表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琉球リバース/Ryukyu Rebirth   “声は消えない”  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/27

封鎖 ― 「沈黙する女」

那覇支局の地下深く。

拘置区画の第2審問室は、まるで現実から切り離された無菌の箱のようだった。


白色のLEDライトが、天井から垂直に降り注ぐ。

光は過剰で、影を殺す。

椅子も机も、床までもが均一な灰色で、

そこに人の存在を拒むような冷たさがあった。


空調の低い唸りが、絶えず部屋の奥を震わせている。

「ゴォ……」と機械が呼吸するたび、

玲奈の前髪が微かに揺れた。


遠くで鉄製のドアが閉まる音がした。

重く、沈んだ音が、

まるでこの場所全体を“密閉”していくように響く。


蛍光灯の電流が、

心拍のようなリズムで微かに鳴っている。

「ジ……ジ……」と。

生きているのは、光と機械だけ。


天井の隅には監視カメラがひとつ。

無機質な黒いレンズが、

玲奈と、これから入ってくる神谷の動きを無言で見下ろしている。


部屋は完璧な左右対称。

中央には冷たい金属製のテーブル。

その片側に玲奈が座り、

もう片側――空いた椅子には、

いままさに神谷が入ってくる。


 


彼女の両手首には拘束具。

金属の帯が肌に食い込み、

爆発の夜に負った火傷跡が、その白い光の中で赤く浮かび上がっていた。


玲奈は目を閉じ、

ひとつ、浅い息を吐く。


――影がない。

この部屋には、誰の影も落ちない。


それはまるで、

“国家の白”――清潔さと暴力が同居する光の檻。


 


彼女の耳には、

天井から微かに聞こえる監視カメラの駆動音が届く。

「キィ……」と、

誰かがそこに“覗いている”ことを告げる小さな音。


玲奈は瞼を開き、

無機質な壁を見据えた。

白すぎるその光の中で、

彼女の瞳だけが、黒く、深く、沈黙していた。


玲奈は、金属椅子に拘束されていた。

両手首を繋ぐベルトが、肌に微かな痕を刻んでいる。

だが彼女はその痛みを感じていないように、背筋をまっすぐ伸ばし、

視線を真正面に固定していた。


呼吸は浅く、一定。

光の下で、瞳だけがかすかに揺れる。


 


ドアのロックが外れる音――「カチン」。

そして、開閉の音が空間に響く。


冷気が流れ込むように、神谷が入室した。

無駄な言葉も挨拶もない。

ただ、規律だけを纏った歩調で、玲奈の正面まで進む。


テーブルの上に分厚い資料ファイルを置く。

「ドン」と音が跳ねて、金属の反響が室内を巡る。

紙がわずかに震え、光を反射した。


 


神谷

「……君がデータを外部に流したのか?」


 


静寂。


玲奈は答えない。

まぶたが一瞬だけ震える。

だが顔は動かない。

唇の輪郭は、まるで硬化した彫像のようだった。


彼女の瞳は、神谷を見ているようで見ていない。

壁の白と同化するような、焦点のないまなざし。

神谷の声が空気を割いても、そこに反応はない。


沈黙が、二人の間に“第三の存在”として立ち上がる。

言葉よりも重く、目に見えない壁として。


蛍光灯の音だけが、代わりにこの空間の会話を続けていた。

「ジ……ジ……」

まるでこの部屋そのものが、玲奈の代わりに呼吸しているかのように。


神谷は、ゆっくりと椅子を引いた。

金属が床を擦る音が、冷たい部屋に長く尾を引く。

腰を下ろし、手元の端末を起動する。

青白い光が立ち上がり、宙に揺らめくようなホログラムが広がった。


 


そこに映し出されたのは――

黎明拠点、爆発直後の監視映像。

炎。

崩れる鉄骨。

そして、瓦礫の中で倒れる玲奈。

その背後、駆け寄る大悟の姿。


映像が止まる。

炎の光が、二人の影を凍らせたまま切り取っている。


 


神谷

「爆心地で、君が最後に触れた通信機。

 そこから“Ryu-Talk”へのアクセスログが検出された。」


 


玲奈は視線を動かさない。

瞳の奥に、映像の赤が反射している。

無反応のまま、両手首をわずかに動かした。


手錠の金属が鳴る。

「カチ、カチ……」

乾いた音が、彼女の呼吸のリズムのように空気を刻んでいく。


 


神谷(低く)

「何を隠している?」


 


沈黙。

玲奈の喉が動く。

唇がかすかに開く――だが、音は出ない。

声帯の震えは、空気の層に飲み込まれて消えた。


白い照明が、彼女の肌の血色を奪っていく。

その沈黙は、拒絶ではなく、戦いだった。


 


玲奈モノローグ

「言葉は、武器。

 沈黙は、抵抗。

 喋れば、国家の脚本の一部になる。」


 


