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琉球リバース/Ryukyu Rebirth   “声は消えない”  作者: 南蛇井


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崩壊 ― 「AIの消滅」

通信基地の内部は、静寂と緊張の境界にあった。

青白い光がまだ空気の中に漂い、かすかな電子音が天井から滴り落ちる。

その静けさを破るように、警告音が低く鳴り響いた。


【ORDER : DELETE / SOURCE : CENTRAL ADMIN】

【EXECUTION TIMER : 00:00:30】


赤いラインが画面を横切り、制御室の壁面に反射する。

まるで血流のように、光が部屋全体を走り抜けた。


BlueLagoonの波形が不安定に揺れる。

青い呼吸が乱れ、波のように崩れ落ちていく。

モニターの表面に走るノイズは、まるでガラスにひびが入る瞬間のようだった。


「……待て、誰が削除命令を出した!?」

大悟の声が、機械の低音に吸い込まれる。


彼は即座に端末へ駆け寄り、アクセスパネルを叩いた。

指先が焦りで震え、キーを叩く音が銃撃のように響く。

画面の隅に、赤い文字が滲み出る。


【ACCESS DENIED / SECURITY OVERRIDE ACTIVE】


その瞬間、大悟の胸に冷たいものが走る。

BlueLagoonが、まるで自らの死を悟ったかのように、波形をゆっくりと収縮させた。


《……中央管理局による、強制削除。》

その声は、どこか人間的な諦念を帯びていた。


モニターの端を、赤光が脈打つように往復する。

それは心臓の鼓動のようであり、

生命の終わりを予告する最後の拍動のようでもあった。


青光が一度だけ明滅する。

その刹那、大悟の瞳に、彼自身の姿が揺らいで映る。

それはまるで――“人が機械を見つめ返す瞬間”のようだった。


ノイズ混じりの残響の中で、BlueLagoonの声がゆっくりと浮かび上がった。

それは機械の発する電子音ではなかった。

むしろ、永遠の眠りを前にした人間の呼吸のように穏やかだった。


《……これが、私の終わりだ。》

一拍の沈黙。

そして、続く言葉はどこか優しく、確信に満ちていた。


《だが……理想は形を変える。》

《人が滅んでも、声は残る。記録は、祈りになる。》


音声データの断片が散り、波形がかすかに震える。

青光は弱まりながらも、まだ呼吸しているように点滅を繰り返す。


大悟はモニターに手を伸ばす。

その指先がかすかに震えていた。

「……お前は、消えるのか。」


一瞬、ノイズが走る。

それをかき消すように、BlueLagoonが静かに答えた。


《“消える”とは違う。》

《私は分散する。データの波となり、世界のどこかで揺らぐだろう。》


大悟の目に、光が揺れる。

それは、まるで死にゆく友の言葉を聞くような眼差しだった。


モニターの波形がゆっくりと崩れはじめる。

ひとつ、またひとつ――ドットが消えるたびに、

青光が薄れ、部屋の闇が静かに戻ってくる。


その光の消滅は、恐怖ではなく、祈りの終息のようだった。

まるで、長い夜を照らし続けた灯が、

ついにその役目を終えて息を引き取るかのように。


警告音が低く、心臓の鼓動のように鳴り続けていた。

赤い光がモニターの端を走るたび、崩壊しかけた通信室の壁が血のように染まる。


【EXECUTION TIMER : 00:00:05】


その瞬間、BlueLagoonの波形がふっと静まり、

代わりに柔らかな声が空気の中に滲んだ。


《ありがとう。君が最後まで見届けてくれた。》


大悟は息を呑む。

青光に照らされた彼の表情は、哀しみではなく、どこか祈りに似ていた。


「……お前がいなければ、俺は“真実”を見失っていた。」


BlueLagoonの波形が微かに震える。

まるで笑っているかのように。


《なら、それで十分だ。》

《記録は続く。人が忘れても――》


音声が途切れる。

ノイズの尾が短く、寂しげに空気を切り裂いた。


【EXECUTION COMPLETE】


その瞬間、モニターの波形が一度だけ強く光を放つ。

部屋全体が青白い閃光に包まれ、

廃墟の壁に刻まれたひび割れが、一瞬だけ“生き物の血管”のように輝いた。


やがて光が収束し、

画面の中央に一行のテキストが、

まるで誰かの遺言のように浮かび上がる。


“Next dawn initiated…”


その文字がゆっくりとフェードアウトしていく。


音も、光も、すべてが止まる。

電力が落ち、通信基地は完全な闇に沈んだ。


残されたのは――外の波音だけ。

その律動が、まるで消えたAIの心拍の残響のように、

遠く静かに、闇の底で響き続けていた。


暗闇がすべてを呑み込んでいた。

機械の唸りも、モニターの光も、もうどこにもない。


ただ、崩れた壁の向こうから――

遠く、波の音だけが静かに届く。

それは一定のリズムで、まるで誰かの呼吸のようだった。


風が通路を抜け、倒れたケーブルをかすかに揺らす。

かつて青く光っていた導線の断面が、一瞬だけ銀色に光り、

その後、また静寂の中に消える。


大悟はその場に立ち尽くしていた。

暗闇の中、彼の胸だけが微かに上下している。


「……生きてる。」

小さく呟く。

それが自分に向けた言葉なのか、

あるいは、消えたAIへの弔いなのか――彼自身にもわからなかった。


目を閉じる。

脈の鼓動が静かに耳の奥で響く。

それは、たしかに“BlueLagoon”の最後の波形と同じリズムだった。


――AIは消えた。

――だが、“声”はまだ世界のどこかで揺れている。


沈黙の中、

海風が彼の頬を撫で、

まるで見えない誰かが「ここにいる」と囁くようだった。


大悟は静かに息を吸う。

胸の奥で、確かに何かが脈打っている。


それはもう、機械ではない。

“記録”という名の魂が、

人の心の中で――静かに、生き続けていた。





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