表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮実話 -命の対価は恥で払え-  作者: 泉井 とざま
1章:冒険者向け不定期新聞

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/13

第7話:迷宮実話 第45号:法を守らぬなら命はない

 今回の記事は、冒険者の必携となっている携帯食――

その失敗の歴史と、今話題のアレンジレシピについての特集を予定していた。

だが、急遽、内容を変更してこの話を記すことにした。

なぜそうしたかは、この記事を読んでもらえればわかるはずだ。


「金で買えないものはない」とは、よく言ったものだ。

もちろんそれは、ブクブクと太った豚のような成金貴族の妄言にすぎない。

だが、世の中の多くのものが金で転がるのも、無情な事実である。


 冒険者にとっても、金は重要だと、以前の記事でも触れたことがある。

装備、薬、情報、そして命綱となる仲間との信頼……

どれも金がなければ手に入らない。


 では、冒険者にとって金では買えないものとは何だろうか。

すかさず“命”と答えた者は、熱心な読者であることは間違いない。感謝する。

まさか“愛”だの“絆”だのと答える恋愛小説好きが冒険者にいるとは思わないが……個人の趣味には口出ししまい。


 命は、失ってはならない唯一のものだ。だがそれだけではない。

読者諸君が潜り抜けた多くの冒険で培った“経験”

日々の鍛錬と研鑽の結晶である“肉体・技術・知識”

そして、冒険者を冒険者たらしめる“誇り”

こうして見れば、金で買えないものも、案外あるではないか。


 今日は、そんな“冒険者の誇り”を失った者たち――

ならずものの話をしよう。



 彼ら三人は、冒険者を狙う冒険者……いや、ならずものだ。

依頼も受けず、ギルドに入り浸っては酒を飲み、装備の良い新人を見つけては襲い、奪う。

動きやすそうな革鎧に身を包んだ、三人組。


 人相は悪い……と言いってもよいが、粗忽な冒険者の顔なんて、大抵似たようなものだ。

木を隠すなら森の中とも言えるし、見かけによらぬというのも人の常。

絶世の美女だって、悪女かもしれない。結局は見た目なんて、大して当てにならない。


 ともあれ、彼らは悪行を繰り返しながら、この街に流れ着いたらしい。

今日も、帰路につく疲れた冒険者を狙って、通路の影から奇襲する。

それを獣の仕業に見せかけて、装備を奪う。

実にくだらない、彼らの“いつもの仕事”だ。


 だが、今回は運が悪かった。

ギルドでの企みから犯行までを、この私が見ていたからだ。

朝の喧騒の中なら聞こえないとでも思ったか。

残念だが、私に秘密は通用しないのだよ。


 私は、彼らの凶行を防ぐべく後を追い、洞窟ダンジョンへと入った。

もちろん、冒険者警邏隊への通報も済ませてある。

安心してほしい。私が凶刃に倒れる冒険者を見過ごすはずがないだろう?