神谷の表情が揺れる。

わずかに、瞳の奥で光がきしむ。

彼は問いかける側でありながら、

沈黙の中に“敗北”の匂いを感じ取っていた。


この部屋の支配者は、もはや彼ではない。

――玲奈の沈黙こそが、この空間を支配していた。


神谷は短く息を吐いた。

深くもなく、浅くもない――ただ、自分の中の「呼吸」という機能を確認するための動作だった。

彼は机に両手を置き、視線を落とす。

白い照明の下で、彼の影だけがどこにも存在しない。


 


神谷

「……あの夜、君は大悟をかばった。」

「彼の裏切りを、知っていたのか?」


 


玲奈の瞳が、わずかに揺れた。

ほんの一瞬、そこに“痛み”の色が差す。

しかしすぐに、何かを押し殺すようにその光は消えた。

まるで、感情そのものが国家によって検閲されるかのように。


 


神谷の視線が、彼女の手首へと落ちる。

そこに残る火傷の痕。

爆炎の記憶が、肉体の上で未だに燃え続けていた。


だが、その痕は今――

“痛み”ではなく、“記号”としてそこにあった。

国家が人間をデータ化するように、玲奈の傷もまた「記録」へと変えられていく。


 


神谷(独白のように)

「国家は、沈黙を恐れる。

 だからこそ、君の黙りは――報告よりも重い。」


 


玲奈は、ゆっくりと顔を上げた。

その動作は、抵抗でも挑発でもない。

ただ、存在を取り戻すための“動き”だった。


光の中で、彼女の瞳は黒く沈む。

どんな反射も、もう映らない。

鏡のようだった彼女の瞳は、今や光を拒絶する深淵となっていた。


 


神谷(心中)

「……あの目に、俺は何を映してきた?」


照明の音が、微かに唸る。

その中で、ふたりの沈黙だけが――

尋問室という“国家の白”に、ゆっくりと黒い影を滲ませていった。





監視カメラのランプが、静かに赤く点滅していた。

その明滅は心臓の鼓動のようで――

いや、もはやこの部屋そのものが“生きている”ようだった。


壁の中を流れる電流が、冷たく囁く。

「見ている。記録している。」

そんな声が、空調の低い唸りに混じって聞こえる気がした。


 


神谷はわずかに首を上げる。

天井の隅、黒いドームレンズの中に“誰か”の視線を探す。

そこには、もう正義も命令も存在しない。

ただ、観察するだけの国家の眼があった。


その眼が、神谷をも“データ”として見つめている。

彼は一瞬だけ、肩で呼吸をした。

人間としての体温を確かめるように。


 


玲奈がその視線を追う。

唇が微かに震え、音にならない呼吸が漏れる。

しばらくの沈黙の後――

その唇が、かすかに言葉を紡いだ。


 


玲奈(かすれ声)

「……あんたも、見られてる。」


 


その瞬間、空気が変わった。

冷たさが鋭くなる。

室内の酸素がわずかに減ったような、息苦しい静寂。


神谷は返事をしなかった。

ただ、玲奈を見つめる。

その眼差しに、感情があったのか――それすら、もはや誰にも判断できない。


 


蛍光灯が一度だけ、チカリと点滅する。

一瞬だけ、二人の影が床に落ちる。

初めて生まれた“人間の証”。


しかし――

次の瞬間、光が戻り、影は消えた。

まるで、存在そのものが国家のホワイトアウトに吸い込まれるかのように。


 


白い光だけが残る。

清潔で、無慈悲な白。

この部屋にはもう、

「罪」も「正義」も「影」も、許されていなかった。


神谷は、無言のまま資料ファイルを閉じた。

金属の表紙がわずかに軋み、空気の薄い音を立てる。

それは、尋問の終わりを告げる音でも、真実を封じる音でもなかった。

ただ、この部屋の“時間”が一枚、静かに綴じられた音だった。


 


玲奈は動かない。

微動だにせず、視線を一点に固定したまま。

まるで、沈黙そのものが彼女の発言であり、抵抗であり、

国家への最後の報告であるかのように。


神谷はしばらく彼女を見つめていた。

その目に、怒りも哀れみもなかった。

ただ、理解と諦念の狭間で揺れる、人間の残響だけがあった。


 


モノローグ(玲奈)

「声を奪われても、沈黙は消せない。

 沈黙は、記録されない証言だ。」


 


空調の唸りが再び響き出す。

カメラが、静かに二人の姿を俯瞰で捉える。

その映像は、冷たいデータとして保存される。

息遣いも、瞬きも、沈黙までもが“観測対象”として。


 


レンズ越しのモニターには、

玲奈と神谷――二つの“人間の形”が、灰色のノイズに分解されていく。

やがて、画面のコントラストがゆっくりと落ち、

ただ一つの色だけが残る。


 


赤。

玲奈の手首の火傷の痕。


それは、痛みの証ではなく、

“国家に焼き付けられた印”のように、無機質な輝きを放っていた。


 


その赤が、監視モニターの奥でわずかに脈動する。

まるで、生きているように。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