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『オークに転生した三つ星料理人、異世界で究極の美食を極める〜過労死シェフは料理の知識で魔物の森から成り上がる〜』  作者: 烏丸ぽっぽ


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第2話「オークの掟と包み焼き」

 ズシン、ズシンと重い足音が森を揺らした。


「ブモォォォッ!!」

『狩ってきたぞ!! デカい肉だ!!』


 翌日の昼下がり。

 木々をかき分けて戻ってきた二匹の若いオークは、誇らしげに鼻息を荒くしていた。


 大柄で筋肉質なオークが、丸太のように太い胴体と泥まみれの巨大な牙を持つ魔物『泥牙猪どろきばいのしし』の死骸を、軽々と肩に担ぎ上げている。


 その傍らで、小柄で身軽なオークが「どうだ! すごいだろ!」と言わんばかりに跳ね回っていた。


 普通のオークなら、熟練の戦士が三匹がかりでようやく仕留める大物だ。それを、昨日あれだけボロボロ泣きながら俺の飯を食っていたこの二匹だけで狩ってきたらしい。


 昨日味わったあの美味さをもう一度食いたいという『異常な食欲と執念』が、二匹の火事場の馬鹿力を引き出したのだろう。食欲の力、恐るべし。


 ドスゥンッ! と、大柄なオークが重い獲物を俺の前に放り投げた。


『さあ、焼くか!? 昨日のみたいに、熱いお湯にするか!?』

『早くあの“うまいやつ”にしてくれ!! 腹が減って死にそうだ!!』


 よだれを滝のように流し、今にも生肉に食らいつきそうな勢いで迫ってくる二匹。


 俺は「待て」と手を制した。


「慌てるな。調理の前に、お前ら、名前はなんて言うんだ? あれこれ指示を出すのに『おい』とか『お前』じゃ不便で仕方ない」


 俺がそう尋ねると、二匹はキョトンと顔を見合わせた。


『なまえ……? オレたち、そんなのないぞ』

『なまえは、群れで一番強い『キング』が、すっごく強い『英雄』にだけくれる特別なものだ! オレたちみたいな下っ端が持てるわけないだろ!』


 なるほど。どうやらこの種族にとって、「個人の名前」とは力と名誉の象徴らしい。


 だが、厨房ここのルールを決めるのは俺だ。


「面倒くさい掟だな。なら、俺が今ここでつける。そっちのすばしっこいチビ、お前は香草のルッコラから取って『ルッカ』だ。で、そっちのデカブツはバジルで『リル』。今日からそう名乗れ」

『『……えっ?』』


 二匹の動きが、ピタリと止まった。

 豚のような小さな目を限界まで見開き、信じられないものを見るように俺を凝視している。


『な、なまえ……オレが、ルッカ……?』

『リル……。キングじゃないのに、名前をくれるのか!? お前、何者なんだ!?』


 ただの呼び名を決めただけなのに、二匹はブルブルと震え上がり、俺に対する視線が「美味い飯を作る不思議な奴」から、「底知れない力を持つ、特別な存在」へと完全に切り替わっていた。


 まあいい。言うことを聞かせやすくなるなら好都合だ。


「俺はただの料理人シェフだ。ほら、感動してる暇があったら手を動かせ。リル、お前はその猪の皮を剥いで肉をブロック状に解体しろ」

『っ! わ、わかった! 任せろ!』


 リルと呼ばれた大柄なオークは、弾かれたように頷くと、その分厚い爪と規格外の腕力で、猪の分厚い毛皮をベリベリと豪快に引き剥がし始めた。


だが、ただ力任せに肉を引き千切ろうとするリルの手元を見て、俺は即座に声を飛ばした。


「ストップだ、リル。力任せに引き千切るな。肉の繊維が潰れて不味くなる」

『えっ? じゃあ、どうすれば……』


「よく見ろ。どんなにデカくて硬い魔物でも、骨の繋ぎ目(関節)や、太い血管が通っている『急所』のラインってのがある。一流の料理人ってのは、生き物の体の構造(解剖図)が完全に頭に入ってるもんだ。……そこだ、首の付け根の少し下。そこから前足の裏側にかけて、関節の隙間に沿って爪を立てて引き裂け」