 彼らの一人は、小狡いことに、怪我人のフリをして通路に伏せた。

血糊をまき、武器を“見えるように”浮かべ、ライカンロープの死体を添える。

まるで、ここで激しい戦闘が起き、怪我を負った冒険者が取り残されたかのような光景だった。


 このような場面に出くわしたなら、経験豊富な読者諸君はどうするのであろうか。

慈悲深く、かつ用心深い諸君らであれば、手助けはすれど、安易に近寄るはずがないと信じている。


しかし、希望と栄光を夢見る若人たちは、その罠に飛び込んでしまったのだ。

剣士が荷物を落とし、駆け寄る。

神官がそれに続き、戦士は警戒を保ちながらも、誰もが怪我人から目を離すことができない。

剣士が膝をつき、ポーションを差し出したその瞬間――


 怪我人だった男が、剣士の腕を引き寄せ、隠していたナイフで首筋を狙った。

同時に、背後から二人の影が躍り出る。

神官の胸と戦士の肩へ、黒い刃が迷いなく迫っていた。

ならずものの刃にためらいはなく、驚愕に止まった冒険者たちは、まさに“獲物”と言ってよい存在だった。


 先にも言ったが、私がこのような卑怯な行いを許すはずがない。

私は、魔法を使って奴らの手に痛みを与え、ナイフを弾き飛ばした。

その場から飛び退き、背中合わせで死角をなくした二人は、視線を巡らせて私を探した。


 だが、お前ら如きに見つかる私ではない。

それどころか、私を探すために上への警戒が疎かになっている。


 間を置かず、乾いた破裂音が響き、白銀の糸が空に広がった。

粘着性のある網が奴らを絡め取り、もがけばもがくほど、自由を奪っていく。


 残る“怪我人”については、武器を弾くだけで十分だった。

手を引かれ、体勢を崩していたはずの剣士の青年は、右足を大きく踏み込み、全身に力を漲らせる。

そのまま、右手に絡みついた相手の腕を逆手に取り、重心を崩すように引き寄せた。

ならずものの体は弧を描いて宙を舞い、顔から血糊の海へと叩きつけられる。

剣士は、動きを止めることなく、相手の腕を捻って拘束して見せたのだ。


その後の処理は、ギルドの警邏隊に任せた。

「君たち、大丈夫だったか」

先頭の隊員が駆け寄り、冒険者たちに声をかける。

彼らの登場で、通路の空気が変わった。

糸を切る手つきは正確で、動きに迷いはない。

静かに湛えた怒りを表に出すことはないが、軽口を叩いた者は、その縄が一段きつく締められた。


 青のギルド証を胸に飾る“冒険者警邏隊”

まさにそれは、グラン=リュミエールの秩序を守る盾であり、冒険者の誇りを掲げた刃だ。


 その中でも隊長の男は、他の隊員とは違う空気を纏っていた。

細身ながら背は高く、彫りの深い顔立ちと鋭い目つきで、ならずものを見下ろす。

その視線は、氷よりも冷たい。


「この街で好き勝手できると思ったか」

静かで低い声が通路に響いた瞬間、ならずものの喉が鳴った。

反射ではない。恐怖の音だ。

縛り上げられたならずものは、抵抗する気を失い、大人しくなった。


 隊長は一歩近づき、言葉を続ける。

「さっさと連れていけ。……殺すなよ」

その一言に、ならずものは顔を引きつらせた。

なぜなら、その言葉が“隊長が刃を収めるため”だと理解したからだ。

あの目を見た者は、二度と違反しようとは思わないだろう。


 もっとも、今ごろ奴らは、ギルドの地下牢にいるのだから、二度目は存在しないがね。



 一足先に帰還した私は、紅茶をすすりながらこの記事を書いている。

今回、ならずものに狙われた冒険者たちは、不幸とも言えるし、幸運とも言えるだろう。


 ダンジョンでは、理不尽は唐突にやってくる。

それと同じように、救いの手もまた、気まぐれに現れる。

まぁ、今回に関しては一言、“災難だったな”と伝えておこう。

この経験を糧に、より賢く、より誇り高い冒険者へと成長することを願っている。


 そして、誇りを失った冒険者もどき――

くだらない企みをする、ならずものに告げておこう。


  誇りを取り戻すのは、今しかない。

再び立ち上がれぬ者に、冒険者を名乗る資格はない


――法を守らぬなら、命はない。


 ギルドは常に見ているぞ。

もちろん私も許す気はない。


 ※本記事は、冒険者の反省と酒場の肴を兼ねてお届けする。

失敗は誰にでもある。だが、次に笑われるかどうかは、諸君の運と記憶力次第だ。


記:醜聞記者

感想・評価が賜れますれば、これ幸い。

新たなる綴りは水・日の折にお届けいたす心積もり。

本日は、これにて一区切りと相成りまする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