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『オークに転生した三つ星料理人、異世界で究極の美食を極める〜過労死シェフは料理の知識で魔物の森から成り上がる〜』  作者: 烏丸ぽっぽ


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第16話「深淵の丸鍋と月下の泥剥がし」

「レン殿……セレスの呪いを解き、命を救ってくれたこと、何と礼を言えばよいか。我が集落は、そなたにどれほど感謝しても足りぬ」


 薄暗い長老の館。蝋燭の火が揺らぐ中、エルフの長老は深く頭を下げた。


「気にしないでくれ。俺は料理人として、あいつに一番必要な飯を食わせただけだ」


「それでもじゃ。あのマルコの毒牙から我らを救い出し、セレスまで……お主がいなければ、我らは皆、あの男の掌の上で絶望に沈んでいた」


「俺たちもこの森で、見たこともない極上の食材をたっぷり拝ませてもらった。持ちつ持たれつってやつさ。あんたたちには、また美味い食材の調達で協力してもらうかもしれないしな」


 俺が豚顔を歪めてニヤリと笑うと、長老も少しだけ目尻を下げ、穏やかな息を吐いた。


「……お主のその腕と心意気には、本当に救われる。……じゃが、喜んでばかりもいられんのじゃな」


 長老はゆっくりと顔を上げ、深い皺の刻まれた顔を再び険しくして俺を見上げた。


「王都の地下闘技場跡地で秘密裏に開かれるという『闇のオークション』まで、もはや猶予がない。すぐに向かうと言うが……本来、王都の分厚い城壁と厳重な警備は、魔物の侵入を一切許さぬ人間の牙城だ。お主らオークの姿のままでは、門前払いどころか即座に討伐隊に包囲されるのがオチだろう。どうやって街に潜り込むおつもりか?」


