デジタルの亡霊 ― @Sango
深夜二時四十三分。
アパートの一室は、光の存在を忘れたように沈んでいた。
唯一の明かりは、ノートPCのディスプレイ。
その白い光が、大悟の頬の輪郭を断続的に浮かび上がらせている。
外からは、那覇湾の波音がかすかに聞こえた。
潮の匂いと、焦げた埃の匂いが混じる。
エアコンの低い駆動音が、静寂の底を震わせるように響く。
PCの冷却ファンが回転を上げ、そのリズムが大悟の鼓動に重なっていった。
机の上には、開けかけのコーヒー缶。
中の液体は冷え切り、まるで時間が止まってしまったようだった。
その隣には、割れた公安の身分証と黒いUSBメモリ。
どれも現実を示す“証拠”でありながら、今の彼にとっては亡霊の遺品のように見えた。
ときおり、「ポッ」と通知音が鳴る。
短い電子の呼吸。
それがまるで、誰かがこの部屋の中で息をしているように感じられる。
大悟は無言のまま、トラックパッドに指を滑らせる。
画面に、ブックマークされた《Ryu-Talk》が現れる。
匿名掲示板――かつて比嘉海斗が使っていたものだ。
一瞬、マウスカーソルが宙を泳ぐ。
それはためらいというより、“誰かの目を確かめる”ような動きだった。
やがて彼はクリックする。
液晶の光がわずかに強まる。
投稿リストの中で、ひとつのタイトルが目を引く。
【Thread: 00172 “黎明と国家の取引”】
指先が止まった。
その瞬間、エアコンの音が遠ざかり、世界が呼吸を止めたように感じる。
スクロール。
投稿の本文が浮かび上がる。
投稿者:@Sango
「黎明の崩壊は、“内部からの合意”によるものだ。
国家と黎明、両者は“恐怖”の分配で均衡を保っていた。」
目の奥が乾いていく。
心の奥で、何かが“警鐘”を鳴らす。
画面下には三つの添付ファイル。
公安那覇支局 内部文書(.pdf)
東恩納議長 資金フロー(.png)
【機密】捜査官行動記録(Daigo_0037.log)
最後のファイル名に視線が釘づけになる。
息を呑む。
「Daigo」――それは彼自身のコードネーム。
「……俺の、記録……?」
モニターの光が一瞬、明滅する。
ファイルが開かれる。
白いノイズが走り、画面の中で文字列が崩れていく。
そのノイズが、まるで遠くから誰かの声が混じるような“歪んだ息遣い”に聞こえた。
投稿者情報欄がちらつく。
【投稿者:@Sango】
【最終ログイン:2時間前】
呼吸が止まる。
比嘉海斗――死んだはずの男の名。
まるで墓の下から指先が伸び、データを叩いているかのようだ。
(モノローグ)
「死んだはずの亡霊が、秩序を暴いている。」
スクロールするたびに、ディスプレイの光が彼の顔に波打つ。
瞳の中で、文字の列が脈動する。
まるで心拍そのものが、画面に同調しているように。
そして、ふと。
画面の右下に赤い点が灯った。
マイクのアイコンが、ゆっくりと点滅を始める。
(……誰かが、見ている。)
彼は息を呑み、PCをそっと閉じる。
だが閉じる直前――
黒い画面に映った自分の顔の隣に、一瞬だけ“もう一つの瞳”が浮かんだ。
青白く、無感情な光。
人間ではない何かの、観察する瞳。
静寂。
「ピッ——」という短い音が残る。
大悟は動かない。
そのまま、暗闇の中でゆっくりと息を吐いた。
(モノローグ)
「監視の亡霊は、もうネットの中じゃない。
俺の呼吸の中に、棲みついている。」
カーテンがかすかに揺れる。
外の風が、死者の声を運んでくるように。
画面の奥では、まだ《Ryu-Talk》の通知音が鳴っている。
「ピッ……ピッ……ピッ……」
そして闇が、すべてを飲み込んだ。
部屋の明かりはついていなかった。
夜の那覇湾から吹き込む湿った風が、カーテンをわずかに揺らす。
