『誰だ! レンに何するんだ!』

『……無礼、です。レン様に武器を向けるなど、わたくしが許しません』


 ルッカとリルが瞬時に石斧を構え、俺の前に立ち塞がる。


ルッカは牙を剥いて吠え、リルは慣れない言葉遣いで必死に「淑女風の威嚇」を作っていた。


「そこから一歩でも動けば、次は豚の喉笛を射抜くわよ」


 木々の枝の上。


 木漏れ日を背に受けて立っていたのは、長く尖った耳と、透き通るような白い肌を持つ——ファンタジーの定番『エルフ』の姿だった。


 彼女は、俺たちに向けて冷たい瞳で弓を引き絞ったまま、警戒を解かずに口を開いた。


「昨日の夜、信じられないほど香ばしい匂いが風に乗って私たちの集落まで届いたから、偵察に来てみれば……。こんな森の奥深くまで、オークの群れが一体何の用?」


 どうやら、昨晩森中に響き渡った大宴会の騒ぎと極上のロースト肉の香りは、外界を絶って暮らすエルフの強烈な好奇心を刺激し、わざわざ偵察に引っ張り出してしまったらしい。

(つづく)


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