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迷宮実話 -命の対価は恥で払え-  作者: 泉井 とざま
1章:冒険者向け不定期新聞

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第4話:欲に勝てない冒険者

(お調子者の短剣使い:フラック視点)


 オイラ達“兎の跳足”は、魔法付与されたお宝が出やすいって噂の、石室のダンジョンに潜ってた。

今いるのは六階層――隠し扉の奥、細い通路を抜けた先の部屋。


 部屋の四隅には、古い模様が刻まれた太い石柱が立っていて、奥は一段、わずかに高くなっている。

そこには金糸で飾られた赤い絨毯が引かれていて、宝箱がぽつんと置かれていた。

静かすぎて、逆に怪しいくらいの空気の中、オイラは、足音を殺して壇に近づいた。


 宝箱の隙間から見えるノズルを一目して、オイラは振り返った。

「へへっ、罠は“火吹き”だな。これで連続成功記録、更新っと!」

工具をくるくる回してから、鍵穴の細工に取り掛かる。オイラの大事なルーティーンだ。

これをやらないと、なんか調子が狂うんだよな。


 よし! ――この手の罠は、何度も見てきた。

金属の噛み合わせ、留め金の重さ、仕掛けの癖……

今じゃ、見なくても手の感触でわかるんだよ。だいたいな。


「なあ、前回の宝箱、覚えてるか? あの筋力強化の指輪。まだまだ高く売れるってさ」

指先は迷いなく動いてる。けど、口からは自然と軽口がこぼれた。

「そりゃいいね! うちら、最近ツイてるし。今日もがっぽり稼がなきゃ!」

すぐ横でリリャが、オイラの手元をのぞき込みながら、にやりと笑って背中の矢筒を軽く叩いた。


 後ろの方から、うちの魔術師――アルヴィンの声が聞こえた。

「罠もだけど……ミミックだけは勘弁してくれよ? この前だって、それで……」

「あ、あれも最後は勝ったんだからいいだろっ!」

オイラは工具を握ったまま、素早く言い返す。

……まあ、腕があと数センチずれてたら、今頃“隻腕のフラック”になってたかもしれないけどな。

でも、勝ちは勝ち。つまりは成功なんだから、記録は更新だ。オイラ的には。


 そこにグラモンドが腕を組みながら、落ち着いた声で合わせてくる。

「どのみち、開けない手はない。ここでは高価な武具がよく出るのであろう?」

「また新装備ですか? この前、鎧を買い換えたばかりでは……」

グラモンドは武具に目がないから、こういう時は助かる。偉そうなやつだけど、頼りにはなる。

ソリナは胸は目立つけど、態度は控えめで冷静。そして、怒るとものすごく怖い。


 すると、リリャがすかさず煽ってきた。

「装備品は適正者の総取りが、うちらのルールだからね! “大当たり”こないかなぁ~」

調子のいいこと言いながらも、目は宝箱に釘付け。

こいつのそういうとこは、嫌いじゃない。


「……まぁ、君たちがそう言うなら止めないけどね」

アルヴィンの声が、足音と共に遠くなっていく。

どうせ、やれやれ……とか思ってるんだろう。

まったく、魔術師ってのは、皮肉を言わなきゃ生きていけないのか。


 ま、オイラはギャンブルが無きゃ生きていけないけどな!

なんて、未だ見ぬ報酬の使い道を夢想していたのが悪かったのか、


――パキン。

留め金が弾ける音が、石室の静寂を破った。

次の瞬間、宝箱の隙間から白く濁った煙が噴き出し、あっという間に視界を染めた。

足元も仲間の顔も、ぼやけて見えなくなる。


「うわっ!」「ちょ! なにしてんのよっ!」

「くっ!? 毒か……っ!」「あ……喉が……」


 やっちまった!

オイラは口を押えて飛び退き、姿勢を低くしてあたりを伺った。

なんか変だ……体から……力が抜ける!?


グラモンドは片膝をついて咳き込み、顔が青く、手が震えてる。毒が回ったか。

ソリナは丸く蹲って耐えてるが、奇跡を唱える余裕はなさそうだ。

リリャも毒をまともに喰らったらしい。へたり込んで、呻き声を漏らしてる。


 くそ、力が入らない!

そんな苦しむオイラ達の後ろから、呆れるような声が聞こえた。

「これは“麻痺ガス”だね……フラック、やってしまいましたね?」

意地で振り向いたその先には、ガスの外側からこちらを見つめるアルヴィンがいた。


 いいから早く助けろよっ!

強くにらむが、アイツはそんなこと、気にもとめない。

「まさか罠の種類を間違えるなんて、ちゃんと確認した?」

呼吸が苦しくなり視界が歪み、オイラの怒りが燃え上がる。

やらかしたのはオイラだけど、早く見つけてくれよ!


