第9話:後退できない冒険者(前半)
(黒槍の重戦士:パイク視点)
ギギギギギ──ッ!
岩を喰む巨大ワームの口が、大盾に噛みついた。
円環状に並んだ細かな牙が金属を削り、火花が散る。
「これくらい……っ!」
俺は腰を落とし、地面に突き立てた盾を体で押し返す。
痺れが腕に走る。だが、俺は崩れない。
盾の向こうで蠢くワームの勢いを受け止めたまま、右手の槍をグッと持ち直す。
反動をつけて跳ねのけ、牙の隙間へ穂先を突き立てた。
「キシュルル……ッ!」
巨体がのたうち、坑道の空気が震える。
「今だ!」
俺が叫ぶのとほぼ同時に、側面から飛び出したフランキスの斧が唸りを上げる。
豪快な一撃がワームの胴を断ち、ドスンと鈍い音を立てて地に落ちた。
のたうつ胴体から粘ついた体液が飛び散り、岩壁にジュッと音と煙を残す。
「うん。こいつで最後みたい」
ハリスが通路の奥へ目を向けながら安全を告げた。
弓は下ろしているけど、矢筒に手を添えたまま。
この油断のない性格のおかげで、俺たちはここまでこれた。
フランキスが斧を肩に戻し、岩壁に飛び散った体液を見て鼻を鳴らす。
「ったく、暴れすぎだろ。通路がベタベタじゃねえか」
そう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいた。
豪快で荒っぽいが、ここぞというタイミングを絶対に外さない。
俺が盾を構えれば、フランキスは迷わず斧を振るう。
その呼吸が、俺たちの強さだ。
メイサンの奇跡の光が、俺の腕をやんわりと包む。
残っていた痺れが、じんわりと引いていく。
その手つきはいつも通りで、いつも通りのお小言が続くのを俺は知っている。
「真正面から受け止めるにしても、タイミングってものがあるでしょうが。」
俺はへへへっと笑ってごまかした。やっぱ、バレてたか。
確かに引いて受けることもできた。
でも、今の俺たちには流れがある。
だから、真正面から止めたかった。
この勢いを、途切れさせたくなかったんだ。
盾を構えるのは、俺とフランキスの二枚看板。
大盾を掲げ、どちらかが敵の勢いを受け止め、もう一方が、その隙に武器を振るう。
ハリスの索敵が奇襲を防ぎ、メイサンも盾を構えて、祈りとメイスで前線に立つ。
俺たち“黒鉄重戦団”の戦い方は、いたってシンプルだ。
盾で受け、反撃で返し、連携で沈める。
結成以来、磨き続けたこの陣形は、今では隙のない必殺の構えだ。
「奥に広間がある。……あと、たぶん階段も」
ハリスが警戒を解き、通路の先を指さす。
フランキスが肩を回しながら、笑う。
「へへ、まだまだいけるって。今日の俺たちは、調子いいしな」
「あぁ、今ならもっと進めるはずだ」
俺はまだ見ぬ先を見据えながら答えた。
下層に行くなら、今日しかない。
「洞窟のダンジョン」七階――
下層に進んだ俺たちは、慎重に歩みを進めた。
この階層でも、俺たちの隊列が通用するか――それを確かめるつもりだった。
事前の情報通り、このフロアでは巨大なモグラが襲ってきた。
モグラの爪は、大剣と見間違うほどデカい。
大振りで読みやすいが、受け止めるには本気の構えが必要だ。
腰を落とし、大盾に全身を預けて、ようやく止まる。
だが、止めさえすれば、あとはいつも通り。
俺かフランキス、手が空いた一方が即座に攻撃に転じる。
斧が唸り、槍が貫き、敵の動きに呼吸が噛み合う。
ハリスの索敵が奇襲を防ぎ、メイサンの支援が滑らかに届く。
この階層でも、俺たちの隊はしっかりと嚙み合っていた。
俺たちは、点々と存在する鉱床で鉱石を回収しながら進んだ。
この階層から採れる鉄よりも硬く重い“黒鉄鉱”が、俺たちの狙いだ。
けれど、それ以上に、目標としてきたフロアを攻略しているという事実が、俺たちを前へ前へと進ませる。
敵を沈めるたびに、盾の重みが響き、反撃の流れが決まる。
その一つ一つが、俺たちの積み重ねを証明してくれる。
俺たちは、確かに強くなっている。
その実感が、隊の結束をさらに高め、より盤石な布陣を築いていく。
「そろそろ一回、休憩するか」
当然、油断なんかしていない。
所持品も体調も、魔力の残量も、いつも通りに確認する。
疲労は確かにある。盾を構える腕にも、じわりと重さが残る気がする。
けれど、隊の勢いは死んではいない。
少し休めば、もっと深くまで届くはずだ。
俺たちは休憩場所を求めて、さらに奥へと歩みを進めた。
――右曲がりの通路を抜けた先、岩棚の隙間を一人ずつ通り抜ける。
その先は大きく開け、これまでの洞窟から一変していた。
整った石床と、いくつもの石柱。
そして、先が見えないほど高い天井。
洞窟の空間とは思えないほど広く、整った“部屋”が現れた。
「……こんな石の部屋なんて、聞いてませんよ」
メイサンが小さくつぶやく。
「事前情報と違う……こんな広間、報告にはなかった」
ハリスが、声を潜めながら応じる。
「はっ!何がきてもブッ倒してやるさ!」
フランキスが斧を肩に担ぎ直し、ニカッと笑う。
「だな。ここの確認をして、休憩だ」
俺は頷き、大盾を構えた。
ワームの群れも、大モグラもしっかり沈めた。
今日の俺たちは絶好調なのだ。
感想・評価が賜れますれば、これ幸い。
新たなる綴りは水・日の折にお届けいたす心積もり。
本日は、これにて一区切りと相成りまする。




