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迷宮実話 -命の対価は恥で払え-  作者: 泉井 とざま
2章:テーマは『真実に迫り、読んで、笑って、ためになれ』

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第8話:憩いのひと時

(記者:✕✕✕✕✕視点)


「う~ん…」

両手を高く上げ、ひとつ、伸びをしてみる。

パキパキと背骨が小さく鳴り、首のこわばりがほどける。

手元のカバンを漁り、保温水筒を取り出し、ゆっくりと傾けて紅茶をひと口。

香りが喉を通り、静けさが体に染み込んでいく。


 ここは、洞窟のダンジョン下層――

細い蔓の這う岩壁に囲まれた、誰も来ない静かな花園だ。


 歩けば数十歩で一周できるほどの空間。

床一面には、柔らかな草地が広がっている。


 大小の穴が天井に空いており、草地に光の円を描いている。

光の柱が草地に沈み、鮮やかな草花が茂り、色とりどりの花弁が生き生きと咲き誇っている。

 時折穴から吹き込む、ふっくりとした温かい風に合わせて草花は踊り、光の中でさわさわと静かに囁く。


 澄んだ空気と、心地よい静寂だけが、この場所を満たしていた。


 私は読みかけの本に栞を挟んで閉じると、隣で乾燥させているポンポン花を手に取った。

「……もう少し……かな」

ポッコリと膨らむように丸い花を撫で、そっと戻す。

自分の髪色と同じ淡い青、瞳の色に似た紅の混じるピンク。

魔力をふんだんに含んだこの二つを混ぜ合わせることで、“仕事”に使う特殊なインクになるのだ。


 ポンポン花は、摘み取ってすぐ密封すると魔力が抜けてしまう。

少し水気を払うことで、それを防げる。

だからこの陰干しの時間は、欠かせない工程だ。

そしてこの待ち時間が、私にとって数少ないくつろぎのひとときだった。


 包みからナッツの練り込まれたクッキーを口に放り込んで、本をカバンにしまう。

ギルドでも評判のお菓子店のクッキーはしっとりとしており、ナッツの香ばしさと触感が際立つ、お気に入りのひとつだ。


 本の代わりに、茶色の封筒に入った手紙を取り出す。

差出人のないその手紙の蝋封を、爪先で引っかけてぱきりと割る。

中からは、几帳面に三つ折りされた便箋が数枚、顔をのぞかせた。

私は敷物の上に体を預けるように転がりながら、それらにゆっくりと目を通していく。



――記者殿へ


 先般の依頼、迅速な対応に感謝する。

危機を見逃さず、しかも正体を伏せたまま救助を果たすその働き、実に見事である。

謝礼はいつもの手段で手配済みだ。内容に不足があれば、追って申し出てほしい。


 さて、今回は件の冒険者について、その動向がまとまったため報告する。


 当該パーティーは、記事掲載直後は活動を休止していたが、少し前から再開している。

駆け出しの者にとっては、金がなければ働かざるを得ないという実情もある。

それでも、この短期間で再び立ち上がったのは、彼らの負けん気の強さ故であろう。

この街を離れることなく、活動を再開している点は特に喜ばしいことだ。


 彼らは以前とは見違えるほどに、丁寧に準備をするようになったとの報告がある。

依頼を取り合う朝の喧騒に流されず、依頼の選定に時間を割くようになった。

その際、手持ちの物資と依頼の場所や対象について、彼らなりに考慮しているらしい。


 個々人の変化についても報告が上がっている。


 神官は、限られた金銭の中での薬品や道具の準備に苦心している。

自身の奇跡を合わせて必要物資の選定を行う姿勢は、評価に値する。

若干、守銭奴のきらいが見えているようだが……低ランク依頼の報酬の低さについては頭の痛い問題だ。


 魔術師は、君の書いた過去記事を読み込んでいるとのことだ。

君の記事の多くは、冒険者が経験する失敗や不注意からの事故がまとめられている。

記事を読むことで、彼らも貴重な事故の経験を追体験し、今後に生かすことだろう。

もっとも、再掲載を避けたい一心のようだが、結果としては啓発に繋がっている。


 最後に戦士は、失った剣の代わりにクラブを主武装としているらしい。

予備武装も同型のクラブのため、“蛮族”と揶揄されることもあるようだが、意外なことに本人は気にしていない。

どうやら、直剣の斬る・突くの動作よりも、シンプルに振りまわす方が、その身に合っていたようだ。

戦果は以前よりも、むしろ向上しているため、周囲のやっかみも意に介していないのだろう。


 以上より、君の記事が彼らに何らかの良い影響を与えたことは疑いようがない。

しかし、いつもながら、変化した彼らを“臆病”と謗る者がいるのは残念だ。

彼らがくじけることなく歩みを続けられるよう、こちらとしても支援を惜しまぬ所存である


 こちらでも若手への啓発活動は継続しているが、やはり効果は限定的である。

冒険者の独立独歩の気質、特に若年層に顕著な衝動性に対しては、制度や規程の及ぶ範囲に限界がある。


 その点、君の記事は、我々とは全く異なる方面からの啓発として機能しているようだ。


 記事となった冒険者が嘲笑を受けて引退する懸念は、予想に反して少ない。

むしろ、それらを糧として前に進まんとする者ばかりであり、私自身、冒険者への理解が及んでいなかったと痛感している。


 最後に――手紙という形式上、どうしても他人行儀な文面となること、了承いただきたい。

記者としての働き、今後も変わらず期待している。


先代より



 便箋を読み終えた私は、仰向けのまま、手紙を胸元にそっと置いた。

先代の手紙は、いつも通り報告書のように固い文面だ。

だが、端々に滲む私の仕事への評価に、胸の奥が少しだけ熱くなる。

同時に、先代の記事のように情報を網羅できない自分のやり方に、負い目も覚える。


「それでも、死んじゃったら意味がないんだ」

仰向けのまま、静かに目を閉じて、ぽつりとこぼれる独り言。

失敗を皆が覚えてくれるなら。

少しでも死ぬ冒険者が減るのなら。

――私が悪者になったって、かまわない。


 ひと息ついて、私は体を起こす。

ガラス瓶の蓋を開け、乾いたポンポン花をひとつずつ、確かめるように詰めていく。

淡い青と紅の花弁が、瓶の中で静かに重なり合う。

花の香りが静かに鼻先をくすぐるのを感じながら、蓋を閉じて布で包む。


「……さて」

瓶をカバンにしまい、読みかけの本に手を伸ばした、その瞬間だった。


 頭の奥に、ピリリとした感覚が走る。

視界の端が揺れ、誰かの叫びが響くように伝わってくる。

これは、私のスキルによるもの。

このダンジョンで、冒険者が危機に陥ろうとしている。

避けられない情報の到達に、私の余暇は静かに終わりを告げた。


「……今日は、ゆっくりできると思ったのに」

いそいそと敷物を畳み、荷物を詰め込んでカバンを背負う。

花園を振り返ると、静かな風が頬を撫でるように吹き抜ける。

私はフードを目深にかぶり、現場へ向かって駆け出した。

記者のスキル発動の一幕。

強いスキルは、発動の場所を選んでくれないのだ。


☆や感想を頂けましたら、これ幸い。

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― 新着の感想 ―
記者は謎のまま進めるかと思ってたらまさかの2代目!先代はギルド職員っぽい?
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