薄闇の中で、大悟はゆっくりとノートPCの蓋を開けた。
ディスプレイが点き、青白い光が彼の頬を切り取る。
その光だけが、世界のすべてを照らしていた。
光に照らされた顔には、疲労と焦燥と、何かを諦めたような無表情が混じっている。
PCの冷却ファンが、低い呼吸のような音を立てて回り始める。
マウスを動かすたび、指先に光が反射して微かに震えた。
その小さな震えは、緊張というより“生存の証”のようにも見える。
彼は意識していないような動作で、
ブックマークバーに並ぶアイコンのひとつをクリックする。
《Ryu-Talk》――匿名掲示板。
かつて、比嘉海斗がよく潜っていた場所。
今では、国家の裏と裏がぶつかり合う“闇のアーカイブ”となっていた。
ページが開く。
黒い背景に、灰色の文字が静かに並ぶ。
無数のスレッドタイトルが、まるで墓標のように整列している。
【Thread: 00170 “公安那覇支局の沈黙”】
【Thread: 00171 “黎明、内部協力者について”】
【Thread: 00172 “黎明と国家の取引”】
【Thread: 00173 “情報漏洩の真相(※消去予定)”】
カーソルが動き、00172の行で止まる。
その一瞬、PCのファンが静まり返る。
部屋の空気が変わる――まるで誰かが背後に立ったかのような、密度の変化。
(モノローグ・大悟)
「……黎明と、国家……?」
BGMがわずかに低く沈む。
波音が遠ざかり、代わりに電子のノイズが小さく混じり始める。
画面の光だけが、呼吸をしているように瞬く。
指先がクリックをする。
小さな“カチッ”という音が、
この夜で唯一の現実的な音だった。
そして――スレッドが開かれる。
スレッドが開かれる。
黒い背景に白い文字が、淡く滲むように浮かび上がる。
まるで夜の闇の中から、声そのものが直接立ち上がってくるようだった。
【Thread: 00172 “黎明と国家の取引”】
投稿者:@Sango
投稿日時:02:41:08
「黎明の崩壊は“内部からの合意”によるものだ。
国家と黎明、両者は“恐怖”の分配で均衡を保っていた。
片方が沈めば、もう片方もまた沈む。
だから、爆破は“交渉”だった。」
淡々とした文体。
だがその静けさが、何よりも不気味だった。
大悟の指先が止まる。
目が、投稿者の名前に吸い寄せられる。
投稿者:@Sango
息が詰まる。
心臓の音が、画面のスクロール音と重なる。
静かな、しかし確かな拍動。
机の上の缶コーヒーが、わずかに揺れた。
大悟の喉がひくりと動き、何かを飲み込むような音だけが響く。
(モノローグ・大悟)
「……比嘉、海斗……?」
画面を見つめる。
その下には、三つの添付ファイルが並んでいた。
▷ 公安那覇支局 内部文書(.pdf)
▷ 東恩納議長 資金フロー画像(.png)
▷ 【機密】捜査官行動記録(Daigo_0037.log)
最後のファイル名で、彼の手が止まった。
視線が一点に吸い込まれ、光が瞳に映り込む。
(モノローグ・大悟)
「……俺の、行動記録……?」
指がゆっくりとリンクに触れる。
クリックの瞬間、画面が暗転し、
ローディングの輪が静かに回り始めた。
ディスプレイの光が明滅し、
それが大悟の瞳に脈動のように映る。
呼吸が、音もなく乱れる。
そして――画面に浮かび上がるファイル名の下、
一行のシステムメッセージ。
【警告:機密データの閲覧は追跡されます】
大悟は動かない。
だが、その瞳の奥には確かなものが宿っていた。
恐怖でも、驚愕でもない。
それは、“覚悟”という名の、静かな火だった。
画面の読み込みバーが、じわじわと満ちていく。
白い円が閉じきる瞬間、静かに文字が浮かび上がった。
【投稿者:@Sango】
【最終ログイン:2時間前】
――時が止まった。