 「残念ですが、煙が落ち着くまでは近寄れませんね」

まるで心を読んだように返事をしながら、アルヴィンはカバンから黄緑色のポーションを二本取り出し、床にそっと置いた。

「まずは回復役と守り役。ソリナとグラモンドですね。順番は大事ですから」


 はいはい。どうせ始まるんだろ、いつもの説教が。

オイラは、歯を食いしばって耐える覚悟をした。

……動けないのに、頭だけは冴えてるのがまた腹立つ。


「さて皆さん、そもそも罠解除なんですから、危険があることくらいわかって――っ!」


 不意に説教が止まり、代わりに低く響く詠唱が始まった。

アルヴィンの異変に、オイラは、麻痺したまま耳を澄ませる。たぶん敵だ。


 ガツン……ガツン……


 詠唱の合間に、石を削るような、重く不快な足音が徐々に大きくなる。

金属を擦るような甲殻の軋み……まずい!メタルスコーピオンだ!


 空気がわずかに震え、甲殻に覆われた異形の魔物が部屋の入り口に現れる。

複数の脚が床を這い、巨大な爪がゆっくりと持ち上がる。

尾の先には、毒針のような突起が揺れていた。

その動きは緩慢だが、確実にオイラ達に迫っていた。


「ま……!」

倒れたままのグラモンドが声をあげた。

魔物の爪が、ゆっくりと振り上げられる。

その軌道は、まっすぐにアルヴィンを狙っている!


 だが、アルヴィンは動かない。

一心に転移の呪文を唱えて――いいから逃げろよ!


 分かってる。

アイツはオイラ達を助けるためにそこから動けないってことくらい。

普段は一歩離れたとこから嫌味を言ってくる癖に、こういう時だけ仲間想いになりやがって!


 魔物の脚が床を叩き、アルヴィンに飛びかかる。

そこからの一瞬は、やけに長く感じられた。


 人の胴ほどもある大爪が、アルヴィンの頭部に落ちていく。

麻痺したオイラ達は、それを、ただ眺めるしかできない。

心臓がぎゅっと縮こまるような胸の痛みと、ひどい後悔の念が頭を埋め尽くす。


 その瞬間だった。

小部屋に、ふわりと風が吹き込んだ。

どこから湧いたのか分からねぇ風が、床を撫でるように走っていく。

白く濁った麻痺ガスが巻き上げられて、煙が渦を巻きながら舞い上がった。


 渦は、まるで狙いすましたみてぇに魔物の巨体へ向かっていく。

脚に絡みつき、胴を包み、尾の毒針まで白く染め上げて――

サソリが空中でビクリと跳ねた。

飛びかかった勢いのまま、脚が床を踏み損ねて、

ドシャリ。甲殻の塊が、崩れるように地面に落ちた。


 魔物はそのままピクピクと脚を震わせて、起き上がれねぇ。

白い煙が、そいつを包んだまま、しばらく漂って……

まるで「もういいだろ」って言ってるみたいに、風に巻かれて天井へ昇っていった。

そして、何事もなかったかのように、霧散した。


「……い、今の…?」

かすれた声がわずかに漏れ出た。

倒れたままのオイラ達には、何が起きたのかすべてはわからなかった。

でも、アルヴィンだけは違ったらしい。

口元をにやりと歪ませて、まるで何事もなかったみてぇに、呪文の詠唱を続けていた。


 ちょっと待て! あの化け物サソリが動けねぇなら、お宝くらい回収しろよ!

震える指で宝箱を示した瞬間、視界が光に閉ざされた。

転移魔法の光が、オイラ達五人を包み込む。


 そうして部屋には、静けさだけが残された。

開いた宝箱を残したまま。



 ギルド酒場のひと卓、生還した五人を取り巻く空気は重い。

「……結局、収穫ゼロかぁ」

がテーブルに額をつけたまま、リリャがぼやく。

「命があっただけ良しですよ」

ソリナは目を伏せながらゆっくりと酒を呷る。


「つ、次はちゃんと罠の種類、見極めるからさ……」

指をいじりながら呟くオイラ。今回は、本当にやらかしたと思っている。


「それ、何回目のセリフかな? それにほら……」

アルヴィンが紅茶をすすりながら、壁の掲示板を指さす。


――迷宮実話 第43号:宝の罠には注意しろ


 掲示板の中央から、身に覚えのあるタイトルが飛び込んできた。

感想・評価が賜れますれば、これ幸い。

新たなる綴りは水・日の折にお届けいたす心積もり。

本日は、これにて一区切りと相成りまする。

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