第7話:迷宮実話 第45号:法を守らぬなら命はない
今回の記事は、冒険者の必携となっている携帯食――
その失敗の歴史と、今話題のアレンジレシピについての特集を予定していた。
だが、急遽、内容を変更してこの話を記すことにした。
なぜそうしたかは、この記事を読んでもらえればわかるはずだ。
「金で買えないものはない」とは、よく言ったものだ。
もちろんそれは、ブクブクと太った豚のような成金貴族の妄言にすぎない。
だが、世の中の多くのものが金で転がるのも、無情な事実である。
冒険者にとっても、金は重要だと、以前の記事でも触れたことがある。
装備、薬、情報、そして命綱となる仲間との信頼……
どれも金がなければ手に入らない。
では、冒険者にとって金では買えないものとは何だろうか。
すかさず“命”と答えた者は、熱心な読者であることは間違いない。感謝する。
まさか“愛”だの“絆”だのと答える恋愛小説好きが冒険者にいるとは思わないが……個人の趣味には口出ししまい。
命は、失ってはならない唯一のものだ。だがそれだけではない。
読者諸君が潜り抜けた多くの冒険で培った“経験”
日々の鍛錬と研鑽の結晶である“肉体・技術・知識”
そして、冒険者を冒険者たらしめる“誇り”
こうして見れば、金で買えないものも、案外あるではないか。
今日は、そんな“冒険者の誇り”を失った者たち――
ならずものの話をしよう。
彼ら三人は、冒険者を狙う冒険者……いや、ならずものだ。
依頼も受けず、ギルドに入り浸っては酒を飲み、装備の良い新人を見つけては襲い、奪う。
動きやすそうな革鎧に身を包んだ、三人組。
人相は悪い……と言いってもよいが、粗忽な冒険者の顔なんて、大抵似たようなものだ。
木を隠すなら森の中とも言えるし、見かけによらぬというのも人の常。
絶世の美女だって、悪女かもしれない。結局は見た目なんて、大して当てにならない。
ともあれ、彼らは悪行を繰り返しながら、この街に流れ着いたらしい。
今日も、帰路につく疲れた冒険者を狙って、通路の影から奇襲する。
それを獣の仕業に見せかけて、装備を奪う。
実にくだらない、彼らの“いつもの仕事”だ。
だが、今回は運が悪かった。
ギルドでの企みから犯行までを、この私が見ていたからだ。
朝の喧騒の中なら聞こえないとでも思ったか。
残念だが、私に秘密は通用しないのだよ。
私は、彼らの凶行を防ぐべく後を追い、洞窟ダンジョンへと入った。
もちろん、冒険者警邏隊への通報も済ませてある。
安心してほしい。私が凶刃に倒れる冒険者を見過ごすはずがないだろう?
彼らの一人は、小狡いことに、怪我人のフリをして通路に伏せた。
血糊をまき、武器を“見えるように”浮かべ、ライカンロープの死体を添える。
まるで、ここで激しい戦闘が起き、怪我を負った冒険者が取り残されたかのような光景だった。
このような場面に出くわしたなら、経験豊富な読者諸君はどうするのであろうか。
慈悲深く、かつ用心深い諸君らであれば、手助けはすれど、安易に近寄るはずがないと信じている。
しかし、希望と栄光を夢見る若人たちは、その罠に飛び込んでしまったのだ。
剣士が荷物を落とし、駆け寄る。
神官がそれに続き、戦士は警戒を保ちながらも、誰もが怪我人から目を離すことができない。
剣士が膝をつき、ポーションを差し出したその瞬間――
怪我人だった男が、剣士の腕を引き寄せ、隠していたナイフで首筋を狙った。
同時に、背後から二人の影が躍り出る。
神官の胸と戦士の肩へ、黒い刃が迷いなく迫っていた。
ならずものの刃にためらいはなく、驚愕に止まった冒険者たちは、まさに“獲物”と言ってよい存在だった。
先にも言ったが、私がこのような卑怯な行いを許すはずがない。
私は、魔法を使って奴らの手に痛みを与え、ナイフを弾き飛ばした。
その場から飛び退き、背中合わせで死角をなくした二人は、視線を巡らせて私を探した。
だが、お前ら如きに見つかる私ではない。
それどころか、私を探すために上への警戒が疎かになっている。
間を置かず、乾いた破裂音が響き、白銀の糸が空に広がった。
粘着性のある網が奴らを絡め取り、もがけばもがくほど、自由を奪っていく。
残る“怪我人”については、武器を弾くだけで十分だった。
手を引かれ、体勢を崩していたはずの剣士の青年は、右足を大きく踏み込み、全身に力を漲らせる。
そのまま、右手に絡みついた相手の腕を逆手に取り、重心を崩すように引き寄せた。
ならずものの体は弧を描いて宙を舞い、顔から血糊の海へと叩きつけられる。
剣士は、動きを止めることなく、相手の腕を捻って拘束して見せたのだ。
その後の処理は、ギルドの警邏隊に任せた。
「君たち、大丈夫だったか」
先頭の隊員が駆け寄り、冒険者たちに声をかける。
彼らの登場で、通路の空気が変わった。
糸を切る手つきは正確で、動きに迷いはない。
静かに湛えた怒りを表に出すことはないが、軽口を叩いた者は、その縄が一段きつく締められた。
青のギルド証を胸に飾る“冒険者警邏隊”
まさにそれは、グラン=リュミエールの秩序を守る盾であり、冒険者の誇りを掲げた刃だ。
その中でも隊長の男は、他の隊員とは違う空気を纏っていた。
細身ながら背は高く、彫りの深い顔立ちと鋭い目つきで、ならずものを見下ろす。
その視線は、氷よりも冷たい。
「この街で好き勝手できると思ったか」
静かで低い声が通路に響いた瞬間、ならずものの喉が鳴った。
反射ではない。恐怖の音だ。
縛り上げられたならずものは、抵抗する気を失い、大人しくなった。
隊長は一歩近づき、言葉を続ける。
「さっさと連れていけ。……殺すなよ」
その一言に、ならずものは顔を引きつらせた。
なぜなら、その言葉が“隊長が刃を収めるため”だと理解したからだ。
あの目を見た者は、二度と違反しようとは思わないだろう。
もっとも、今ごろ奴らは、ギルドの地下牢にいるのだから、二度目は存在しないがね。
一足先に帰還した私は、紅茶をすすりながらこの記事を書いている。
今回、ならずものに狙われた冒険者たちは、不幸とも言えるし、幸運とも言えるだろう。
ダンジョンでは、理不尽は唐突にやってくる。
それと同じように、救いの手もまた、気まぐれに現れる。
まぁ、今回に関しては一言、“災難だったな”と伝えておこう。
この経験を糧に、より賢く、より誇り高い冒険者へと成長することを願っている。
そして、誇りを失った冒険者もどき――
くだらない企みをする、ならずものに告げておこう。
誇りを取り戻すのは、今しかない。
再び立ち上がれぬ者に、冒険者を名乗る資格はない
――法を守らぬなら、命はない。
ギルドは常に見ているぞ。
もちろん私も許す気はない。
※本記事は、冒険者の反省と酒場の肴を兼ねてお届けする。
失敗は誰にでもある。だが、次に笑われるかどうかは、諸君の運と記憶力次第だ。
記:醜聞記者
感想・評価が賜れますれば、これ幸い。
新たなる綴りは水・日の折にお届けいたす心積もり。
本日は、これにて一区切りと相成りまする。




