第1話 マルゲリータ
今日、僕は近くの公園で開催されているビール祭りに訪れていた。
「おい充、何をぼーっと突っ立ってんだ」
「…へ?」
我ながら間の抜けた声を出してしまった。
「へ?じゃねえよ!早く、テントと椅子の設営してくれ!」
間髪入れずに僕にツッコミを入れてきたのは、麦田茶武郎。僕に深夜飯の味を教えた張本人であり、親友だ。
「あ、あぁ。」
僕は戸惑いつつも、ピクニック用の自立式テントにペグを打ち込みながら、どうしても拭いきれない疑問を茶武郎に問いかける。
「でも、どうして急にビール祭りなんか?
茉子ちゃんのことなら、お前のおかげで少し前に吹っ切れたから気を遣わなくても…」
茉子ちゃん。一年くらい前にサークルのチャラ男に寝取られた僕の元カノである。
その疑問に茶武郎が呆れた顔で答える。
「あのなぁ…親友を遊びに誘うのに理由がいるのかよ?」
「確かに。」
僕が頷くのを聞いたのかわからんが、茶武郎はさらに言葉を続ける。
「お前が吹っ切れたならそれでいいし、俺はいつだってお前と飯を食いたくて食ってるだけだ。わかったなら今日は飲もうぜ!」
茶武郎は人好きな笑顔を浮かべながらアウトドア用テーブルを広げる。
以前にデイキャンプに行ったときからまた道具が増えてやがる…
「ああ。」
僕が茶武郎に目を合わせて短く返事をすると、それを合図にしたように、秋の心地よい風が僕の前髪をそっと揺らした。
「かぁー!!昼間から飲む酒は最高だな!」
和牛100%のハンバーグに齧り付き、それをクラフトビールで流し込む茶武郎。
…こいつ、ほんとに今年になって初めて酒を飲んだんだよな?
二十歳とは思えない飲みっぷりを見ながら、僕は四種類のビールの飲み比べをしていた。
プラスチックのカップに1〜4の数字が振られていて、それぞれ特徴が全く違う。
1と2は比較的飲みやすいな。3は果実の香りが強くてだいぶフルーティだし、4はクラフトビールといえばといった味わいだ。
最後の誕生日を迎えて以来、こんなにビールだけ飲む機会なんてなかったから新鮮だ。
そんな僕の物思いを破るように、茶武郎の声が聞こえてくる。
「おい、このピザ、食わないなら俺がもらっちゃうぞ?」
はぁ、これだから素人は…
「食わないわけないだろ?まずはこうしてビール単体の味と香りを堪能してから…」
「うっま!」
僕が呆れてビールの飲み方を説明しようとする傍らで、茶武郎が僕のマルゲリータに齧り付く。
「何やってんだおい!これだから素人は!!」
「誕生日は俺が先だろ」
思わず漏れた心の声に、茶武郎が即座に突っ込む。
それを言ったらお終いだ。羞恥で耳が熱い。
「恥ずかしいなー?あっはっは!」
悔しい!…が、言い返す術がない僕は黙り込む。
「とりあえず食えや、美味いぞ?これ。」
「僕が買ったのに、なんでお前が勧めてくるんだよ…」
ブツクサ文句を言いながら、まだ湯気を上げているピザを持ち上げる
「おぉ…」
宅配ピザのコマーシャルみたいに伸びるチーズに思わず目を奪われる。
バジルの香りも、食べる前から食欲をそそる。
よし、いただきます。
「ん!」
思わず漏れる声。これ、やばい。
一番に舌を喜ばせるのはトマトソースの芳醇な味わい…そして次に、食べる前よりも強く鼻に抜けるバジルのいい香り。
口から離すとチーズがよく伸びて、視界も幸せだ。
よく噛み砕いて飲み込むと同時にポロリと一言…
「これ美味い。」
「だろ!?」
なんで茶武郎が得意げなんだというツッコミはスルーし、ピザに集中してしまう。
それくらい美味い。
今日の夜食のメニューは決まりだな。
僕はニヤリと笑みを浮かべると、1のビールを手に取って喉に流し込む。やばいなこれ…
「ところで、恋愛の方はアレ以来どうだ?」
最初に食べたハンバーガーが気に入ったらしい茶武郎は、本日四つめのハンバーガーを食べ切ると、唐突にそんなことを聞いてきた。
食べ過ぎだ。
アレ…というのは、きっと茉子ちゃんとのことだろう。
