第六話「機械の心」
「はぁはぁ……まさか、私以外全機壊されるとはな」
紫髪の少女は俯き、意味もなく呼吸を整える。
その視界に入るのは一人の少女。
「頑張ったでしょ」
ノイズ混じりの声で白の少女は言う。
大きな窪みに落ちたその姿に両足は無い。胴体は穴だらけ。人間らしい顔の塗装は半分ほど剥げて、片目は赤色の光を放っていた。
数秒の沈黙が続く。
そして、紫髪の少女は一つ聞いた。
「死ぬのか?」
「拠点の場所、知られちゃうから。記憶は残せない」
「そうか」
紫髮の少女は歩みを進め、少女が持っていた光の剣を拾い上げる。
「最後に言い残すことは?」
「……もし、あの人に会ったら"あなたに会えて私は幸せだった"って伝えて。お礼の言葉、言えなかったから」
少女は心臓部を開く。
そこから傷一つない機械種族の動力源コアが露出した。
「……覚えておく」
「ありがとう」
消え入るようなか細い声で少女は言う。
剣先が止まる。それでも重みのある剣を突き刺し、コアが貫かれる。その瞬間、少女の体から音と光が消え、メモリが焼き切れるような音とともに完全に動きを止めた。
その目からは機械であるにも関わらず涙が流れ、満足したように笑っていた。
少女と別れ、少年はどのくらい走っていたのかも忘れ、ただひたすらに走り続けた。たった二つの約束を守るため。
気づけば地図の指し示す場所まで少年は来ていた。その瞬間、安堵とともに力が抜け、地面に倒れ込む。
その時から少年は薄暗い地下で暮らすことになった。来る日も来る日も再会の時を待ち続け、自室に引きこもり焼き消えた絵を思い出すようにして絵を描いた。
それでも、描いた絵は少女といた時より荒んで見えた。普通は分からない細かな表情を描くのが下手になっていた。
インクによる影響もあっただろう。
しかし、思えば紫髮の少女と白の少女の顔はどこか似ていた。だからかもしれない。納得のいく絵が描けなくなったのは。
それから数十年が経過した。
仲間は機械種族に抗い、地上を取り戻そうと戦い続けていたが少年にとって知ったことではなかった。
しかし、日に日に仲間の行動は過激になっていき、ついには拠点がばれてしまった。
静かな地下が爆発で揺れる。
地上で戦っているのだろう。
それでも、ただ一人彼だけは椅子に座り続けた。
突然背後から声が聞こえた。
いつもの仲間の声じゃない。幼くも落ち着いた少女の声。老人となった彼の耳でも聞き覚えがあった。
「何故そのようななりで生き続ける?」
その言葉に老人はゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、かつての姿そのままの紫髮の少女の姿。
しかし、動揺はなく老人は言葉を発した。
「あいつとおまえ、二人との約束があったからな」
絵にかけられた布を取る。
現れたのは牢獄の中で手を差し伸べる紫髮の少女の絵。そして、もう一つは隣で絵を指さす白の少女の絵だった。
「あいつにも見せてやりたかったな」
紫髪の少女は前へ進み、手に持った銃を構える。
「彼女は死んだ」
「そうだな。あいつは死んじまった」
「……なんでだ。なんでお前は満足そうにしてるんだ!家を壊され友を殺され、挙句の果てには君を救った私に殺されるんだぞ!!」
どこにもぶつけられない感情を吐き出すように紫髪の少女は言った。
「それでも、俺の人生はお前らがいたから最高だったんだ。それに結末が全てじゃねえ」
「恨みはないのか」
持つ手の力が強まり、銃が軋んだ。
「あいつはあいつの考えで命令に背いた。お前は命令に従う選択をした。そんだけだ」
「………彼女は君に会えて幸せだったと言っていた」
「そりゃお互い様だな」
老人は目を瞑り、椅子に座ったまま逃げない。
銃を突きつけられ、それでも変わらない。
「最後に言い残すことは?」
「ありがとな。俺をあの時助けてくれて。お前は命の恩人だ」
少女は返答せずに引き金を引いた。
銃声が静かな部屋に響く。
「嘘つき。私が殺したんだぞ、私が」
その声は震え、涙が流れる。
絵には血が飛び散り、白の少女の絵は赤く染まる。三つ並べられた椅子の内一つ以外は血が飛んだ。
「何でだ。何で涙を流す。私は機械だぞ。裏切った仲間を殺し、そこにいた人間を殺し、同じような事を何度も繰り返すだけのただの機械だ」
「インプットされる知識量を大幅に減らされ、感情を理解するのに特化した感情理解モデルだろうと、私は機械だ!!機械なんだ!!」
溢れた感情そのままに本棚に向かって拳を振り下ろす。棚は壊れ、床に本がばら撒かれる。
「……こんな苦しい思いをするなら人と関わるべきでは無かった」
自然と銃が手元から滑り落ちる。
少女は歩み続けるが、その足取りは重い。
「何度も何度も人のために命令を無視する機械種族を殺した。何のためでもない。顔も知らない誰かから命令が下された。だから殺した。それだけだったら良かったんだ。感情も知らないで最初のままだったら」
気づけば谷の目の前まで来ていた。
激しい風が吹き、谷からは冷たい空気が流れ込む。
そして、虚ろな表情のまま少女は壊れた機械のように歩みを続け、
「さようなら」
静かな風景には誰もいなくなった。