『ここか……?』

「そうだ。そのラインなら、硬い骨を砕かなくても、太い筋と血管の繋がりを簡単に断ち切れる。肉に余計なダメージを与えずに、一瞬でバラバラの肉塊にできるんだ」


 俺の的確な指示通りに、リルが関節の隙間へ分厚い爪を押し込んで引いた瞬間。先ほどまでビクともしなかった巨大な猪の肉が、あっけなく美しいブロック状に解体されていった。


『……っ!? な、なんだこれ! 全然力入れてないのに、肉が勝手に割れたぞ……!』


 リルが自分の手を見て、震え声で驚嘆する。

(当然だ。生き物の急所を誰よりも熟知し、いかに手際よく命を捌くか。それが料理の基本(下処理)だからな)


「ルッカは、俺が地面に描いた形の『デカい葉っぱ』を大量にむしってこい。それと、川の近くに生えている『赤い木の実』だ。酸っぱくて誰も食わないやつな。急げ!」


『酸っぱい実だな!? わかった、オレ、すぐ持ってくるぞ!!』


 ルッカと呼ばれた小柄なオークは、かつてないほどのやる気を見せ、木々の枝を猿のように飛び移りながらあっという間に姿を消した。


 十分後。


 前世で言うところのバナナの葉のような巨大な広葉樹の葉と、強烈な酸味を持つ野苺の一種。どちらも、オークの「餌」にはならない代物が大量に集まった。


 素材が揃うと、俺は本格的な調理を開始した。

 平らな岩の上に乗せられた、リルが解体した巨大な肉塊。

 俺は赤い野苺を両手で握り潰し、果汁ごと肉の表面に力強く擦り込んでいく。


『うげぇ……それ、酸っぱくてすごく不味い実だぞ……。肉が不味くなるんじゃないか?』


 ルッカが顔をしかめ、リルも不安そうに覗き込んでくる。


「この酸味が、分厚い脂をサッパリさせて肉を柔らかくするんだ」


 果物の酵素がタンパク質を分解し、酸味が獣臭さを消し飛ばす。三つ星レストランのマリネ技術を、森の素材で代用しているだけだ。


 野苺と天然の岩塩を肉の繊維にしっかりと揉み込んだ後、集めさせた巨大な葉っぱで、肉の塊を何重にもぐるぐると包み込む。


 そして最後に、川辺の粘土質の泥をその上からペタペタと分厚く塗りたくり、完全に密封した「巨大な泥の球体」を作り上げた。


「よし。これを、焚き火の灰と炭の中に入れる」


 ボフッ、と灰が舞う。


 熱源の中心ではなく、あえて少し外れた灰の中に埋める。あとは火を弱くして、じっくり待つだけだ。


 ……が、ここからが一番の難関だった。


『……まだか?』


「まだだ」


『……もう、葉っぱの焦げるいい匂いするぞ? 食えるんじゃないか? なあ?』


「気のせいだ。まだ泥しか焼けてない」


 火の周りをウロウロと徘徊し、そわそわし続ける二匹。

 オークという種族は「目の前に食べ物があれば即座に胃袋にぶち込む」のが基本だ。『待つ』という概念が存在しない。


 だが、美味いものを作るには『時間』という調味料が不可欠だ。


「いいか、よく聞け」


 俺は焚き火の前にどっかりと座り込み、落ち着きのない二匹を見据えた。


「あの中で、肉の汁がゆっくり回ってるんだ。強火で外だけ焦がすのは簡単だが、それじゃ中まで熱くならない。美味い飯を食いたければ、自分の食欲をコントロールしろ。……『待て』ができる奴だけが、一番うまい肉にありつけるんだ」


