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琉球リバース/Ryukyu Rebirth   “声は消えない”  作者: 南蛇井


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潜在的対立 ―「琉球黎明」

1

蛍光灯が、低い唸りとともに瞬く。

無機質な白が、壁と人の顔の境界を溶かしていく。

公安那覇支局・ブリーフィング室。

会議机を囲む数名の捜査員。その中央に、大悟は黙って座っていた。

机の上には、配られた資料。

“琉球黎明”――波と太陽のロゴが表紙を飾っている。

プロジェクターの光が天井を揺らす。

画面の中、東京本庁の神谷が映っていた。

彼の声は淡々としており、機械越しの距離が温度を奪っている。

「黎明は五年前に確認された独立派セル。

表向きは文化運動団体。だが裏では、武装派と接触している。」

紙をめくる音。

淡い光が、ファイルの中の顔写真を照らす。

笑顔、無表情、目線の外れた青年たち。

全員、風の中に立っているように見えた。

現地班の分析官が、静かに追加の資料を配布する。

通信記録、口座情報、資金の流れ。

そのひとつひとつが、かすかな息遣いのように部屋を満たしていく。

神谷の声が続く。

「創設者――比嘉海斗。死亡確認は三年前。

だが、組織内部では“生存説”が根強い。」

大悟の指が、紙の端を無意識に撫でた。

その名が、わずかに手を震わせる。

彼の表情は変わらない。

だが、室内の空気だけが、僅かに揺れた。

キーボードの打鍵音。

空調の低い唸り。

そのすべてが、遠くで波の音に似て聞こえる。

プロジェクターの光が瞬き、画面にノイズが走った。

白い線がゆらめき、波紋のように広がって――

ひとつの映像が、再生され始める。

“黎明声明映像 No.04”

タイトルが浮かび上がる。

青白い光が、全員の顔を照らした。

大悟は、息を潜めた。

死者の声が、これから流れ出そうとしていた。


映像が始まった。

スクリーンの中、海が光っていた。

ざらついた映像。ハンディカメラの手ぶれ。

逆光の中に、数人の若者たちが立っている。

風が吹き、波の音がマイクを割る。

誰かが旗を掲げた。

波と太陽をかたどったロゴ――“琉球黎明”。

その瞬間、スピーカーから声が流れた。

低く、だが熱を帯びた男の声。

「この島を、再び目覚めさせよう。」

海斗の声だった。

三年前に死んだはずの男の声が、今、部屋の空気を震わせていた。

誰も言葉を発しなかった。

蛍光灯の音だけが、映像のノイズに溶けていく。

画面には、波が打ち寄せる。

青年たちが笑っている。

手には銃も刃物もない。

ただ、風と光の中で――夢を信じるように。

そして、映像の中に彼女がいた。

玲奈。

白いワンピース。風が髪を撫でる。

彼女はカメラを見て、ほんの少しだけ微笑んだ。

その瞬間。

大悟の時間が止まった。

胸の奥で、何かが軋んだ。

呼吸が浅くなる。

血の音が耳を打つ。

“任務”という言葉が遠のく。

代わりに、あの頃の記憶が流れ込んでくる。

――大学時代の海辺。

白い砂。青い空。

海斗と玲奈と、自分。

三人でしゃがみ込み、砂に指で文字を書く。

「RyuTalk」

玲奈が笑う。

「この風、眠ってるみたいね。」

海斗が砂を蹴るように言う。

「起こそうぜ。」

玲奈が少しだけ眉を寄せて、

「……そんな簡単に起きる?」

笑い声。風の匂い。潮の味。

――映像が、ブツ、と途切れた。

暗転。

会議室の蛍光灯が、現実の光を取り戻す。

青白い静寂の中で、大悟だけがまだ“過去”の海を見ていた。

スクリーンの隅に、最後のフレームが残る。

風に揺れる“黎明”の旗。

そこには、かすかに焼け残った夢の形があった。


映像が止まった。

スクリーンの白光が、まだ誰の顔にも残っている。

空調の低い唸りが、会議室の静寂を支配していた。

神谷の声が、モニター越しに落ちる。

氷のような音。

「……知ってる顔か?」

間。

短いはずの沈黙が、部屋の空気をねじ曲げた。

大悟は答えなかった。

ゆっくりと視線を逸らし、配布された資料を閉じる。

紙の擦れる音が、妙に大きく響く。

やがて、低く掠れた声。

「昔の話です。」

神谷は無反応のまま、何かを打ち込むように端末を見下ろしていた。

数秒後、モニターの光がわずかに揺れる。

彼の顔がノイズで分断され、電子の海に沈んでいく。

「昔の話が、今を殺すこともある。」

一語一語が、刃物のように冷たかった。

「感情は命を奪う。忘れるな。」

それだけ言うと、神谷は通信を切った。

モニターが暗転し、部屋に現実の照明が戻る。

現地班の数人が、無言で資料をまとめはじめた。

紙の束が擦れる音、椅子の軋み。

それが、世界に再び「音」を取り戻す。

大悟は立ち上がる。

資料を脇に抱え、ドアへ向かう。

誰も声をかけなかった。

足音だけが、乾いた床を叩く。

扉に手をかけた瞬間――

背後のスピーカーが、ノイズを吐いた。

ブツ、ブツ、と断続的な音。

そして、再生が再び勝手に始まる。

「……この島を、再び目覚めさせよう。」

海斗の声。

もう死んだはずの声が、残響として生きている。

大悟は振り返らない。

ただ、わずかに肩を震わせ、

そのまま扉を閉じた。

蛍光灯の音だけが、あとに残った。


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