第1章:【緊急】新宿御苑にガチの漱石(大島紬w)いたから保護してみた
「……死んだはずだったんだわ」
吾輩、夏目金之助は、確かにそう確信していた。
大正5年12月。
冷たい胃の痛みと共に、愛する家族に囲まれ、吾輩の物語は幕を閉じた。……はずだった。
だが、どうだ。
今、吾輩の尻の下にあるのは、冷たい木製の椅子。
そして目の前に広がるのは、帝都・東京の面影を微塵も残さぬ、鋼鉄と硝子の巨塔が空を突き刺す異様な光景であった。
「おのれ、、、。文明開化を通り越して、もはやここは天上の国か。否!」
思わず叫んだ自分の声に驚く。
着ているのは、なじみ深い大島紬。
私の体を包むその渋い布地だけが、唯一の拠り所であった。
だが、周囲の「猿」たちは違う。
肌を露出した奇妙な布切れを纏い、耳に白い豆のようなものを詰め、奇怪な音を立てて走り回っている。
「いや、吾輩の神経がバラバラになりそうだわ」
呆然とする吾輩の傍らを、一人の男が猛烈な勢いで通り過ぎていった。
汗をかき、目に刺さるような桃色の奇妙な衣類を纏ったその男は、一瞬、吾輩を「背景」の一部として切り捨てたかのように見えた。
だが、数歩先で、その「桃色の猿」の足が、不自然なほど急激に止まる。
まるで映画の逆再生のように、男は一度立ち止まり、首をこちらへ回した。
二度見、だわ。
男は、信じられぬものを見たと言わんばかりに、数歩、後退して戻ってきた。
そして、震える手で懐から「小さな光る板」を取り出し、吾輩の鼻先に固定するように構え、奇怪な早口で独り言を唱え始めたのである。
「(小声で早口)えー、皆さんおはようございます! 今、朝の新宿御苑でジョギング中なんですけど、マジでヤバいもの見つけちゃいました。これ、見てください。、、、はい、ドーン!」
男は不躾に、その光る板を吾輩の鼻先に突きつけてくる。
金之助:「君、失礼だね。その板は何だ。僕の魂を抜き取り、印画紙に焼き付けるつもりか。礼儀を知らぬにも程があるんじゃあないかね?」
編集者:「え、しゃべった!! しかも語彙力が明治ガチ勢!! おじさん、コスプレですか? それとも何かの配信? 漱石先生に似すぎてて、衝撃なんですけどwww」
金之助:「ソウセキ……。そうか、君は、僕を知っていると言うのか。だが、それにしても僕を感電させようとするのは重ねて失礼だね」
編集者:「(カメラに向かって)皆さん聞きました!? 『感電』とかパワーワードすぎるww これ、ガチのなりきり垢だわ! 緊急で動画回して大正解でしたwww」
男は「ガチ、垢」などという奇怪な呪文を唱えながら、ニヤニヤと笑っている。
(……ガチ? いま、この男はガチと言ったのか?)
吾輩は、その男の吐き出した、耳に突き刺さるような奇怪な音を反芻してみる。
明治の世に、そのような不躾な濁音の言葉は存在しない。……とすれば。
(……カチ。即ち「徒歩」か。なるほど、この男は、己のこの浅薄な動画配信という行為を、馬にも乗れぬ身分の「徒歩」の如き卑しい業だと自嘲しているのだわ。……なんという深遠なる自虐。令和の猿は、己の卑しさを自ら「カチ」と定義するほどに、自意識が歪曲されているのか?)
金之助:「くっ。もうよい、案内せよ。吾輩は、胃弱でも食せる、甘くて、宝石箱のような……そう、文明開化の味がするものが食べたいのだわ」
編集者:「あ、それならすぐそこのコンビニ行きましょうw よし、保護します! 令和の文豪(仮)、爆誕の瞬間ですよこれ!!」
これが、後に「令和の文豪(なりきりw)」として全人類を大草原に誘う、金之助の第二の人生の、あまりに「無理ポ」な幕開けであった。




