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『オークに転生した三つ星料理人、異世界で究極の美食を極める〜過労死シェフは料理の知識で魔物の森から成り上がる〜』  作者: 烏丸ぽっぽ


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第3話「濃厚白湯スープとメスオーク」

「キシャァァァァッ!!」


 木々を揺らす甲高い鳴き声と共に、巨大な刃のような爪を持つ鳥の魔物——『恐爪鳥きょうそうちょう』が襲いかかってきた。


 ダチョウほどの巨体と、オークの皮膚すら容易く切り裂く凶悪な爪。本来なら、群れの戦士が数匹がかりで挑む厄介な相手だ。香草を探しに森を歩いていた俺の前に、そいつが突然、頭上の枝から降ってきた。


(マズい、俺の弱い力じゃ——)


 そう身構えた瞬間だった。


『オレがやる! その肉、美味そうだな!!』

『……叩き落とす!』


 護衛として同行していた二匹の調達係が、弾かれたように前へ飛び出した。


 速い。昨日までの、ただ力任せに突っ込むだけの鈍重なオークの動きじゃない。


 恐爪鳥が振り下ろした凶悪な蹴りを、大柄なリルが丸太のような腕で真正面から弾き飛ばす。鳥の巨体が大きくバランスを崩したその一瞬の隙を突き、すばしっこいルッカが驚異的な跳躍で懐に飛び込み、石斧を脳天へと叩き込んだ。


 ドゴォッ! という鈍い音と共に、巨大な鳥の魔物は一瞬で絶命し、地面に沈んだ。


『やったぞ! 見たか!』


 ルッカが石斧を振り上げて無邪気に笑う。


『なんだか昨日から、オレ、体がすっごく軽いんだ! 力も腹の底から溢れてくるし!』

『……ああ。体が、よく動く』


 リルも斧を下ろし、不思議そうに自分の拳を見つめていた。


「お前ら……すげえな」

『へへっ、全部お前の飯のおかげだ! お前、すっごく頼りになるな!』


 ルッカが興奮気味に、大型犬のように俺の腕にすり寄ってくる。リルはその後ろで、少し照れくさそうにモジモジしていた。


「分かった、分かったから押すな……って、ん?」


 腕に押し付けられたルッカの体に、俺は違和感を覚えた。

 分厚い筋肉や硬い毛皮の感触じゃない。なんだか、妙に……柔らかい。よく見れば、ルッカの胸のあたりにふたつのなだらかな膨らみがある。


 驚いて視線をずらすと、奥に立つ大柄なリルには、さらに豊満な膨らみがあった。俺の視線に気づいたのか、リルはビクッと肩を揺らし、太い腕で隠すように胸元を覆うと、『……あんまり、見るな』と頬を赤らめてサッと顔を逸らした。


 それに、こいつら、昨日より肌の泥汚れが綺麗に落ちて、少しツヤが出ている気がする。ダミ声だと思っていた声も、興奮や恥じらいのせいか一段階高く、耳に心地いい。


(……あれ? こいつら……まさか、メスだったのか!?)


 オークの顔なんて全部同じに見えていたが、どうやら俺はとんでもない勘違いをしていたらしい。俺が作った飯を食ったおかげで、隠れていたメスとしての丸みや艶が、急激に表に出てきたのだろうか。


(おそらく、こいつらは今まで生肉の血や泥と一緒に、魔物特有の穢れや毒素みたいなものまで腹に溜め込んでいたんだろう。俺の料理は、徹底した火入れと灰汁抜きで不純物を飛ばし、香草で体内をデトックスさせる。余計な毒が抜け落ちたことで、魔物肉が持つ純粋な生命力だけが直接細胞に回るようになった……シェフとしての直感だが、そんな気がする)


 柔らかな膨らみをぐりぐりと腕に押し付けるルッカと、顔を真っ赤にしてうつむくリルを前に、俺は内心で少しだけ焦った。中身は三十代の料理人だぞ、変な気を起こさせないでほしい。


「わ、分かったから離れろ! 今日はその鳥で、極上のスープを作ってやる!」

『うん、わかったぞ!』

『……楽しみだ』



 拠点である川辺に戻ると、俺はさっそく調理に取り掛かった。


 鳥肉の最大の難関は「羽むしり」だ。これも焼け石で作った熱湯に鳥ごと数秒だけ浸け、毛穴を開かせてから二匹に一気にむしらせる。


「肉の部分はあとで焼く。今日の主役は、こっちの『ガラ(骨)』だ」


 恐爪鳥の巨大な骨を、石斧で徹底的に粉砕させる。ずいを露出させるためだ。


 川の窪みに湧き水を溜め、真っ赤に焼けた石を放り込む。


 ——ジュワァァァァッ!!


