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琉球リバース/Ryukyu Rebirth   “声は消えない”  作者: 南蛇井


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再誕 ― 「裏切りの方程式」

那覇港湾地区、第七貨物倉庫。

使用停止となった貨物区画の一角で、海風が鉄骨を軋ませている。

錆びた看板が揺れ、「立入禁止」の文字が、

稲光のたびに白く浮かんでは闇に沈んだ。


時刻は、深夜三時十五分。

外では暴風雨が荒れ狂い、トタン屋根を叩く雨音が絶え間なく響く。

――「バラララ……!」

その轟音の中に、かすかに混じる鉄骨のうなり。

「ギィ……ガタン……」

まるで倉庫そのものが、嵐の圧力に耐えながら呼吸しているようだった。


内部には、古い発電機が一台だけ稼働している。

低く、粘つくような唸りが床下から伝わり、

空気は焦げたオゾンと埃の匂いで満たされていた。

壁に立てかけられたパイプとケーブルが、

時折、落雷の閃光に照らされ、鋭い影を床へ投げる。


奥の一室。

その暗闇の中、青白いバックライトがひとつだけ灯っていた。

古いノート端末のモニター。

その光は、まるで人工的な心臓の鼓動のように、

断続的に明滅を繰り返している。


電波ノイズが、一定のリズムで空気を震わせていた。

「……ジ、ジッ……ピィィ……」

外界から切り離された空間の中で、

ただそのノイズだけが“世界の残響”として生きている。


この倉庫は、もはや人の営みの場ではない。

時間も秩序も溶け出した、人間の信仰とシステムの狭間。

ここでは、正義も国家も意味を持たない。

ただ、電子の脈動と嵐の鼓動が、互いを反響し合っている。


――再誕の前夜。

世界の秩序が風化していく音が、確かにこの空間にあった。

嵐の夜。

倉庫の鉄骨が風に軋み、

古びた蛍光灯が時折、弱々しく点滅する。


その中央、錆びた作業台の上で、大悟は黙々と手を動かしていた。

指先は油と埃にまみれ、

工具の金属音が、一定のリズムで夜を刻む。


「カチ、カチ、チィッ……」

それはまるで、祈りの拍動。

一つひとつのネジを締めるたびに、

彼の中の“何か”が再び形を取り戻していく。


作業台には散乱した部品と、焦げ跡の残るメモ。

その隣に、一枚の古びた写真が立てかけられていた。

笑顔の男――比嘉海斗。

通信網の深層に“@Sango”として名を残した亡霊。


大悟は、ふと手を止め、

その写真を見つめながら呟く。


「秩序は閉じた方程式だ。

だが、真実は常に外から侵入する。」


彼の声は低く、

嵐のざわめきに飲まれて消えていった。


再び手が動く。

古い通信機の内部――

絡み合った配線に、彼は慎重に電極を接続する。


「パチ……」

一瞬、火花が散り、

緑のインジケータがかすかに灯る。


やがて、ランプが一つ、また一つと点滅を始めた。

その光はまるで、死んだ心臓に電流が戻る瞬間のよう。


倉庫の闇がわずかに息を吹き返す。

そして、大悟の瞳にも、久しく消えていた“意志の光”が戻っていた。

暗い倉庫の奥、

モニターの光だけが世界を形づくっていた。

キーボードの打鍵音が、雷鳴の間を縫うように続く。


画面に、無数の文字列が走る。

 > TRACE ROUTE : @Sango


数行ごとにコードの羅列が現れては消え、

光の線が地図上を縫うように拡がっていく。

まるで、デジタルの神経が世界中に這い出していくようだった。


大悟は背をわずかに曲げ、

モニターに吸い込まれるように目を凝らす。


「公安の回線は鎖。

俺は今、それを逆に辿る。」


低い独白が、嵐の低音に溶けていく。

外で雷が裂け、瞬間、倉庫の中が閃光に満たされる。

その青白い光に照らされた大悟の横顔は、

もはや“人”というより、“機械の残響”だった。


彼の指先は止まらない。

規則正しく、冷たく――まるでプログラムそのものが彼を操っているかのように。

表情は消え、呼吸さえノイズに溶けていく。


モニターの中では、トレース線が心電図のように明滅していた。

ピッ、ピッ、と一定のリズム。

その光が大悟の瞳に反射し、

彼の心拍が、電波の震えと重なる。


世界がひとつの脈動で繋がる――

それは、命の再起動であり、同時に「裏切りの始まり」でもあった。


次の瞬間、モニターの端に浮かび上がる。

《ACCESS NODE : UNKNOWN / LOCATION : ???》


青い閃光がまた一度、

大悟の影を壁に焼きつけた。