 俺の、料理人としての凄みが通じたのか。それとも名前を与えられた恩義か。

 二匹はゴクリと喉を鳴らし、大人しく俺の隣に座り込んだ。


 チラチラと火を見つめながら、己の涎と本能からの欲求に必死に耐えるオークたち。


 ——なんだか、大型犬のしつけをしている気分になってきたな。


 それから一時間後。


 泥の表面が白く乾燥し、パキパキとひび割れ始めた頃。

 微かな亀裂から、プツプツと音を立てて透明な脂が染み出し、焦げた葉の香ばしい匂いが弾けた。


『ブヒィィィッ!?(いい匂いすぎる!?)』


 ルッカとリルが同時に鼻を天に向け、痙攣したようにビクンッと震えた。

 俺も鼻腔を突く暴力的な香りに、胃袋がギリッと音を立てるのを感じた。


「……よし。完成だ」


 木の枝で、熱せられた泥の球体を火から掻き出す。

 手頃な石を振り上げ、カチンッ! と叩き割った。


 ——パァァァァンッ!!


 割れた泥と葉の隙間から、爆発的な蒸気が噴き上がる。


 泥包みによる天然の圧力鍋ココット効果。


 葉の青々とした香りと、木の実のフルーティーな酸味、そして何より、弱火で極限まで蒸し焼きにされた猪肉の濃厚な脂の香りが、白い煙となって森の空気を蹂躙した。


「熱いから気をつけろよ」


 俺は焼けた葉をむしり取り、現れた肉の塊を二匹の前に転がした。


 表面は木の実の成分で照り輝く、極上の琥珀色。

 二匹はもう限界だった。熱さも忘れて、両手で肉の塊に食らいつく。


『——ッッッ!?!?!?』


 噛みちぎる音すらしなかった。

 分厚い赤身肉が、唇で挟んだだけでホロリと崩れ落ちる。

 中に閉じ込められていた大量の肉汁が、決壊したダムのように溢れ出し、二匹の顎をテカテカに濡らした。


『あま……っ! なんだこれ! 噛んでないのに、肉がなくなる!』

『すっごく柔らかい! あの酸っぱい実が、全然すっぱくないぞ! お腹の底がジンジン熱くなるくらい、美味い汁になってる!』


『うめえええええええっ!!!』


 二匹は泣いていた。


 文字通り、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、肉を貪り食っている。


 じっと待たされた時間による空腹のスパイスと、密閉空間で極限まで高められた旨味。それがこいつらの原始的な味覚を完全にショートさせたらしい。


 俺も自分の分を一口齧る。


 ——ジュワァァァ。


 泥で守られていたため水分は一切逃げておらず、それでいて分厚い脂のくどさは、野苺の酸味が見事に中和している。完璧なバランスだ。


 あえて名付けるなら、『泥牙猪の丸ごと泥包み蒸し焼き〜野苺のマリネ仕立て〜』か。


『お前……最高だ……待ったから、こんなに美味いのか……?』

『名前もくれて、こんなうまい肉も食わせてくれるなんて……! お前が望むなら、オレたち、これからどんなデカい獲物でも狩ってくるぞ!』


 肉汁まみれの顔で、ルッカとリルが俺に向かって深々と頭を下げた。


「これは『料理』っていうんだ。……お前らが極上の獲物を獲ってくる限り、俺の『料理』で最高の味にしてやる」

『りょうり! お前のりょうり、最高だ!!』


 胃袋だけでなく、「名付け」という種族の掟の重みも相まって、忠誠心まで完全に掴んでしまったらしい。


 (……フッ。三つ星シェフの腕にかかれば、オークの手懐けなんて造作もない)


 パワー型の解体担当リルと、スピード型の素材採集担当ルッカ。調達部隊の育成はすこぶる順調だ。


 明日は何を食わせようか——俺の中の『料理人』の血が、前世以上に熱く騒いでいた。

(つづく)


読んでいただき、ありがとうございました!

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