 沸騰したお湯の中に、叩き割った大量の骨を放り込んでいく。


 作るのは『濃厚白湯ぱいたんスープ』。


 骨から出た血合いや灰汁あくは、大きな葉っぱを丸めた即席の杓子で、根気よくすくい捨てる。この手間の差が、ただの煮汁を「至高のスープ」へと変えるのだ。


 焼け石を何度も入れ替え、猛烈な温度で煮込むこと数時間。


 透明だったお湯は水と脂が乳化して完全に白濁し、その表面には黄金色のピュアな脂がキラキラと照りを放つ極上のスープへと変貌を遂げていた。


『す、すごい……水が、真っ白になったぞ!?』

『……この匂い。腹の底がギュルギュル鳴って、頭が痺れる……』


 コポ、コポ……と、とろみを持った気泡が弾ける。


 鳥の骨髄から溶け出した極上のゼラチン質と、暴力的なまでの旨味の香りが、森の空気をねっとりと満たしていく。最後に岩塩の上澄みで味を調えれば完成だ。


「よし、飲んでみろ」


 木の窪みにすくい取った熱々のスープを差し出す。

 二匹は涎を拭うのも忘れて、フーフーと息を吹きかけながらスープを啜った。


『——あつっ! でも……っ! う、うわぁぁぁぁっ……! なんだこれ、口の中にトロトロの汁が纏わりついて……体の隅々までジンジン染み渡っていくぞ……!』

『……旨い。骨を噛み砕いた時の、一番濃くて旨いところが、全部このトロトロの汁に溶け込んでる……息が、熱くなる』


 二匹の瞳孔が開いた。

 濃厚なスープが細胞に行き渡り、彼女たちの荒かった息遣いが落ち着く。濁っていた獣のような瞳が、澄んだ湖のようにキラキラと輝き始める。


 俺も自分の分を啜る。


 ——ズズッ……トロォリ。


 唇がくっつくほどの濃厚なコラーゲン。臭みは一切なく、骨の髄に眠っていた純粋な生命力だけが岩塩のエッジによって輪郭を与えられている。野趣あふれる完璧な白湯スープだ。


『お前の飯、やっぱり最高だ! オレ、お前のこと大好きだぞ!』

『……美味しかった。これなら、毎日でも狩ってくる……』


 スープを飲み干したルッカが、歓喜の声を上げて再び俺に抱きついてきた。リルは少し離れた場所で、頬を染めながらも嬉しそうに尻尾を振っている。


 今度はさっきよりもハッキリと、ルッカの柔らかな胸の膨らみが腕に押し付けられる。体温も高く、なんというか……すごく、いい匂いがした。獣臭さがない。


(……こいつら、明らかに人間寄りの“別物”になりかけてるな。このまま俺の飯を食い続けたら、どうなるんだ?)


 ふと、水溜りに映る自分の顔を見た。


 相変わらずの、醜い緑色の豚顔だ。俺の体には、毛並みが良くなるような変化は一切起きていない。


(なぜ俺は変わらない? ……あの駄女神、俺に変な小細工でも仕込んだんじゃないだろうな?)


 だとしたら、とんでもない嫌がらせだ。


 可愛くなりかけているメス二匹に好意を向けられる、醜いオークの俺。絵面が完全に「美女と野獣」の野獣側である。


「ルッカ、くっつきすぎだ。食べ終わったら残りの肉を——」

 俺がそう言いかけた、その時だった。


 ズシン、と。


 地面が微かに揺れた。


 いや、地震ではない。「重すぎる足音」だ。


 ルッカがビクッと体を震わせて俺の腕から離れ、リルもサッと顔を強張らせた。その澄んだ瞳に、明らかな「恐怖」が浮かんでいる。


『……ウソだろ。ここまで、来たのか』

『……この匂いに、引き寄せられたんだ……』


 バキバキと太い樹木をなぎ倒しながら、森の奥から巨大な影が姿を現した。


 見上げるほどの巨躯を覆うのは、苔むした岩のような分厚い外殻と、荒ぶる土気色の剛毛。


 俺たちオークの三倍はあろうかという規格外の魔物にして、この森の生態系の頂点に君臨する絶対的な存在——。


『——森の主、岩殻熊ロックシェル・ベア……』


 極上の白湯スープの匂いは、ついに一番厄介な相手を引き寄せてしまったらしい。

(つづく)


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