第5話:迷宮実話 第43号:宝の罠には注意しろ
さて、読者諸君は、『迷宮実話 第05号:鍛錬は入口で行え』を覚えているだろうか?
初心者の五人組が、魔物との交戦を求めてダンジョンの奥へ進み、帰還手段を失って立ち往生した――そんな一件を記録した記事だ。
あの時の彼らは、装備も経験も心構えも、すべてが足りなかった。
餌を前にした猪のように敵から敵へ戦いを求め、気が付けば迷子とは、実に滑稽だったと記憶している。
だが幸運に恵まれ、命を拾った彼らも、今では立派な“中堅冒険者”として活動しているらしい。
酒場では彼らの名を耳にすることも増え、依頼でもそれなりの成果を残しているようだ。
あの時の失敗を胸に刻み、少しでも“まとも”な冒険者に慣れたのなら、私も助けた甲斐があるというものだ。
そう、成長とは、成功と失敗の積み重ねである。
今回は、その彼らがとあるダンジョンの奥へ挑んだ“現在”の記録をお届けしよう。
舞台は石室のダンジョン中層、隠し扉の奥にある静かな一室。
そこに置かれたひとつの宝箱が、彼らの運命を試すことになる。
果たして彼らは、過去の教訓を生かせたのか――それとも、また新たな反省を刻むことになったのか。
その隠し部屋は男の足で二十歩程度の四角い部屋だった。
私は四隅の柱の陰から、件の冒険者たちの動向を見つめていた。
わずかに高くなった部屋の奥で、赤い絨毯の上に宝箱が置かれてる。
まさに“どうぞ開けてください”と言わんばかりのシチュエーションである。
読者諸君はここでどうする? 迷わず開けるか、訝しみ、立ち去るのか……
残念なことに、金に目のない我々は、目の前の人参には飛びつかずにいられない愚か者ばかり。
まあ、調べもせずに立ち去るような賢い者は、長生きできても大成することはないだろうがね。
とにかく彼らも宝箱を開けることを選んだ、勇気ある冒険者であったのは確かだ。
短剣使いは手早く罠を確認すると、工具をくるくると回し、慣れた手つきで開錠に取り掛かる。
「この前の宝は高く売れた」「最近ツイてる」
「ミミックを警戒しろ」
「ここは高価な武具がよく出る」「“大当たり”には夢がある」
僅かな警戒を含みながらのめいめいに軽口を叩き、作業を見守る。
約束された成功、まだ見ぬ報酬への期待。
いつもの光景を信じて疑わぬ彼らは、まるで吸い寄せられるように宝箱へと集まっていた。
しかし、開錠は失敗したのだ。
“罠の種類を間違える”という初歩的なミスで。
留め金が弾ける音が、部屋の静寂を破った。
白く濁った煙が宝箱の隙間から噴き出し、瞬く間に視界を覆う。
箱の近くにいた冒険者たち四人は咳き込み、膝をつき、声を荒げる。
煙を激しくかぶり、崩れ落ち、喘ぐ弓使い。
激しくせき込み、さらにガスを吸い込む騎士。
危機に気が付き伏せるも、身動きが取れなくなった神官。
咄嗟に距離を取るも、体の自由を奪われる短剣使い。
どうやら、罠は麻痺ガスだったらしい。
頑なに宝箱へ近づこうとしなかった魔術師だけが、唯一、難を逃れたようだ。
彼はガスを避けるようにゆっくりと近づき、カバンからポーションを取り出しながら……説教を始める余裕すら見せた。
用心深く、安全を優先する魔術師は、ガスが薄れるまで待つつもりなのだろう。
取り出したポーションを床に置き、麻痺に苦しむ仲間を見下ろして腕を組み、声のトーンを下げた。
予想通りの失敗をした仲間に向かい、ご講釈を垂れるのはさぞ気分が良かったことだろう。
……その瞬間までは、だが。
背後の通路から響いた異音が、彼の説教を容赦なく遮った。
彼もまた、油断していたのであろう。
袋小路となっている部屋に向かって、モンスターが迫っていたのだ。
