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『オークに転生した三つ星料理人、異世界で究極の美食を極める〜過労死シェフは料理の知識で魔物の森から成り上がる〜』  作者: 烏丸ぽっぽ


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第10話「商人の本性と、悲しき双刃」


「……え?」


 マルコの顔に張り付いていた、完璧な「温厚な善人の笑顔」がピクリと凍りついた。


 彼を出迎えたのは、寝たきりだったはずの患者たちが自力で立ち上がり、健康的な笑顔を浮かべている姿。


 そして、彼の莫大な利益の源泉である広大な「幻影ニラの畑」が、見る影もなく小さく縮小されているという信じがたい光景だった。


「よう、マルコ。三ヶ月ぶりだな。……悪いが、あんたが連れて帰る『重病人』は、この集落にはもう一人もいねぇよ」


 俺が腕を組んで前に出ると、マルコは一瞬だけ瞳の奥にどす黒い感情を渦巻かせたが、すぐにパッと明るい表情を取り繕った。


「こ、これは……なんという奇跡だ! 皆さん、ご無事で本当に良かった! 一体何があったのですか!?」


「レン様の作ってくださるお料理のおかげよ! 毎日食べていたら、すっかり体が動くようになって……」


 フィエルが嬉しそうに報告する。長老も深く頷きながら言葉を継いだ。


「うむ。皆が元気になり、高価な薬を頼む必要もなくなったゆえ、お主に恩返しとして納品する区画だけを残して、幻影ニラの畑も元の森へと還したのじゃ」


(——ッ)


 マルコのこめかみに、微かに青筋が浮かんだ。


 自らが仕込んだ「病の種」を勝手に解毒され、さらにはタダ同然で搾取していた「金のなる木(畑)」まで焼き払われたのだ。内心は煮えくり返っているはずだ。


「さ、最高のお祝いですね! いやはや、レンさんの料理の腕がこれほどのものだったとは……!」


 必死に善人の仮面を保とうとするマルコ。俺はそんな彼に、背後に控えていたリルから受け取った「木の器」をスッと差し出した。


「あんたのおかげだよ、マルコ。あんたがこの集落にもたらした『最高の青菜(幻影ニラ)』……あれは本当にすげぇ食材だ。だから今日は、あんたの歓迎のために、幻影ニラをたっぷりと使った俺の特製スープを用意したんだ。さあ、飲んで祝ってくれ」


 俺の言葉に、マルコの笑顔が完全に引きつった。


 器から立ち上る、幻影ニラ特有の甘く狂おしい香り。俺が昨晩の畑から摘んできて、わざと「毒の成分」を一切逃がさずに煮出した、純度百パーセントの猛毒スープだ。


「あ、いや……私は馬車の長旅で、少し胃の調子が——」


「遠慮するなよ。あんたが『最高の作物を皆で食べろ』って教えたんだろ? エルフたちは毎日これを食って病気になったんだ。恩人であるあんたが、一口も飲めないなんておかしいよなぁ?」


 俺が一歩前に出て囁くと、マルコは後ずさりした。

 エルフたちも、次第に様子がおかしいことに気づき始めている。なぜ恩人様は、自分がもたらした最高の青菜のスープをそこまで嫌がるのか。


「……ッ、しつこいですよ、オーク風情が!!」


 パァンッ!!


 マルコは激昂し、俺の持っていた器を力任せに叩き落とした。


 地面にぶちまけられたスープを見て、広場の空気が完全に凍りつく。


「あ……マルコ、様……?」


 フィエルが信じられないものを見る目で呟く。


「……チッ。どいつもこいつも、大人しく私の『商品』になっていればよかったものを……! 余計な真似をして、私の畑と計画を台無しにしやがって!!」


 マルコは舌打ちをし、これまで被っていた温厚な仮面を完全に投げ捨てた。


 その顔に浮かんでいたのは、エルフを家畜や金貨の束としか見ていない、底知れない強欲と冷酷さだった。


「マルコ様……商品、とはどういうことじゃ。我々が重い病に伏せったのは、まさか……」


 長老が震える声で問いただす。

俺は長老の前に立ち塞がり、冷たく言い放った。


「その幻影ニラは、数ヶ月かけてじわじわと運動神経を麻痺させる毒草だ。こいつは知っていてあんたたちに食わせ、動けなくなったところを『治療』と称して回収していたんだよ。……そうだろう、悪徳商人」


