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琉球リバース/Ryukyu Rebirth   “声は消えない”  作者: 南蛇井


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20/27

終幕 ― 「声のない通信」

夜と朝の境界に、世界が息を潜めていた。

 朽ちた観測所の内部。崩れた壁、剥き出しの配線、錆びた計器。

 その死んだ空間のただ一点だけ――ポータブル端末の液晶が青白く脈打ち、

 まるで心臓の鼓動のように、かすかな明滅を繰り返していた。


 風が吹き込むたびに、垂れ下がったケーブルが揺れる。

 壁に映る影が、神経のようにうごめき、

 まるで建物そのものが何かを「思い出している」ようだった。


 外からは海鳴り。

 岩を叩く波の音が、鈍く、重く、遠雷のように響く。

 それは地の底から聞こえる“記憶”の声のようでもあった。


 


通信機のノイズが、ふいに強まった。

 「ジ……ジジ……ッ……」

 空気そのものがざらつき、金属の匂いが漂う。


 大悟は指を止め、モニターに目を凝らす。

 青白い光の奥、波打つノイズの層の中から――

 “声” が、滲み出した。


 > 『……大悟、まだ……信じてるのか?』


 その一瞬、彼の呼吸が止まる。

 音の粒が、まるで誰かの息遣いのように脈を打っている。

 声は掠れて不明瞭だが、その響きは確かに覚えていた。


 比嘉海斗。

 かつて共に“黎明作戦”を支え、そして消息を絶った男。


 モニターに、映像の断片が走る。

 赤い閃光。崩壊する観測塔。

 そして、炎の中で振り返る玲奈の後ろ姿。

 画面全体をノイズが覆い尽くし、輪郭が崩れていく。


 大悟は、静かに呟いた。


 > 「海斗……お前が“秩序”を壊したのか。それとも、救ったのか。」


 応答はない。

 ノイズが一瞬だけ消え、代わりに――波の音 が流れ込んだ。

 その音は、遥か昔に聞いた海の記憶のように穏やかで、どこか悲しかった。


 画面の奥で、微かに光が瞬く。

 それは呼吸のようでもあり、心臓の鼓動のようでもあった。


 > 「……海斗……」


 呼びかけても、返るのは沈黙と潮騒だけ。

 それでも大悟は、端末の光を離さなかった。

 まるで、その沈黙の向こうに“真実”が息をしていると信じているかのように。


通信の終端が、静かに訪れた。

 ノイズが消え、機材の唸りも止む。

 倉庫の奥に、沈黙だけが残る。


 大悟は椅子から身を起こし、そっと通信機に触れた。

 温度はまだ残っている。

 まるで、誰かの手のひらのぬくもりのように。


 モニターに最後の信号が浮かぶ。


 > 【USER: @SANGO】

 > 【STATUS: DELETED / LAST SEEN: 48H AGO】


 青白い光が、彼の頬を淡く照らす。

 その光はどこか懐かしく、まるで“遺影”の輝きのようだった。


 大悟は目を閉じた。

 胸の奥で、何かが静かに溶けていく。


 > 「信じることも、裏切ることも、

 >  もう同じ場所に立っている。」


 その言葉は祈りのようでもあり、諦念のようでもあった。

 彼の唇からこぼれる息が、冷たい空気の中で白く揺れる。


 外では風が吹き抜け、崩れた壁の隙間から夜明けの光が滲み始める。

 黒と青の境界線――そのわずかな明るみが、廃墟の天井を淡く染めていく。


 機材のランプが最後に一度だけ点滅し、

 まるで誰かが“ありがとう”と囁いたような、微かな電子音を残した。


 大悟は静かに目を開ける。

 そこにもう、ノイズはなかった。

 ただ、信仰の余白 だけが、光と影の狭間に残っていた。


沈黙が続くはずの通信機が、突如として微かな脈動を始めた。

 断続的に点滅するランプ。

 まるで誰かが、暗闇の向こうからノックしているようなリズム。


 大悟は息を潜め、波形の揺れるモニターを見つめた。

 低いノイズが空気を震わせ、次の瞬間――声が滲み出す。


 > 『……真実って、いつも“誰かの裏切り”の形をしてる。』


 玲奈の声だった。

 あのときと同じ、感情を押し殺した囁き。

 それなのに、確かに“生きている”温度があった。


 彼の喉が動く。だが、言葉にはならない。

 ただ、指先が震え、通信機の外殻をかすかに叩く。

 その震えが、波形の揺らぎと重なった。


 次の瞬間、モニターが乱れた。

 ノイズの奔流が画面を覆い、光の粒が崩壊していく。

 信号は、ひとつの断末魔のように――消えた。


 静寂。

 大悟はゆっくりと顔を上げる。

 外の闇が、淡くほどけていく。


 崩れた天井の隙間から、夜明けの最初の光が差し込む。

 その光が、彼の頬を照らした。

 濡れたような瞳の中で、光が一瞬だけ反射する。


 それはまるで、最後の通信が彼の中で再生されたかのようだった。


 大悟は、かすかに微笑む。

 風が吹き抜け、機材の残骸が小さく鳴った。


 ――そして、黎明が完全に訪れる。

 廃墟の中に、音だけが途切れた。

 外の海鳴りも、風のざわめきも、すべてが遠ざかっていく。


 通信機のランプが、規則正しく点滅を繰り返していた。

 緑、そして青。

 まるで波が岸辺に寄せては返すように――静かな、呼吸のリズム。


 だが、その光の奥には、もう何の音も存在しなかった。

 スピーカーは沈黙し、空気だけが小さく震えている。


 モニターに、ゆっくりと文字が浮かぶ。


 > 【END TRANSMISSION】

 > 【LOG SAVED : /RENA.LOG】


 その表示が、まるで墓碑銘のように淡く光る。

 誰もいない空間に、その光だけが残り、そして――消えた。


 風が止んだ。

 残るのは、遠い海の音。

 波が岩に当たり、静かに砕けていく。


 やがて、東の空がわずかに明るみ始める。

 廃墟の窓から、夜明けの光が流れ込み、

 壁に伸びたケーブルの影を柔らかく染めていく。


 それはまるで、沈黙そのものが次の通信を待っているかのようだった。


 誰もいない観測所の片隅で、

 ランプがひときわ強く瞬き――そして、完全に光を絶やした。



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