 病に倒れていたエルフたちも劇的な回復を遂げ、集落の危機は去った。だが、俺たち三人の「戦い」はここからが本番だ。

 囚われたエルフたちを奪還し、悪徳商人のシナリオを完膚なきまでに叩き潰すためには、残り三日で、どうしても人間の街へ潜り込む必要がある。


「ああ、そこが最大の課題なんだけどな。無策で突っ込むつもりはねぇが……」


 俺が首を振ると、長老は深く頷き、傍らに置いてあった麻袋をスッと差し出した。


「地下牢に繋いだあの外道……マルコから事前に没収しておいた行商道具だ。この中に、あるいは王都へ入るための手掛かりがあるやもしれん」


 長老から袋を受け取り、俺は中を床に広げて漁った。

 いくつかのがらくたに混じって出てきたのは、王国の紋章らしき蝋印が押された、羊皮紙の立派な書類だった。


「……ビンゴだ」


 俺はニヤリと豚顔を歪めた。


「王都の関所を顔パスで抜けられるであろう『王都公認・ブオーノ商会の特級通行手形』と、仕入れた商品の内訳が記された『積荷の証明書』だ」


『ブオーノ商会? なんだそれ?』


 ルッカが不思議そうに首を傾げる。


「あの悪徳商人の本名が『マルコ・ブオーノ』って言うらしい。要するに、あいつが立ち上げた自分の商会の通行証だ」


『なるほど……マルコの手引きでエルフの方々を運んでいたのですから、この手形なら王都の関所も怪しまれずに通れるというわけですね』


「そういうことだ。あいつの身分と馬車を丸ごと乗っ取って、こいつを使わせてもらう」


「なるほど……。しかし、手形が本物であろうと、馬車を引いているのが三匹のオークとあっては、書類を見せる前に問答無用で槍を向けられよう」


「違いない。俺もそこがネックだと思ってる。……まあ、どう誤魔化すかは現地に着くまでに何とか頭をひねるさ。とはいえ、まずは俺たちの腹ごしらえだ」


 俺は長老に軽く手を挙げ、館を後にした。


 深い夜の森。

 湿地での激闘と料理の連続で、俺もルッカもリルも限界まで疲労している。知恵を絞るには、まず圧倒的な熱量カロリーが必要だった。


 俺は集落の端、巨大な大樹の裏側に設けた自分たちだけの即席の調理場へと向かった。

 目の前には、エルフの厨房から借り受けてきた特製の土鍋が鎮座している。魔法の土を練り込んで作られた異常なほど分厚い代物だ。

 家庭用のコンロ程度の火力では到底芯まで温まらないほどの厚みがあるが、これこそが俺の作ろうとしている料理には絶対に必要な道具だった。


「うおおおっ! すっげえいい匂い! まだ煮込んでる途中なのに、匂いだけで腹の底がグゥグゥ鳴ってたまんねぇぞ!」


 ルッカがよだれを滝のように流し、尻尾を千切れんばかりに振って鍋の周りを飛び跳ねている。


「……レン様。このお鍋の中で煮えているのは、あの恐ろしい泥の海にいた、腐泥巨亀マッド・アルケロンのお肉ですか?」


 リルがゴクリと喉を鳴らし、淑女らしく振る舞おうと必死に耐えながらも、その視線は完全に土鍋に釘付けになっていた。


「ああ。天然の極上スッポンを使った最高峰の鍋料理、『丸鍋まるなべ』の異世界アレンジだ」


 何百年も猛毒の湿地を生き抜いた巨亀の肉は、強烈な生命力と純度百パーセントのゼラチンエンペラの塊だった。だが、そのまま煮れば強烈な泥臭さと獣臭でとても食えた代物ではない。

 だからこそ、的確な手順を踏んでこの野性味を最高の旨味へと昇華させる必要がある。


 まず臭み消しに用いたのは、『酔滴果すいてきか』だ。

 割ると中から初めから芳醇に発酵した果実酒が溢れ出すという、エルフたちが特別な祝いの席でだけ口にする秘蔵の酒。これを惜しげもなく使い、亀肉の表面を徹底的に湯引きして泥の臭いを極限まで飛ばす。


 次に、スープの土台ベースとなる出汁だ。

 俺は事前に清流の底で採集し、灰でアクを抜いておいた『川昆布』と、天日干しにして旨味成分(グアニル酸)を爆発させた『ひび割れ茸』を、別の鍋でじっくりと煮出していた。

 昆布のグルタミン酸と干し茸のグアニル酸が掛け合わさり、透き通っていながらにして暴力的なまでの旨味を内包した「合わせ出汁」が完成する。


 さらに、セレスの薬膳を作った際に余った『白霊茸』の端材も加える。霊薬としての強烈な浄化作用と、キノコ特有の深く澄んだ旨味が、出汁の輪郭をさらに何段階も引き上げていく。


 そして丸鍋の真髄は、その調理法とシンプルさにある。

 俺は集めた薪を限界まで燃やし、分厚い土鍋の底が真っ赤に焼け焦げるほどの猛烈な火力を作り出した。そこに、キノコと昆布の合わせ出汁、そして酔滴果の酒を張り、下処理を終えた巨亀の肉を豪快に放り込む。


 ——ジュワァァァァッ!!


 一瞬でボコボコと沸き立つスープ。そこに野菜は一切入れない。余計な具材はすべて不要だ。

 強烈な血流促進作用を持つ『火生姜』を少しだけ効かせ、あとは純粋に、巨亀の肉と極上の出汁だけで勝負する。普通の鍋とはまったく雰囲気が違う、ストイックにして究極の形だ。


 味付けは、上質な天然の岩塩のみ。

 複雑な調味料などいらない。圧倒的な素材の力と完璧な下処理があれば、塩一つで味は無限の深みへと到達する。


「よし、完成だ。『腐泥巨亀の極上丸鍋〜白霊茸と合わせ出汁の命のスープ〜』。熱いうちに食え!」


 俺が木の器にたっぷりとよそって渡すと、二匹は待ってましたとばかりに食らいついた。


「——ッッ!!」


 ルッカの動きが、一口食べた瞬間にピタリと止まった。


「あつっ……! な、なんだこれ……!? いつもの肉と全然違う! 鶏肉でも豚肉でも牛肉でもない……口の中でトロォってとろけて、すっごくまったりしてるのに、旨味が爆発してる!」


「……っ! レン様……これは……」


 リルも目を見開き、震える手で器を持ったまま固まっている。


「お肉の周りのプルプルしたところが、信じられないくらい濃厚です。それに、このスープ……塩で味付けしかしてないはずなのに、昆布やキノコの深い旨味と、亀のお肉から溶け出した甘みが幾重にも重なって……飲んだ瞬間に、全身の血が熱く沸き立っていくのがわかります……!」


