第五話「少女と少年」
「今日はこの染料。あと、食べ物」
少女は決してきれいとは呼べない字で書かれたメモを握りしめ、空を飛び街の中へと入る。
「どうせなら、甘いもの。いや、しょっぱいものの方が好きかな?」
街を歩き、いろいろなものを手に取って少女はメモに書いていないものまで袋に入れる。
その間、何故だかずっと頭の中に少年とあの絵が浮かんだ。
「今日であの絵も完成。私のおつかいもこれで……いや、食べ物がなきゃ生きていけないから私が必要……なはず」
荷物を持って少女は空を飛び、家に戻ろうと方向を定める。
その時、あるものが目に入り少女は再び地面に降り立った。
ガラスで覆われ飾られた可愛らしいモコモコとした厚着の洋服に少女は目を奪われた。
「こういうの着ていったらかわいいとか、言ってくれるかな?」
ガラスケースに触れ、少女は自分の姿を想像する。すると、少女は迷いもせず店内に足を踏み入れていた。
一つ一つ服を手に取って試着していく。
「う〜ん」
色彩感覚的にどの服が自身に似合うかは少女には分かる。
それでも、少年が喜ぶ服がどれなのか悩みに悩み答えが決まらなかった少女は自身に似合う冬服を全て袋に入れた。
パンパンに詰まった二つの袋を手に持ち、少女は壁にかかった時計を見る。
「もうこんな時間。夕食が遅れちゃう」
急いで少女は店を出ようとする。
しかし、歩みを止め少女はもう一度店内の時計を見つめた。
店の外に少女は飛び出す。
その時、空からゆっくりと雪が降り落ちた。手のひらを広げ、そこには雪が溶けずに積もっていく。
「あれから一年……。最初の私はどうだったかな?」
初めて少年と会った時のことを少女は思い出す。
少なくともあの時よりかは言語能力は格段に上がっただろう。会話するたび学習出来るのだから当然だ。
絵描きの腕も少年に教えてもらい上手くなった。
「あとは」
少女は自身を俯瞰して今と昔の差異を調べる。
すると、一つ自身の大事な部分が変わったことに少女は気付く。
最初は少年を人類最後の生き残りであるという価値を利用し、人間を知ろうとする目的で少年と関わっていた。
しかし、今は明確に違っていると実感していた。
「私は彼を知りたい。出来るなら彼の全てを知ってみたい」
手を胸に当て、自身の心を確かめる。
再び空中を飛び、少女は少年との出会いの場所。いつもの我が家へと向かう。
「人間だったからじゃない。それならサンプルの多さを求めて別の保護地区に行く。だから私は彼のことが。あの人のことが」
人間は何でも記念日を作りたがり、その度人は贈り物を贈ったり貰ったりする。
その意味が少女は少し分かった気がする。
古家の時計はもう動かなくなっていた。
だから、壁にかかった時計をかさばると分かって手に持つのに行動矛盾は生じない。少女にとってそれが人間を知って得た心がもたらした宝物なのだから。
2047年1月29日。
少女は少年と会ってちょうど一年のこの日を大切にするため全速力で古家に向かった。
少女は心を知った。この一年でそれこそ人間と大差ないほどに。
だが、それでも少女はこの時一つだけ大きな勘違いをしていた。
心とは心内の感情というもので、当人に分かるものとそうでないものが存在し、そうでないものがもたらす事柄を当人は認識することができないのだということに。
いつもなら気づいていた機械種族全てに通達された一つの全体メッセージ。
絶対厳守のそれを彼のことで胸がいっぱいになった少女は見過ごし、少年の家へと帰宅してしまった。それが最悪な出来事をもたらすきっかけになると知らずに。
少年の家が見え始め、その光景に少女は言葉を失った。
「何で……」
古家を囲む数多の機械種族と炎に包まれたいつもの家。それを見て、少女の視界にノイズが走る。持っていた荷物は手から滑り地面に落ちた。
瞬間、少女は最大火力でエンジンを駆動させ少年の元へと飛んで行く。理由もわからずただひたすら全力で。
(待って、死なないで。私はまだ何も返せてない)
拳に力が入り、少女は機械種族の包囲を一瞬で抜け、家のすぐ横の地面に激突する。
そして、すぐに銃声が鳴った。
