第二話「過去最悪の記憶」
「というか、お前らはなんで星を侵略しに来たんだ?」
少年は少女相手にチェスを指しながら聞いた。
「我々機械種族は創造主様の命令に忠実に従うのみ。それ以外に理由ない」
「そうか。それを俺らの言葉で何というか教えてやろうか」
少年はポーンの駒を盤面に置き、少女を見る。
「思考放棄の愚か者だ」
対する少女は、
「チェック」
あと一歩まで少年を追い詰めた。
「クソ。まじかよ」
少年は親指の爪を噛み、焦った様子で盤面を見る。
「思考は常に人間の限界を超える速度で回転している。故にその主張は棄却される」
「いいや、合ってる。いつか分かるぜ。俺の言っていた事がな」
そう言いながら少年はチェスで敗北した。
だが、敗北が主張の是非を決めることは無いと少年は少女への主張を撤回しなかった。
「負けた方が等しく間違っている訳じゃねぇ。頭の良さは自分の方が上だからと、相手の言ってる事より自分が言ってる事の方が正しいとは限らねぇ」
少年はチェスの駒を元に戻し、もう一度始めようとする。
「記録しておく」
「記録じゃなくて記憶しろ。じゃねぇと心に残らねぇだろ、言葉が」
「……問い。記憶に残す具体的方法は?」
「そうだなぁ……んじゃあ、今から星をみねぇか?」
軽い雑談のように少年は少女に投げかける。
朝からずっとボードゲームをやっていた二人。
気づけば、夕刻を越え日が沈むまでに時が流れていた。辺りは真っ暗に虫の音が森の中から聞こえてくる。
「星と心の繋がりはあると、人間は思考する?」
「繋がりってよりか、綺麗って思うだろ」
「理解不能。感情の不確定要素を機械種族が予測するには情報不足だと推測する」
すると、天使は立ち上がり少年に手を差し出す。
「あ?なんだ?チェス、飽きたか?」
「著しい情報不足。故に情報収集を行うのが機械種族の性質」
「あーつまり、今から仲良く見に行きましょうって事か。いいぜ、付き合ってやらぁ」
少年は少女の手を掴み、車椅子から立った。
倒れそうになる体を少女に身を任せ、少年は少女にお姫様抱っこされると窓から外へと二人で飛び出した。
思えば、星に機械種族が飛来したその時から外に出たことは無かったなと、少年は外の涼しげな空気を全身に感じて思った。
落下しそうになる体は宙を飛び、少女は屋根の上に降り立つ。
少年は片足では立つのが難しく、抱っこされたままの状態で空を見上げた。
「星を見てどう思った?」
「正常な惑星軌道上を動いている」
「ちげぇよ。美学的な観点から意見を聞いてんだ」
その言葉に少女の頭の上の輪が灰色に色を変える。
「…………分からない。私にはまだ」
その声は初めて会った時と同じ感情の入り混じる声だった。まるで少女が困惑しているように少年は聞こえた。
一人称も私になっている。
こっちが素なのか、機械的な方が素なのか、どっちとも素なのかは少年には分からなかったが少なくとも感情はないわけではないらしい。
「そうかよ。俺は単純明快に綺麗だなって思うけどな」
「それだけ?」
少女は少年の視界に入るように覗き込み目を合わせて聞いた。その時、天使の輪は元通り黄色へと戻っていた。
「ああ、それだけだ。だがな、綺麗だって思う思いの強さがないわけじゃねぇと、俺は思う」
照れくさく、顔を横にし少年は目を逸らす。
声色も年相応の少年のようで、少女は少年に理由を聞いた。
「三文字なのに?」
「文字数はな。この世にある言葉で天の上の星々を表現すんのは人間には難しいんだよ。それに、表現が豊かなのと、思いが強いのかってのはまた別の話だ」