「……ええ、そうですとも! 美しく誇り高いエルフは、真っ向から捕らえようとすれば命懸けで抵抗してくるから厄介極まりない。最悪の場合、誇りを守るために自害でもされれば、せっかくの商品価値がゼロになってしまいますからね。だから、抵抗する気すら起こさせず、自ら進んで馬車に乗り込むように『病気』を与えてやったというのに……!」


 マルコが憎々しげに俺を睨みつける。


「だが、まだ遅くはない。畑がなくなったのなら、今ここで元気な『商品』を何人か力ずくで持ち帰るまでだ! ……来い、『セレス』!!」


 マルコが指を鳴らした瞬間。

 馬車の分厚い鉄の扉が内側から蹴り破られ、ドス黒い魔力を纏った一つの影が広場へと躍り出た。


「——えっ?」


 フィエルの手から、ポロリと弓が滑り落ちた。

 そこに立っていたのは、長く尖った耳を持つエルフの女性だった。


 だが、透き通るようだった白い肌は呪いを受けたかのように浅黒く変色して、闇に染まったダークエルフへと成り果てている。


誇り高かった金色の髪は銀色に変わり、泥のように汚れ、瞳からはかつての理知的な光が完全に失われていた。


 何より異様なのは、彼女の細い首に嵌められた分厚い『鉄の首輪』だった。それが禍々しい赤い光を明滅させるたび、彼女の体をきつく締め付ける。


「うそ……お姉ちゃん……? セレス、お姉ちゃん……ッ!?」


 フィエルの悲痛な叫びが森に響いた。


 かつて、この集落で最強の戦士と謳われ、妹の憧れであり、病の治療のためにマルコに預けられたフィエルの姉——セレス。


「フィエ……ル……」


 セレスの唇が、微かに震えた。その瞳から、大粒の涙がボロボロと溢れ出す。


 彼女の意志は、完全に破壊されてはいなかった。


「無駄だ。その『隷属の首輪』は、私の命令を絶対とする。……やれ、セレス。そのオークどもを細切れにして、他のエルフの足を斬り飛ばせ!」


 その非情な命令が下された瞬間。

 セレスの体が、風のような速度で地を蹴った。


瞬きする間もない神速の踏み込み。

両手に握られた二振りの湾刀(双刃)が、悲しみと絶望で完全に硬直している妹のフィエルへと無慈悲に振り下ろされる。


「——くっ、あああああっ!!」


 ギリィッ……!!


 セレスの腕が、フィエルの首筋のわずか数センチ手前でピタリと止まった。浅黒い肌に青筋が浮かび上がり、刃を握る手からは血が滲んでいる。


「いや……いやああああっ!! 斬りたくないっ!!」


 セレスは泣き叫びながら、自らの唇を血まみれになるまで噛み締め、必必に刃を止めようと抗っていた。

意志の力で、首輪の魔力に逆らっているのだ。


全身の筋肉が異様な音を立てて軋み、限界を超えた負荷によって毛細血管が破れ、刃を握りしめる腕に巻かれた布に、痛々しい赤い斑点が滲んでいく。


「にげて……フィエル……っ!」


 自らの骨が砕けるほどの力で踏みとどまりながら、セレスは血を吐くように叫んだ。


「お姉ちゃん……! やだ、お姉ちゃん……っ!」


 フィエルはその場にへたり込み、震える手を姉へ伸ばす。


「チッ、何をしているこの不良品が! 刃を振り下ろせ!」


 マルコが懐から小さな魔石を取り出し、苛立たしげに握り潰した。


「主の権限において命ずる! 今すぐそのエルフの首を刎ねろォ!!」


 ピィィィィィンッ!!


 首輪の残酷な赤い光が、目を開けていられないほど強烈に発光した。


 ゴキッ、とセレスの肩の関節が外れるような嫌な音が響く。


「あああああぁぁぁっ!!」


 セレスの悲鳴が木霊する。

魔力の圧倒的な強制力が、彼女の肉体を物理的に破壊しながら、その愛情を無情にもねじ伏せた。


 限界を突破した神速の刃が、再び妹の首筋へと叩き落とされた。


 ガキィィィィンッ!!!!