魔術師はその音を聞きつけると素早く振り返り、通路を睨んだ。
ガツン、ガツンという床石を削る音を確認すると、ギリギリまで味方に近づき、帰還の呪文を唱え始めた。
ポーションで治療し、迎え撃つ準備をするよりも、手間も少ない。
脱出さえできれば、後でも治療ができる。実に賢明な選択を迷いなく行った。
――それが、間に合うのであれば。
影を落とした入口から、鋼の甲殻を軋ませてメタルスコーピオンが現れる。
くすんだ銀色の異形の魔物は、鋭く巨大な爪を掲げ、毒の滴る尾を揺らしながら、ゆっくりと複脚を動かし、冒険者たちとの距離を詰める。
やはりダンジョンというものは、恐ろしい場所である。
麻痺で封じ、魔物の追撃で仕留める。
恐らくこれは“不運”ではなく、ここまでが“仕組まれた罠”なのだ。
懸命に詠唱を続ける魔導士の胸の奥には、すぐに治療を行わなかった後悔があったのかもしれない。
魔物の接近すら気にも留めないその姿は、贖罪のようにも見えたが、その真意は彼のみが知るところだ。
ただ、仲間の呻き声を背に受けながら、呪文の完成だけを見据えるその姿には、何かしらの“覚悟”が滲んでいたように思えた。
しかし、無情にも魔術師に、サソリの大爪が迫る。
冷酷な刃が彼の頭に振り下ろされる様を、麻痺した仲間たちは、それをただ眺めるしかできない。
罠の種類を間違えずに開錠ができていれば――と、短剣使いは歯を食いしばったのだろうか。
奇跡を使い、罠の種類を二人で確認していれば――と、神官は伏せたまま祈っていたのだろうか。
油断せず、宝箱から距離を取っていれば――と、騎士は咳き込みながら剣に手を伸ばしたのだろうか。
弓使いだけは、後悔すらできないほどに意識が薄れていたのは間違いないので割愛だ。
後悔先に立たず――とはダンジョンの常であるが、今回に関しては地獄に仏。
この場に私が“たまたま”居合わせた幸運に感謝してほしい。
魔術師に爪が迫るその直前、私は魔法で室内の麻痺ガスを集め、魔物へと叩きつけた。
勢いを受け止めきれず、態勢を崩したサソリは、痙攣するように脚をばたつかせ、無様な姿を晒していた。
その隙に素早く撤退を選択したあたり、彼らも過去の教訓を生かし、生還することを優先できたようで何よりだ。
今回に関しては魔術師の判断であるため、彼のパーティーの中、
「サソリが動きを止めたなら、宝箱を確認するくらいいいのでは?」と考える者がいなかったかと考えると……いささか不安ではあるがね。
中堅冒険者パーティーの“活躍”は楽しんで頂けたかな?
ちなみに、宝箱の中身について私は知っているが……それを言うつもりはない。
逃がした魚の大きさに後悔する――それもまた、冒険者の醍醐味だろう。
さて、読者諸君。
今回の冒険者たちは、命を手放すことなく帰還できたわけだが……危機の要因は何だっただろうか?
ミスをした短剣使いが悪い――そう言える“完璧な冒険者”が少ないことを祈る。
ひとつのミスが生死を分けるのがダンジョンだが、ミスは誰にでも起こるものだ。
失敗を補うための二重チェック、周囲の警戒、距離を取る……やるべきことは全員にあるはずだ。
冒険者である以上、宝箱の誘惑からは逃れられない。
中身を見ずして終わる後悔しないためにも、欲を飼いならす必要があるのだ。
欲に目がくらむ前にこの一言を思いだせ。
――宝の罠には注意しろ
※本記事は、冒険者の反省と酒場の肴を兼ねてお届けする。
失敗は誰にでもある。だが、次に笑われるかどうかは、諸君の運と記憶力次第だ。
記:醜聞記者
毎回、いいとこに居合わせる記者の一文。
……何か秘密があるのでしょうか。
☆や感想を頂けましたら、これ幸い。