「肯定と同意。当機の方が感情豊かな表現を持ちながら心はそちらが所有している」
「あ?その感じじゃあ、なんだ?俺の方が表現力ないって言うのか?何もない世界で十二回も同じ小説を読んだ男だぞ」
「質より量。表現の多さは量に比例する」
「だが、心は数字じゃ表せねぇぞ」
二人は空を眺めながら互いの意見を主張する。
しかし、その時主張の対立に対し少年に不快な気分はなくそれどころか居心地よくさえ感じた。
機械と人間。
不和を生みそうな二者にしかし、いたって平和な会話が続いた。
(まさか、人類が居なくなってからの方が楽しいって感じるとはな)
少年は過去を思い出し今と比較した。
それもあってか会ってばかりの少女に自然と少年は身の上話をし始めた。
「俺は生まれつき親が居なかった。物心ついた時にはその辺の路地に一人で居て、まぁ七歳まではそんなとこでも何とかうまく飢えを凌いでた。でも、八歳の誕生日に俺は最悪な出来事に巻き込まれた」
少年の誕生日と同じ日に起きた当時の事。
誕生日ケーキなんて用意できない少年は、黒一色の暗い山の中を駆け抜けていた。
何故だか分からなかったが、少年の誕生日は一年で一番星が綺麗に見える日だった。
だから、誰もいない山の中、当時得られた一番柔らかいパンを星をジャムにして頬張るのが少年にとって一番幸せな誕生日で八歳の誕生日もそうだと当時はすっかり信じ切っていた。
「飼うなら猫と犬どっちかな。まぁ話す相手ぐらいは欲しいよな」
草むらに寝転がる少年はパンを片手に空を見る。
「よし、決めた!!十歳までに路地は抜け出して職に就こう。それで金稼いで美味いものもありったけの水も食べて飲んで、動物も五匹は飼おう。こんな星以外色がねぇ生活なんて続けてたって意味ねぇしな。まずは貯金だ!!!」
少年は体を起こし、拳を高く振り上げる。
その目には光が宿り、こんな状況であっても少年の心は諦めてなど無かった。
その時の事だった。
聞いたことが無い何かが爆発したかのような音が耳をつんざき、左目に今まで感じた事のない痛みが襲った。
全身から汗が噴き出る。意識がぼやける。
絶え間ない不快感に右目からは涙が溢れ、少年は左目に手を当てるとそこから涙とは思えない感触の液体がこぼれ落ちていた。
そこでようやく少年は気づいた。
自分は銃で撃たれたのだと。
「ああああぁぁぁぁ!!!」
草むらでのたうち回り少年は苦痛に喘ぐ。痛みに絶叫し少年は助けを呼ぶ言葉も出ない。
その時、木々の影から五、六人の大人が現れた。
「い〜や、こんな夜道に一人でいたら危ないでしょ。僕らみたいな悪い大人に捕まっちゃうよ」
風貌の悪い大人が片目から視界に入る。
それを見て少年は彼らが何なのかがはっきりと分かった。
盗賊もしくは人身売買員、奴隷商の類。
なんであれ少なくとも人間の中のゴミだ。少年は鋭い目つきで近づいて来る男をにらみつける。
「はぁはぁ……。クソが。人間のクズが」
左目を手で覆い、全速力でこの場を立ち去ろうと足を目一杯に動かす。
「おっと……。銃に撃たれてその歳でこんなに口が聞けるのか。最近の子はすごいね。おじさん、若さにはついていけないわ」
「はぁ……ッなんで……」
逃げ惑う少年にしかし、男は追いかけない。
「少年、もう一発ぶち込まれたくなきゃ大人しくしといた方がいいよ。僕らだってこんな事したくはないんだ」
男の忠告を無視し、少年が木々の影に片足を突っ込んだその時、
「やれ」
先ほどと違う低い男の声に連れの四人が笑みを浮かべながら少年に銃を向ける。
瞬間、重なって聞こえた銃声と気色の悪い笑い声を最後に少年は意識を失った。