突如、通信が途切れた。

モニターが一瞬フリーズし、ノイズが画面全体を走る。

次の瞬間、赤い警告文字が浮かび上がる。


 【ACCESS ALERT:公安那覇支局 内部回線接続】


大悟の手が止まった。

指先が空中で凍りつく。

呼吸の音すら、雨の轟きに飲み込まれて消える。


モニターの隅に、小さく点滅するアクセス元のアドレス。

《KAMIYA_SYS》


――神谷。


大悟は息を吸い、そして、笑った。

その笑みは怒りでも安堵でもない。

ただ、**“まだ見られている”**という事実が、彼の心に奇妙な温度を灯した。


「……神谷。

まだ、俺を見ているのか。」


雨音が強くなる。

モニターの光が波打つように部屋を照らす。

その青白い輝きの中で、大悟は決断する。


彼は接続を切らない。

代わりに、指を再びキーボードへ滑らせる。

ウィンドウを展開し、警告を無視して新たな命令を叩き込む。


 > OVERRIDE TRACE / ROUTE BACK : KAMIYA_SYS


コードが流れ始める。

アクセスを拒むどころか、神谷の端末を逆利用してトレースを続行する。


「秩序を裏切る。

それが唯一、真実に近づく方程式だ。」


その言葉は、祈りのようでもあり、呪文のようでもあった。

外で雷鳴が裂ける。

一瞬の閃光が、倉庫の内部を白く塗りつぶす。


その光の中――

大悟の姿がガラスとモニターに二重に映る。


ひとりは、焦げた手で機械を操る“人間の大悟”。

もうひとりは、監視装置の中で光の粒となって息づく“データの大悟”。


現実と虚構が重なり合い、

裏切りそのものが、彼の存在証明になっていく。


雨がさらに強く打ちつけ、

モニターの光だけが、彼の心臓の鼓動のように脈打っていた。


モニターの光が突然、止まった。

トレース線の奔流が凍りつくように動きを失い、

静止した画面の中央に、一行の文字が浮かび上がる。


【TRACE END : COORDINATE MATCH — 那覇公安支局 第2拘置区画】


倉庫の中で、

時間が止まったような静寂。


大悟の指が、宙で止まる。

次の瞬間、顔から血の気が引いていく。

唇が微かに動き、掠れた声がこぼれた。


「……那覇公安……第2拘置区画……」

(息を飲む)

「……玲奈、そこにいるのか。」


外では雷鳴が再び空を裂き、

その閃光が彼の頬を白く照らす。


モニターがふっと明滅し、

通信機から――高周波のような、耳を刺すノイズが溢れ出す。


だがその奥に、

確かに“声”が混ざっていた。


『……誰か、見ている……』


その囁きは、かつて聞いた玲奈の声に酷似していた。

いや、もしかしたら――記憶が作り出した幻聴かもしれない。


しかし大悟は息を止めたまま、

その音を聴き逃すまいとする。


ノイズの波が上がり、

通信機のランプが赤く点滅する。

画面が一瞬、白く閃いた。


そして――音が途切れた。


すべての光が、闇に飲み込まれる。

残ったのは、雨が倉庫を叩く音だけ。


大悟はその暗闇の中で、

まるで自分の存在ごと通信の終端に消えたかのように、

動けずに立ち尽くしていた。


倉庫全体が闇に沈んだ。

停電。

発電機の音が途切れ、すべての機械が息を止めたように沈黙する。


しかし――

暗闇の中、ひとつだけ光が残る。

モニターが断続的に明滅を繰り返していた。

青白い光が点滅するたび、

大悟の頬と、散乱した工具の影が交互に浮かび上がる。


そのリズムは、まるで心臓の鼓動。

――再誕の鼓動。


モノローグ(大悟)

「亡霊でもいい。

生き残るより、“記録される”方を選ぶ。」


彼は震える指で通信機に触れた。

冷たい金属の感触が、皮膚を通して現実と虚構の境界を消していく。

やがて手が静かに止まり、

まるで祈りを捧げるように、ゆっくりと目を閉じた。


モニターが、最後の光を放つ。

画面に浮かび上がる、二行の文字。


【SIGNAL RESURRECTION / USER : @Sango_D】

【STATUS : ONLINE】


外では雷鳴。

白光が倉庫の鉄骨を裂くように走り、

すべてを白く焼き尽くした。


次の瞬間――

光が消えたあと、そこに大悟の姿はなかった。


机の上に残るのは、

静かに明滅を続ける通信機のランプ。


「ピッ……ピッ……」

まるで呼吸をしているような規則的な点滅。


その光だけが、

嵐の去った世界の中で――

新たな“意識”の誕生を、確かに告げていた。




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