 凄まじい金属音が広場に響き渡り、激しい火花が散った。


 俺が声を上げるよりも早くフィエルの前に飛び出し、セレスの恐るべき双刃を無骨な石斧で完璧に受け止めたのは——ルッカとリルだった。


『てめぇの好きには、させねぇッ!!』


 ルッカの大きな瞳には、ボロボロと大粒の涙が浮かんでいた。姉が妹を斬ろうとするあまりにも悲しい光景に、彼女の真っ直ぐな感情が爆発していたのだ。


『……その悲痛な刃、わたくしが打ち払います!』


 リルもまた、岩のような筋肉を軋ませながら、セレスの刃を必死に押し返している。


「な、なんだと……!?」


 マルコが驚愕に目を見開く。

オーク程度の反射神経と動体視力で、エルフ最強の戦士の神速の剣撃を止められるはずがないと高を括っていたのだろう。


 だが、今のこいつらはただのオークじゃない。

俺が出会ってから毎日、極限まで計算し尽くした「三つ星の料理」を与え続け、魔物としてのポテンシャルを限界まで引き上げられた『特別なオーク』だ。


「ああっ……ごめんなさい……ごめんなさい……ッ!」


 涙を流しながら、首輪の強制力でさらに狂気的な剣速を上げるセレス。


 圧倒的な身体能力を持つルッカたちを相手にしても、エルフ最強の戦士の剣技は恐ろしいほど洗練されており、二匹は完全に防戦一方に押し込まれていた。


(……なんて重く、鋭い剣撃だ。ルッカとリルが束になっても、守り切るので精一杯だ。このままじゃいずれ二人がやられる!)


 俺は血の滲むような攻防を見つめながら、必死に思考を回転させた。


(どうやって彼女を止める? あの首輪を外すか? ……冗談じゃない。瞬きすら許されない極限の斬り合いの中で、そんな繊細な作業をやってる余裕なんて一秒たりともねぇ!)


 なら、どうする?

 答えは一つしかない。


(——あの忌まわしい『魔石』を握りしめている元凶……マルコという男を、直接叩き潰すことだ!)


 俺の視線が、最強の護衛を盾にして安全圏に立ち、薄笑いを浮かべるマルコを捉えた。


「ルッカ、リル! ほんの少しでいい、持ち堪えろ! 俺があのクソ野郎を黙らせる!」


 俺は分厚いオークの足で大地を力強く蹴り、まっすぐにマルコへと突進した。


「な、なんだお前は……こっちに来るな……ッ! セレス、戻って私を守れ!!」


 予想外の俺の突撃に、マルコが慌てて魔石を高く掲げ、絶叫した。


 ピィィィィィンッ!!


 魔石と首輪が激しく共鳴する。


「あああああぁぁぁっ!!」


 ズガァァァンッ!!


 凄まじい魔力の爆発と共に、セレスの双刃から放たれた衝撃波が、ルッカとリルの防陣を強引に弾き飛ばした。


『うわあっ!』

『きゃあっ!』


 二匹の巨体が宙を舞い、地面に激しく叩きつけられる。

 そして次の瞬間、セレスの姿が風のように掻き消えた。


「よう、マルコ……」


 俺が渾身の力で、オークの剛腕を振り下ろそうとした、まさにその眼前。


 ガギィィィィィッ!!!!


 耳をつんざくような激突音。


 俺の丸太のような腕を下からクロスさせた二振りの湾刀で受け止めたのは——血の涙を流すセレスだった。


「ごめんな……さい……っ!」


 呪縛に抗い、自らの体をボロボロにしながらも、彼女は圧倒的な力でマルコの前に立ち塞がっている。


 最強の護衛であるダークエルフを取り戻し、マルコが再び歪な嘲笑を浮かべた。


 絶望的な防壁を前に、俺たちオークと悪徳商人の、真の死闘が幕を開けようとしていた。


(つづく)


読んでいただき、ありがとうございました!

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