表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮実話 -命の対価は恥で払え-  作者: 泉井 とざま
3章:匿名記者が迫る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/31

第31話:変わらぬ日常回、変わりゆく日常

(記者:オルタシア視点)


「こんな隅っこにいたんだ。こんばんは、オルタシアさん」


 背後から聞き慣れた声がかかる。

背を向けて座っていたはずなのに見つけるとは、やはり目ざとい男だ。


「……何の用ですか、アルヴィンさん」


 不機嫌を隠す気もなく返す。

紅茶のカップをそっと置き、首をわずかに動かして睨み上げる。

視線が合うと、彼は嬉しそうに話を続けた。


「昨日の件で、改めてお礼を言いたくてね。本当に助かったよ」

「……仕事ですので」


 短く切り捨てる。

それでも彼は気にした様子もなく、勝手に会話を続けてくる。


「仕事と言えば、あの記事は見た? あの日、僕ら以外にも例の“記者”がいたらしいね」

「そうみたいですね」


 探りを入れてきているのか。

紅茶をひと口含む。

冷めかけた香りが、わずかに鼻をくすぐり、喉が潤う。


「あの場にいたなら助けてくれても……って、協力して脱出できたし、それは必要ないか」

「それで? 何の用なんですか?」


 本題に入らない態度への苛立ちが、声に滲む。

すると彼は頬を掻きながら、ようやく、言いにくそうに口を開いた。


「あーいや、要ってほどじゃないんだけど……」

一度だけ視線を外し、すぐにこちらを伺うように身をかがめてくる。


「こうやって知り合ったのも何かの縁だし、もしよかったら今度、一緒に依頼とか……」

「無いです。私はソロなので」

「……そっか。それなら仕方ないよね。冒険の仕方は人それぞれだしね」


 そこで彼は、ためらいもなく対面に腰を下ろした。

まだ話すつもりらしい。


「なら代わりにさ、時々でいいから話をしない? 情報交換って言ってもいいけど」

「情報交換……?」

「今回、君に助けられてよく分かったよ。僕は情報通のつもりでいたのに、敵に踊らされて……危険に巻き込んでしまった」

「別に気にしてないわ。……それに、あの時は私も助かったし。お互い様」


 言いながら、指先でカップの縁を軽くなぞる。

その仕草が、自分でも意外なほど落ち着いていた。


「だから、僕が迷ったとき、ちょっとだけ話をさせてよ。今回みたいに間違えないためにも」


 本当は断りたい。けれど、この男は分かっているのだ。

私が結局、助けを求められたら放っておけないことを。


「……まぁ、少しだけなら」

「ありがとう。そう言ってもらえて本当に助かるよ。じゃあ、また……君の都合のいい時にでも」


 嬉しそうな声を残し、アルヴィンは去っていった。

その背中を睨みつける。

なんだかんだ言いくるめられて、“次の約束”をさせられてしまった気がする。


 溢れるため息を、冷めかけた紅茶で飲み込んだ。

本当に、厄介な男に目をつけられてしまったかもしれない。


「あっはっは! それで暫くギルドの番犬かよ!」


 その時、遠くの席から大声の笑いが響く。

カジノの事件をまとめた記事への反応だろうか、自然と耳が傾いてしまう。


「うるせぇ! まぁ、もうやべぇギャンブルはしねーよ。こりごりだ。」

「そうしろそうしろ。俺らが賭けるのは、命だけで十分ってな」

「うまいこと言ったつもりかよ! 下らねぇな!」


 賑やかな声が飛び交う。

昨日までどこか重たかった空気が、今日は妙に軽い。

依頼の成功を祝い仲間と肩を叩き合う者、明日の成功を願い高らかに杯を掲げる者。

ギルドは、すっかり日常を取り戻していた。


……なんと言うか、胸の奥が妙に温かい。

巻き込まれる形だったけど、違法カジノの調査に参加して、街の危機を止めた。そんな実感がある。

そして今、こうして笑い合う人たちの日常を守れたのだと思うと、少しだけ誇らしい。


――けれど。


 その感情を、そっと胸の奥に押し込める。

私は正体不明の記者。

恥を広めて危険を伝える――醜聞記者なのだ。


 誰にも知られてはならない影の役目。

浮かれるわけにはいかないし、表に出すわけにもいかない。

記事の一文が頭をよぎり、スッと目が細くなる。


“黒幕――真の悪人を明らかにすることはできなかったのである。”


 街の危機は、きっとまだ終わっていない。

黒幕はいずれまた、この街へ何かを仕掛けてくるはず。


 だからこそ、私が正体不明であることが役に立つ。

そんな確信めいた予感が、静かに胸の奥で灯っていた。


……とはいえ、当面厄介になりそうなのは、黒幕ではない。

さっきの男、アルヴィンだ。


 アルヴィンの、人の油断を誘うあの柔らかい笑みが頭に浮かぶ。

考えるだけで、またため息がこぼれそうになる。


 紅茶を飲み干し、静かに席を立つ。


――考えても仕方ない。それより動こう。

こういう“いい知らせの日”は、気が大きくなる冒険者も多いからね。


 椅子がわずかに軋む音だけが、喧騒に溶けていく。

その喧騒を背に、私はいつものように、影の中へと姿を消した。

事件解決の手ごたえを感じる記者の一幕。

僅かな変化を覚えつつも、彼女はこれからも人を助け、記事を書き続けるのでしょう。


☆や感想を頂けましたら、これ幸い。


これにて本作は一度、完結と相成ります。

続きの腹案はありますが、しばし別の物語を綴る予定です。


続編をお待ちいただければ、作者として冥利に尽きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
完結お疲れさまでした 一般冒険者の日常みたいな感じがして楽しかったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