「それが巨亀の分厚い皮下と骨の周りに隠された、圧倒的なゼラチン質とコラーゲンだ。骨の髄まで余すことなくしゃぶり尽くしてくれ」


 俺自身も熱いスープを口に含み、思わず目を閉じた。


 美味い。ただ美味いのではない。巨亀の肉とスープには、人間の体では決して作り出せない必須アミノ酸に相当する「生命の根源成分」が濃密に溶け込んでいる。

 そこに白霊茸の浄化の力と、火生姜の熱が加わり、疲労した細胞の一つ一つに直接染み渡っていく。内臓が焼け付くような熱を帯、命そのものが内側から燃え上がるような感覚だ。


 夢中で鍋を平らげていくうちに、ルッカとリルの様子に劇的な変化が表れ始めた。


「レン、なんかオレ、体がすっごく熱い! 体の奥から、光があふれてくるみたいだ!」


 ルッカが自分の両手を不思議そうに見つめる。その分厚く緑色の皮膚の奥から、淡い黄金色の光が漏れ出していた。


「わ、わたくしも……体が、温かい光に包まれて……ああっ!」


 リルが胸を押さえ、その場にへたり込んだ。


 そして、月明かりの下——神秘的な光景が起こった。


 パァァァッ……!


 二匹の体を包み込んだ光が弾け、彼女たちを覆っていた重く分厚い「オークの皮膚」が、まるで光の粒子となってふわりと空中に溶けていったのだ。


「おい、お前ら……!」


 俺が驚いて立ち上がった直後、光がゆっくりと収まった。

 そこにいたのは——オークとしての巨大な体躯からギュッと凝縮され、俺の腰元ほどの『人間と同じ背丈』に収まった、二人の少女の姿だった。


「……は?」


 俺は持っていた器を落としそうになった。


 小柄だったルッカは、太陽みたいに明るい笑顔が似合う、健康的な小麦色の肌と、しなやかで弾むような肢体を持つ、元気いっぱいの可愛らしい少女に変貌していた。

 一方のリルは、透き通るような白肌と、豊かな胸、そして艶やかな黒髪を持つ、神秘的で美しい長身の女性へとその姿を変えていた。


「な、なんだこれ!? オレ、ちっちゃくなっちゃったぞ!?」


 自分の細くなった手足を見つめ、ルッカがピョンピョンと跳ね回る。


「わ、わたくしも……体が、とても軽いです。それに、この肌……」


 リルが自分の白い腕を信じられないといった様子で見つめ、頬を染める。


 ただ、完全に人間になったわけではないらしい。彼女たちが動くたび、お尻のあたりから「オークの尻尾」が愛嬌たっぷりに揺れているのが見えた。ルッカはくるんと丸まった可愛らしい尻尾、リルは少し長めでしなやかな尻尾だ。


(……マジかよ。究極の滋養とコラーゲンが、魔物としての限界を突破させて、人化(進化)を引き起こしたってのか?)


 驚愕する俺だったが、ふと、嫌な予感がして傍らの水溜まりを覗き込んだ。


 ……そこには、相変わらずの醜い緑色の豚顔が映っていた。サイズも元の巨大なままだ。


「なんで俺だけ据え置きなんだよ!!」


 俺は夜空に向かって、あの身勝手な駄女神への怒りを全力で叫んだ。同じ鍋を食っているのに、どうして俺だけ豚のままなんだ!


 だが、理不尽な運命に嘆く俺の頭の片隅で、先ほど長老と話していた『最大の課題』に対する解答が、急速に組み上がり始めていた。


(待てよ……。こいつらが『人間』の姿になったってことは……)


