第4話 国民的アイドル(清楚系)の部屋が、産廃処理場レベルだった件について
本日2話目の投稿です。
前話と辻褄が合わない箇所を修正しました。
指定された住所は、港区の一等地にある超高級タワーマンションだった。
エントランスの天井が高すぎて首が痛い。
「……ここ、家賃いくらなんだろ」
俺は安っぽいスニーカーで大理石の床を踏みしめながら、最上階へのエレベーターに乗った。
緊張で手汗がすごい。
ピンポーン。
インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
そこに立っていたのは、帽子を目深にかぶり、大きなマスクをした小柄な女性。
「あ、あの……『クリーンライフ佐藤』さん、ですか?」 「はい、そうです。動画の企画で依頼を頂いた……」 「ど、どうぞ。入ってください……早く!」
彼女は周囲を警戒するように俺を招き入れると、すぐに鍵を何重にもロックした。 そして、廊下の奥でマスクを外した。
「はじめまして。天道アイリです」
「……っ!?」
息が止まるかと思った。 テレビで見ない日はない、国民的アイドルグループの不動のセンター。 『一千年に一度の美少女』と謳われる、天道アイリ本人がそこにいた。
ただし、テレビとは少し違う。 目の下に酷いクマがあり、肌も荒れている。髪もボサボサで、ジャージ姿だ。
「あの、佐藤さん。最初に謝らせてください。……『動画企画』っていうのは、嘘です」 「えっ? 嘘?」 「はい。そうでも言わないと、来てくれないと思ったから……」
彼女は申し訳無さそうに手を合わせた。
「普通の業者には断られるし、マネージャーにも言えないし……。でも、佐藤さんならなんとかしてくれるって思って。私の知名度を使えば、確実に依頼を受けてくれると思って、釣りました。ごめんなさい!」
なりふり構わない必死さだ。 国民的アイドルが、自分のブランドを餌にしてまで掃除屋を呼ぶ。それほど追い詰められていたということか。
「だから、動画は回さないでください! 本当に秘密厳守でお願いします……! これを見られたら、私、アイドル終わっちゃうので……」 「は、はい。契約書にもサインしますよ(報酬さえ貰えれば)」 「信じます。……現状は、これです」
彼女が震える手で、リビングのドアを開けた。
――ドサァッ!!
雪崩のような音がした。
ドアが開いた瞬間、膝の高さまで積み上がった「服とコンビニ袋の地層」が崩れてきたのだ。
「……これ、リビングですか?」
「はい……足の踏み場がなくて……明日の朝から、ここで『モーニングルーティン』の生配信をしなきゃいけないんですぅ……!」
アイリさんは半泣きだった。
なるほど、多忙すぎて片付ける暇がなく、ストレスで買い食いしてゴミが増え、精神的に追い詰められた結果か。
広いリビングは、天井近くまでゴミ袋の山脈が連なっていた。
昨日のアパートより酷い。もはや産業廃棄物処理場だ。
「マネージャーにも相談できなくて……佐藤さんの動画を見て、藁にもすがる思いで連絡したんです。……本当に、綺麗になりますか?」
上目遣いで見つめられる。
破壊力が凄まじい。俺は思わずガッツポーズをしたくなったが、平静を装った。
「お任せください。天道さんは、そこのソファ(の上のゴミをどかした場所)に座っていてください」
「は、はい」
俺は深呼吸をして、部屋全体を見渡した。
イメージする。
ゴミを消すだけじゃない。
この部屋に染み付いた「負のオーラ」ごと、全てを浄化するイメージだ。
俺は右手を掲げた。
「――【クリーン(洗浄)】!!」
カッ!!
部屋の中心で、光が爆発した。
これまでのレベルではない。部屋の隅々まで行き渡る、優しい浄化の光。
山積みだったコンビニ袋が、脱ぎ散らかされた服の汚れが、テーブルの上のホコリが。
すべてが光の粒子となって天井へ昇り、消えていく。
それだけじゃない。
澱んでいた部屋の空気が、高原の朝のように澄み渡っていく。
「……えっ? えっ?」
アイリさんが驚きの声を上げた。
十秒後。
そこには、モデルルーム顔負けの、洗練されたデザイナーズマンションの姿が戻っていた。
「おわりました」
俺が振り返ると、アイリさんは呆然と自分の手を見ていた。
「部屋だけじゃ、ない……?」
「え?」
「体が、軽い……。あんなに重かった肩こりが消えてる。それに、肌も……!」
彼女は慌ててスマホのインカメラを覗き込んだ。
そこには、クマ一つない、透き通るような陶器肌の美少女が映っていた。
どうやら【クリーン】の効果は、生物の「疲労物質」や「老廃物」まで除去してしまったらしい。
エステなんて目じゃない効果だ。
「う、うそ……魔法……?」
「あ、いや、これはその、特殊な技術で……」
誤魔化そうとした俺の腕を、アイリさんがガシッと掴んだ。
華奢な体からは想像できない力だった。
「佐藤さん……!」
「は、はい!」
彼女は潤んだ瞳で、俺を至近距離から見つめて言った。
「私と、専属契約してください!! お金ならいくらでも出しますからぁ!!」
……どうやら俺は、国民的アイドルの「生命線」を握ってしまったらしい。
(続く)
国民的アイドルにロックオンされました。
次回、さらに予想外の依頼が舞い込みます!
面白いと思ったらブックマークをお願いします!




