第8話 ブラック企業の元社長が「戻ってこい」と言いに来ましたが、座敷わらしちゃんが許しませんでした
本日4話更新の4話目です。(07時・12時・17時・21時)
朝、優雅に庭でコーヒーを飲んでいると、門の前に黒塗りの高級車が停まった。
降りてきたのは、脂ぎった顔の中年男。
見間違えるはずもない。俺を五年間こき使い続けた、ブラック企業の社長だ。
「よう、佐藤くん。こんな山奥で隠居生活か?」
社長は勝手に庭に入り込み、ニヤニヤしながら周囲を見回した。
「SNS見たぞ。お前、すごい魔法が使えるようになったんだってな? あの動画の収益、結構な額だろ」
「……何しに来たんですか。俺はもう退職しましたよ」
俺が冷たく返すと、社長は馴れ馴れしく俺の肩を掴もうとした――が、俺は一歩下がって避けた。
社長の手が空を切り、バランスを崩してズッコケそうになる。
「おっと。……まあいい。単刀直入に言おう。会社に戻ってこい」
「は?」
「お前のその魔法、ウチの事業として使わせてやる。清掃部門を新設して、お前を部長にしてやってもいいぞ? 給料も月三十万……いや、三十二万出してやる!」
正気か?
俺は今、一回の依頼で五百万稼いでいる。
それを、会社の利益として吸い上げ、端金で飼い殺そうという魂胆が見え見えだ。
「お断りします。帰ってください」
「おいおい、恩を忘れたのか? 新卒の何もできないお前を拾ってやったのは誰だと思ってる!」
社長が顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
ああ、この怒声。毎日毎日聞かされて、胃に穴が開きそうだった日々を思い出す。
――ムカつく。
魔法で吹き飛ばしてやろうか。
そう思った時だった。
『……主様をいじめる悪い人は、お仕置きです』
どこからか、スズの冷ややかな声が聞こえた気がした。
直後。
「ぐあっ!?」
社長が突然、何もない平地で派手に転倒した。
ビチャッ! という音と共に、顔面が庭のぬかるみ(昨日の雨で少し濡れていた場所)に突っ込む。
「な、なんだ!?」
社長が慌てて起き上がろうとすると、今度は上空から「バサァッ!」と何かが降ってきた。
カラスのフンだ。しかも特大の。
それが社長の高級スーツの肩に直撃する。
「うわあああ! クソッ、なんだこれは!」
「ぷっ……」
あまりのタイミングの良さに、俺は吹き出しそうになった。
座敷わらしは「福の神」だが、気に入らない相手にはとことん「貧乏神(不運)」として振る舞うと言う。
スズちゃん、ナイスアシストだ。
「くそっ、ふざけるな! 佐藤、貴様……!」
社長が逆上して掴みかかろうとした瞬間。
ブブブ……と低い羽音が響いた。
「うわっ、なんだ!? ハチ!? なんで俺だけ!?」
どこからともなく現れたスズメバチの群れが、なぜか俺を避けて、社長だけを執拗に追い回し始めたのだ。
「ひいいいいっ!! ごめんなさいごめんなさい!!」
社長は泥だらけの顔で、カラスのフンをつけたまま、悲鳴を上げて車へ逃げ帰った。
エンジンをかけようとするが、何度やってもかからない。バッテリー上がりだ。
「開けろ! おい佐藤、車を出せ!」
「嫌です。私有地なんで、警察呼びますね」
「くそおおおおおお!!」
結局、社長はハチに追われながら、山道を徒歩で逃げ帰っていった。
二度とここには来ないだろう。
「ふふっ。ざまぁみろ」
俺が呟くと、家の影からスズがひょっこりと顔を出した。
その顔は、少し誇らしげだった。
「主様、お掃除完了です」
「ありがとう、スズ。最高のお掃除(厄介払い)だったよ」
俺は小さな頭を撫でてやった。
これで過去の因縁とも完全に決別できた。
心晴れやかに、俺たちの最強スローライフが再開する――はずだった。
その日の夕方。
今度は空から、爆音と共に「ヘリコプター」が降りてきた。
(続く)
因果応報!
スズちゃんの「不運付与」、地味に最強かもしれません。
過去とも決別し、次回はいよいよ国(政府)が動き出します!
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