「なにもないな。しばらく恋愛はしない気がするよ。」
「そうか…」
正直に答えた僕に、五つめのハンバーガーの包みを開けながら茶武郎が答える。
だから食べ過ぎだってば。
しかし、茶武郎は美味いものを食べてるはずなのに、先ほどからどこか浮かない顔をしている。
こんな茶武郎は珍しい。
「どうかしたのか?」
僕が心配する眼差しで茶武郎を見つめると、彼はゆっくりと口を開く。
「いやな?来週合コン行くんだけどさ、男側の人数一人足りなくてな…
充がその気なら、来てもらおうかと思ってたんだ。」
そういうことか。僕は顔が狭いのであまり分からないが、知り合いが大勢いる奴は大変そうだな。
生憎だが、参加はできないという旨を伝えようとしたそのとき…
「会場はテレビにも取材された、魚介を使った料理で有名な店なんだが――」
「行きます行かせてください!」
俺は気づいたら食い気味で返事をしていた。
時刻は深夜1時。僕はキッチンに立っていた。時間がいつもより早いのは酔って寝そうだったからだ。
だったら寝れば良いという助言は僕の耳には届かない。
さぁ、ショータイムの始まりだ。
が、うちにはオーブンがないので、今日の相棒はフライパンである。
まず、市販のピザ生地にピザソースを塗り広げる。
次に、ベーコン、玉ねぎ、ピーマン、ざくぎりトマトにバジルの順で具材を乗せ、マヨネーズをひと回し。
最後にピザ用チーズをたっぷり振りかける。
ピザの下拵えが整ったらフライパンに蓋をして強火で熱する。フライパンが温まってきたら蓋を少しずらしてオリーブオイルを敷き、ピザを投入。
すぐに蓋を閉めて弱火でチーズが溶けるまで焼く。
蓋を閉めたフライパンが熱を閉じ込めるので、ピザ窯と同じ状態を作りだすのだ。
チーズが溶けたら皿に盛りつけて…
『フライパンを使った背徳マルゲリータ』の完成!
僕はダイニングのカーテンを少し開け、ちょうど月が見える特等席に陣取ると、包丁でピザを四等分にし、それを口に運んだ。
「んまっ」
静寂の中に自身の声が響き渡る。
昼間のものと比べるとやはり劣るがそれでも美味い!思わずビールが欲しくなる…
が、昼間は飲みすぎたので、ノンアルをプシュ。
月を見ながらピザとノンアル…昼間とは違うけど、これはこれで中々に乙だ。
これまでの”深夜飯もどき“とは打って変わり、初めてしっかりした料理を作ったことに気づいた。
彼女を寝取られて抜け殻になっていたあの頃に比べたら成長したなぁと、しみじみ思う。
ピザを完食した僕はベランダに赴き、物思いにふけていた。
脳裏によぎる合コンの誘い…
会場の飲食店の料理に釣られて即答してしまった。
茶武郎の喜んだ顔を前に、断ることもできないと思って受け入れることにしたが、どうしたものか。
しかしながら、テレビに取材を受けるほどの海鮮料理が気にならないわけがない。
「まぁなんとかなるか。茶武郎もいるし。」
僕は頭の中を飛び交うあれこれを来週の僕に全てを投げ出して布団に潜り、眠りについた。
――まさかその合コンがきっかけで俺の人生が大きく変わるとも知らずに…
こんにちは、夜風なぎです。
爆速で1話を書き上げました。楽しんでくれたら幸いです。
さて、このお話に登場する深夜の背徳ピザですが、レシピは絶賛ドはまり中の、キャンプを題材にしたとある漫画に登場するものです。
私も家でやってみましたが、なぜかすべての工程を強火で押し通したことにより失敗に終わりました。
最後は弱火です、皆さんご注意を。
この作品、書いているうちに楽しくなってきたので、是非とも更新頻度に期待していただきたいです…!
おっと、そろそろ勉強の時間が近づいてまいりました。
では、わたくしは学生の本分を全うしてまいりますので…みなさん、どうかお体に気をつけてくださいませ。読んでくれてありがとう!
以上、課題に追われているにもかかわらず、執筆に没頭していた夜風なぎでした。
あ、母さん待って!いまから勉強始めるから!違うんだ!もう終わりなんだ!