大悟の呼吸が、一瞬だけ抜け落ちる。
世界から音が消える。
雨の滴る音も、PCのファンの低音も、
ただ遠くの海鳴りだけが、彼の内側で反響していた。
(モノローグ・大悟)
「……サンゴ。
比嘉、海斗――。」
その名が唇から漏れると、空気がわずかに震えた。
まるでその声に呼応するように、
スクリーンが微かにノイズを走らせる。
(SFX)
スクロール音:「コロコロ……コロ……」
指がトラックパッドを撫でるたび、
スクロール音が部屋の沈黙に溶けていく。
まるで心臓の鼓動が、
画面の中で機械音へと姿を変えたかのようだった。
大悟の瞳は、完全に画面に縫い付けられている。
光が頬に断片的に反射し、
その照り返しが彼の表情を幽霊のように浮かび上がらせた。
モニターの明滅――呼吸――静寂――また明滅。
彼は見られている。
いや、彼を見ている何かが、この部屋にいる。
(モノローグ・大悟)
「死んだはずの亡霊が、秩序を暴いている。」
その言葉とともに、
PCの冷却ファンが一段高く唸りを上げた。
まるで誰かが、その中で息を吹き返したかのように。
部屋の空気が、わずかに震えている。
深夜二時台の静寂に、電子の低い唸りがじわりと染み込んでいく。
ノートPCの冷却ファンが回転数を上げ、
まるでこの小さな空間全体が、機械の肺として呼吸を始めたかのようだった。
カメラがゆっくりと引いていく。
大悟の背中が画面の中心に残され、
ディスプレイに映る彼の顔が、反射で“二重”に浮かぶ。
ひとつは生身の顔――汗と疲労が刻まれた現実の表情。
もうひとつは、ノイズと圧縮の歪みで形を崩した影。
その二つの像が、
ピクリとも動かず互いを見つめ合う。
(SFX)
ファンの高鳴り。
電子ノイズが耳の奥でざらつく。
画面の下、タスクバーの通知が点滅する。
無機質な青い光が、心臓の拍動のようなリズムで明滅する。
【Ryu-Talk:新着スレッド 00173 “神谷公安内部リーク”】
大悟の瞳孔が、わずかに開く。
その視線の奥に、“恐怖”ではなく“確信”が生まれていく。
――彼は監視されている。
そして、同時に誰かを監視している。
画面右下、マイクアイコンが赤く点灯する。
音を拾っている。
この部屋の息遣い、この沈黙の震えまでも。
(モノローグ・大悟)
「……俺は、誰に見られている?」
一拍の間。
ノイズの向こうから、
ほんの微かな声が、再生されたかのように混じる。
「……まだ、終わっていない。」
ディスプレイの光が一瞬だけ強く閃き、
影の中の“大悟”が、現実の彼よりも先に口を開く。
その口元は、
まるで笑っているように見えた。
ノートPCのディスプレイが、わずかに瞬いた。
大悟は呼吸を整えながら、
その光の中に沈んでいく自分の輪郭を見つめていた。
画面にはまだ、《Ryu-Talk》のスレッドリストが残っている。
しかし、彼の指はもうマウスに触れなかった。
代わりに――ゆっくりと、蓋に手をかける。
ヒンジが軋む音が、
まるで誰かの喉が鳴るような不気味な響きを放つ。
ディスプレイが閉じられていくその瞬間――
黒い液晶の中、彼の顔の隣に“何か”が映った。
もう一つの瞳。
青白く滲む輪郭。
ノイズのようにゆらめきながら、確かにこちらを見ていた。
(SFX)
「ピッ——……」
闇。
部屋全体が、電源を落としたかのように沈黙する。
波音も、ファンの回転音も消えた。
ただ、夜風が一度だけカーテンを揺らし、
そこに残る“視線”の名残を、静かに撫でていった。
大悟は目を閉じ、ゆっくりと息を吸う。
その呼吸の奥で、かすかに電子のざらつきが混じる。
大悟
「監視の亡霊は、もうネットの中じゃない。
俺の呼吸の中に、棲みついている。」
閉じられたノートPCの表面に、
一瞬だけ、青い点が“呼吸”のように点滅する。