 俺の懐にある『ブオーノ商会の特級通行手形』と『積荷の証明書』。

 本来なら、オークの姿では手形を見せる前に槍を向けられる。だが、人間の姿をした彼女たちが馬車を御し、証明書を提示するなら話は別だ。


「……おい、完璧に壁が崩れ去ったぞ」


 俺はニヤリと豚顔を歪め、月明かりの下ではしゃぐ二匹を指差した。


「ルッカ、リル。お前ら、その姿なら人間の街に入れる。王都に潜入するぞ」


「えっ! 人間の街!? オレ、行ってみたい!」


「……ですがレン様。私たちは入れますが、レン様は……」


 リルが心配そうに俺の緑色の巨体を見上げる。


「問題ねぇ。俺は、さっき長老から貰った荷物の中にある『積荷の証明書』を使う」


 俺は羊皮紙の束をペラペラと捲り、ある項目を指差してニヤリと笑った。


「見てみろ。このマルコの野郎、数ヶ月に一度のペースで定期的に『森王兎グラン・ラビット』なる巨大なウサギの魔物を王都に納品してる記録があるんだよ」


森王兎グラン・ラビット!? 人間ってそんな魔物を食うのかよ!」


 ルッカが信じられないものを見るように目を丸くした。


「ルッカの言う通りです。魔物の中でも、巨大なウサギである森王兎の肉は野性味が強すぎて筋繊維が硬く、血生臭くてひどく不味いとされています。それを人間の貴族様が高値で買い取って召し上がるなんて……よほどの物好きとしか思えません」


 リルも不思議そうに首を傾げている。


 だが、前世の三つ星シェフである俺の常識フィルターを通せば、その謎は簡単に解けた。


「フッ……この世界の連中は、正しい『下処理』と『調理法』を知らねぇだけさ。ウサギラパンってのはな、前世のフレンチじゃ定番の高級食材なんだ。血抜きを徹底して、香草ハーブや白ワインでホロホロになるまで煮込めば、貴族が涙を流して喜ぶ極上のフレンチになってもおかしくねぇ。あの悪徳商人なら、一部のイカれた美食家の貴族にこの巨大ウサギを高く売りつけるルートを開拓してても不思議じゃない」


 俺は笑みを深め、自分の分厚い胸板をドントンと叩いた。


「だから、この設定を使わせてもらう。お前らは、ブオーノ商会に雇われた『異国の若き女傭兵』だ。そして俺は、お前らが捕獲して貴族共に納品する『食用のウサギの魔物』……生きた珍しい魔物として、自ら檻の中に入る」


「ええええっ!? レ、レンがウサギに!? こんなにデカくて緑色なのに!?」


 俺の突拍子もない提案に、ルッカが素っ頓狂な声を上げて俺の巨体をマジマジと見上げた。


「だから檻に分厚い布をすっぽり被せて隠すんだよ。オークだとバレたら即刻討伐対象だが、希少なウサギの魔物ってことにしておけば、中身を確認させずに関所を通れるはずだ。悪徳商人の手形と名義をフル活用して、堂々と正面から王都にカチ込んでやるんだよ」


 俺の悪巧みに、ルッカは目を輝かせ、リルは小さく頷いて力強い意志を瞳に宿した。



   ***



 翌朝。


 森の入り口には、マルコが乗ってきた立派な馬車と、その檻の中にふんぞり返る俺、そして、マルコの予備の衣服を適当に見繕って着込んだルッカとリルの姿があった。

 人間の男物であるため、小柄になったルッカには少しダボついているが、発育の良いリルには胸元や腰回りが窮屈そうだ。それでも、上からすっぽりとマントを羽織ることで、服の裾から覗く『オークの尻尾』を見事に隠しおおせている。


「……レン」


 出発の準備を整えていると、フィエルに肩を支えられながら、セレスがゆっくりと歩み寄ってきた。

 まだ顔色は蒼白で、まともに立つことも辛そうな状態だ。それでも彼女の瞳には、かつての最強の戦士としての苛烈な意志の炎が灯っていた。


「セレス、まだ動いちゃダメだろ」


「……私も、行きます。同胞を……この手で、助け出さなければ……!」


 セレスが痛む体を無理に動かし、前へ出ようとする。だが、その足は激しく震え、数歩進んだだけで崩れ落ちそうになった。


「お姉ちゃん、無理よ! 今の体じゃ、王都に着く前に倒れてしまうわ!」


 フィエルが必死に姉を抱きとめる。


「でも……っ、同胞たちが苦しんでいるのに、私だけがここで休んでいるなんて……! 戦士である私が何もできず、あなたたちにすべてを任せるなんて……不甲斐ない……っ!」


 悔しさに唇を噛むセレスの前に、俺は檻の鉄格子越しに静かに座り込んだ。


「セレス。お前が同胞を思う気持ちは痛いほどわかる。だが、今のその震える足でついてきても足手まといになるだけだ。戦士なら、自分のコンディションくらい冷静に見極めろ」


「……っ」


「俺たちが必ず、エルフの同胞を奪還してくる。だからお前は、帰ってきたあいつらを万全の状態で迎えてやれるように、ここで完璧に体を治すことだけを考えろ。それが今のお前にできる一番の『戦い』だろ」