顔を上げると、炎の向こうに狐の仮面をつけた紫髮の少女と少年。弾丸は少年の頭部に目掛けて飛んでいた。
考える間もなかった。
目の前へと体が飛び出した。間一髪弾丸をその身に受け、少年を庇う。
「よかった」
安堵の表情とともに少女は少年を見て笑みを見せる。
しかし、
「お前……」
弾丸を受け、少女の右腕は肘から先が無くなった。
バチバチと音を立て断面から配線の一つが抜け落ちる。
それを見て少年は少女の断面に手を伸ばすが、火花に触れ、手を引いた。
「機械だから、平気。それより生きててよかった」
「ああ、お前のおかげでな」
その瞬間、言葉の合間に紫髮の少女は弾丸を放つ。
白の少女は少年を持ち上げ、それを回避する。
「往生際が悪いな、機体モデルUF。警告だ。同型。これ以上抵抗を続けるなら、当機体を命令規則違反対象とし処分する」
低い機械のような淡々とした声でその者は言う。
「ここは私の保護区域。人間を守る行為は人類理解のために必須。よって、違反は矛盾している」
「否だ。先刻、機械種族全体に人類抹殺命令が下された。人類側の抵抗で多くの機械種族が犠牲になり、脅威足りうると上が判断を下した。お前にもメッセージは来ているはずだ」
それを聞いて、少女は命令に気づく。
『人類抹殺を遂行せよ』
たったそれだけの端的な言葉に少女の天使の輪が赤色に変わる。表情がピクリとも動かず、少女の体は怒りで震えた。
しかし、すぐに元通りの色へと戻る。
少女は少年の方に振り返り、胸の辺りから折りたたまれた小さな紙を取り出す。それを少年に手渡した。
「この地図に沿っていけば、機械種族の知らない人類の生き残りがいる場所に行ける」
「……お前はどうすんだ?」
「時間稼ぎ。この数、相手にするから少し大変だけど」
「俺は何か出来るか?」
「足手まとい」
「はぁ……そうか」
焼き焦げた匂いと黒煙が顔に触れる。
家の中はほぼ全て焼き落ち、残るは少女と少年の二人のみ。
それを理解し、少年は地図を握りしめ立ち上がる。
「これは最後の別れじゃねえ。絶対に生きろ。生きて帰ってまた絵を描く。約束だ」
少年は少女の目を真っすぐ見つめる。
その目は揺るがず、少女は少年からの思いを理解した。
「うん。分かってる。二百年以内には戻るから」
「じゃあ、四百年待ってやる」
その言葉に少女はいつものように笑みを浮かべた。
「「じゃあ、また後で!!」」
二人の声が重なり少年はひたすら走る。
目の前に敵がいようと弾丸が掠めようと歩みを止めない。少女を信じているからだ。
少女の腕が変形し、銃の形を取る。
瞬間、少年の目の前にいる機械を撃ち抜き爆発させ少年は煙の中に消えていく。
「追え」
「させない!!」
少女が地面に手をつくと、地面から円柱型の黒色の金属機械が古家を覆う機械種族を丸ごと覆える範囲で現れ、ここら一帯を囲う結界が張られた。
「対電子•物理結界。我々だけを閉じ込め、少年の足はそれに認証済み。最初から仕組んでいたか」
上を見上げ敵は呟く。
「ごめん。本当はもう一度会いたかったけどもう十分もらったから」
胸に手を当て少女は自分の心を確認する。
「だから、あなただけでも」
心臓部を開き少女は宝石のように煌めくコアに手を近づける。
「まさか!!」
やろうとしていることに気づき、咄嗟に止めようと手を伸ばす。しかし、もう遅かった。
「制限解除。オーバードライブ」
体から蒸気と熱を放つ。瞬間、体を捻り紫髮の少女の顔面目掛け拳を放ち、仮面が割れる。
「自爆すると思った?んなわけない。諦める事なんて教わってない。教わった心はいつも前向き。どんな時でも。どんな状況でも」
虚空から光の剣を生成し、少女は両手にそれを持つ。
立ったまま紫髮の少女は顔に手を当て、正面を向き手を外した。
「知ってるさ」
さっきまでの声とはうってかわり幼くも落ち着いた少女の声が聞こえる。
そして、
「その顔」
仮面の割れ目から翡翠の目が見える。
その目に少女は見覚えがあった。
白の少女は気づいてしまった。
いつも見ていたあの絵とそっくりの、自身とよく似た顔立ちの、目の前の少女の事を。




