第1話 社畜、魔法に目覚める
「……はあ。帰って寝よ」
午前二時。
誰もいないワンルームマンションの玄関を開けると、ムッとした熱気と、生ゴミ特有の腐敗臭が鼻をついた。
電気をつける気力もない。
脱ぎ捨てられたワイシャツ、積み上がったコンビニ弁当の空き容器、中身が入ったまま放置されたペットボトル。
足の踏み場もないゴミの山をまたいで、万年床の布団へと倒れ込む。
佐藤健太、二十八歳。
ブラックな営業会社に勤めて五年。心も体も限界だった。
(明日も七時出社か……。洗濯してないから、またヨレヨレのスーツで行くしかないな)
天井を見上げながら、ぼんやりと思う。
こんな生活、いつまで続くんだろう。
いっそ、このゴミに埋もれて消えてしまいたい――。
そう願った、その時だった。
『ピロリン♪』
静寂な部屋に、どこか間の抜けた電子音が響いた。
スマホではない。頭の中に直接響いたような音だ。
直後、目の前の虚空に、半透明の青いプレートが浮かび上がった。
【条件を満たしました。スキル『生活魔法』を習得しました】
「……は?」
幻覚だと思った。ついに疲労で頭がおかしくなったのだと。
だが、そのプレートは視線を動かしても追従してくる。
――使用可能魔法――
・【クリーン(洗浄)】Lv.1
・【リペア(修復)】Lv.1
・【ライト(照明)】Lv.1
・【アイテムボックス(収納)】Lv.1
「生活……魔法? なんだこれ、ゲームかよ」
試しに、起き上がって手を伸ばしてみる。
触れることはできない。ただ、意識するとその文字が強調された。
【クリーン(洗浄)】。
対象の汚れを取り除く魔法。
「……もし、本当に使えるなら」
視線を、足元に転がっている飲みかけのコーヒー缶に向けた。
一ヶ月前に飲んで、そのまま放置してあるやつだ。中身が腐って異臭を放っている元凶の一つ。
(綺麗になれ……!)
念じる。
すると、俺の指先から淡い光の粒子が溢れ出した。
「うわっ!?」
光はコーヒー缶を包み込むと、シュワワ……という炭酸のような音と共に消えた。
あとに残っていたのは、まるで工場から出荷されたばかりのようにピカピカに輝く空き缶。
こびりついていた茶色のシミも、腐った臭いも、跡形もなく消滅している。
「……マジか」
震える手で、今度は自分のワイシャツに触れてみる。
襟元の黄ばみ、コーヒーのシミ、そして染み付いた汗の臭い。
――【クリーン】。
一瞬だった。
まるでクリーニング屋……いや、新品をおろしたてのような白さが蘇った。パリッとした糊の感触まで戻っている。
「すげぇ……これ、マジですげぇぞ」
俺は狂ったように部屋中のゴミに向かって魔法を放ち続けた。
弁当の空き箱に残った油汚れも【クリーン】で消滅。
カビだらけの風呂場も一撃でピカピカ。
さらには、壁紙の剥がれや床の傷も【リペア】と念じるだけで、新築同様に修復されていく。
十分後。
そこには、モデルルームのように輝く部屋があった。
「……これなら」
自分の手を見つめる。
この力があれば、もうあんなクソみたいな会社で、泥水をすするような営業をしなくていいんじゃないか?
例えば、清掃業。
洗剤も機材もいらない。一瞬で、どんな汚れも消せる。
産業廃棄物だって、放射能汚染だって、もしかしたら……。
「……辞めよう」
俺はピカピカになったスマホを取り出し、上司への退職願いのメールを打ち始めた。
不思議と、指の震えは止まっていた。
これが、俺の人生が大逆転する始まりだった。
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