 俺が静かに、だが揺るぎない決意を込めて告げると、セレスはポロポロと涙を流し、深く、深く頭を下げた。


「レン……。どうか、お願いします……っ」



   ***



 二日後。


 深い森を抜け、視界が開けた先に、巨大な石造りの城壁と、その中心にそびえ立つ壮麗な城が見えてきた。人間の王都だ。

 城壁に設けられた巨大な正門の前には、入城を待つ商人や旅人の長い列ができている。武装した門番たちが、鋭い目で一人ひとりの荷物と身分証を検めている。


「お、おいレン……なんか、すっごく強そうな人間がいっぱいいるぞ……」


 御者台のルッカが、ガチガチに緊張して震え声を出している。


「落ち着けルッカ。お前はブオーノ商会の傭兵だ。堂々としていればいい。リル、ルッカのフォローを頼むぞ」


 檻の中から小声で指示を出すと、マントを深く被ったリルが「はい」と小さく頷いた。


 やがて、俺たちの馬車の番が回ってきた。


「止まれ! 荷改めと身分証の提示を求める!」


 槍を持った屈強な門番が二人がかりで近づいてくる。


 ルッカはビクッと肩を跳ねさせ、懐から『ブオーノ商会の特級通行手形』を取り出し、カクカクとしたロボットのような動きで門番に突き出した。


「こ、これ! これ見ろ! オ、オレたち……じゃなくて、わ、わたくしたちは、ブオーノ商会の、えーと……よ、ようへい……です!」


 見事なまでの挙動不審である。

 門番が怪訝な顔をして手形を受け取る。


「ブオーノ商会? ……ふむ、手形は本物のようだが。お前たち、随分と若いな。傭兵というより、ただの町娘に見えるが……後ろの荷台に乗せているのはなんだ?」


 門番が馬車の後ろへと回り込み、分厚い布で覆われた檻を覗き込もうとする。


「あっ、ダメだぞ! それは……えーと!」


 ルッカが慌てて立ち上がるが、気の利いた言い訳が思いつかない。


(バカ、俺が教えた設定を忘れたのか!)


 俺が檻の中で冷や汗を流していると、隣に座っていたリルが、スッと立ち上がり、門番の前に立ちはだかった。


「お待ちなさい」


 リルの声は、冷たく、そして不思議なほどの威厳に満ちていた。

 彼女は鋭い視線を門番に向け、スッと『積荷の証明書』を差し出した。


「私たちはブオーノ商会の正規の護衛です。そしてこの荷台にあるのは……王都の貴族様方が、高値で取引している『幻のウサギの魔物』。生きたまま捕獲した、『森王兎グラン・ラビット』ですわ」


「グ、グラン・ラビット!?」


 門番が驚き、証明書と檻を交互に見比べる。


「ええ。非常に獰猛で、かつ繊細な魔物です。不用意に布をめくって刺激を与え、肉質が落ちるようなことがあれば……その損害、一介の門番であるあなた方に払えますか?」


 リルの理路整然とした、しかし凄みのあるハッタリに、門番は完全に気圧された。


「い、いや……ブオーノ商会の特級商品となれば、我々では責任が取れん。……よし、手形も積荷も確認した! 通ってよし!」


 門番が慌てて道を開ける。

 ルッカがホッと息を吐き、手綱を引いて馬車を前へと進めた。


「……すっげーなリル! オレ、心臓バクバクだったぞ!」


「ふふっ……レン様の教えのおかげですわ」


 リルが少しだけ誇らしげに微笑む。


 王都の正門を抜け、石畳の道をガタゴトと進む馬車の檻の中で、俺は静かに笑みを深めた。


(見事な対応だったぜ、リル。さあ、ここからが本番だ)


 正門のさらに奥、入城者たちを見下ろす高い監視塔の上から、冷徹な眼光が俺たちの馬車を射抜いていた。

 豪奢な銀色の鎧に身を包んだ、騎士団の幹部と思しき男。彼は顎に手を当て、遠ざかっていく馬車の背中を鋭く見つめている。その目は、確かな疑念に満ちていた。


 こうして欲望と陰謀が渦巻く人間の王都へ、三つ星シェフと美しきオークの少女たちの、潜入作戦が幕を開けたのだった。


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