第3話:迷宮実話 第39号:金で命は買えない
日々依頼に奔走する冒険者にとって、“節約”は確かに重要な美徳だ。
武器や防具、飲食に日々の生活……金はどれだけあっても足りやしない。
特に酒や女、博打に有り金を溶かすような輩には、ぜひとも覚えてもらいたい言葉ではあるのだが……
使うべき金を惜しみ、懐に抱えたまま死ぬ者もまた多い。
本日は、そんな“節約”にまつわる、哀れな三人組を紹介したいと思う。
彼らが受けた依頼は、なんてことはない低難度の素材回収依頼だ。
小型ライカンスロープを退治して、その毛皮を集める。
危険度は低め、報酬はそこそこ。
「これくらいなら、俺たちでいけるんじゃね?」
「ポーション、使わずに済んだら儲けものだしっ!」
笑みを浮かべ、軽口を交わしながら、彼らは出発していった。
だが、私から見れば、準備は明らかに不十分だった。
道具の補充は最低限。ポーションですら数本。
魔力回復薬も、解毒薬も。そもそも、持っていなかった。
「使わなければ減らない」
その信念のもと、彼らは命を賭けた“節約”に挑んだのだろう。
それはもはや、“万端”の準備どころか、“慢心”そのものだった。
むき出しの岩々がせり出し、狭い道が冒険者を薄暗い闇へと誘う、洞窟のダンジョン。
彼らが向かったのは、洞窟の先――三階層。
私も、少しだけ距離を置いて、後を追った。
狩りを始めてからの彼らの状況は、順調そのものだった。
正面から現れる小勢の群れを、いとも簡単に倒して奥へと進む。
戦士は剣についた血を払いながら、「やっぱ余裕だな」と笑っていた。
冷静な魔術師は杖を軽く振り、己の魔力の残量を把握する。
神官は、手当の技術も確かなのだろう。
戦士の軽傷に対して、素早く、的確な処置を施していく。
そして彼女はポーチを抱えながら、明るく言った。
「ふふっ、でもこれって、節約成功ってやつ?」
笑みを浮かべる彼らには、焦りも疑念もなかった。
だが、順調という事実は、静かに彼らの警戒心を削り始めていた。
成功の実感が積み重なるほどに、彼らは“油断”という名の霧に包まれていく。
開けた空間に気づいた私は、彼らを追い越し、先に足を踏み入れた。
その瞬間、肌を刺すような冷気が背筋を這い、思わず足を止める。
岩々の影が不規則に並び、そこから不穏な気配がじわりと滲む。
天井は妙に低く、空間全体が押し潰されているような印象を受けた。
その天井には、大岩が不自然にめり込んでいた。
……聡明な読者諸君なら、もうお気づきだろう。
そう。この部屋には、罠がある。
そして彼らは、見事にそれに気づいていなかった。
彼らが自分たちの失敗に気づいたのは、大岩が退路を塞いだ瞬間だった。
……そして、それは合図だった。
岩陰から、これまでよりも大きな体躯のライカンスロープが三体、静かに姿を現した。
魔術師が退路の確保に動けば、敵を抑えられるのは戦士ただひとり。
しかし通路を塞ぐほどの大岩だ。
一介の魔術師が破壊するには、時間も魔力も、あまりに足りない。
額に汗を滲ませながら、彼は残された魔力のすべてを、詠唱に注ぎ込んでいた。
方や戦士は、声を上げ、懸命に抵抗を続けていた。
だが、これまで戦ってきた小型との違いに戸惑い、動きが鈍った。
傷が増え、呼吸が荒くなる。
そのたびに神官が祈りを捧げ、ポーションを使って戦いを繋いだ。
そして、神官の魔力が尽き、頼みはポーションのみとなったその時――
少女の手が止まり、顔が真っ青に染まった。
覗き込んだポーチの底には、わずかな薬瓶が転がっているだけだった。
神官の異変に気づいた戦士は、咄嗟に身を固くした。
だが、その一瞬の硬直が隙となり、ライカンスロープの爪が剣を弾いた。
甲高い鋼の音が響き、彼は囲まれた。
「温存しよう」
「もったいない」
その言葉で、どれだけの墓標に刻まれてきたか、彼らは知らない。
“節約”の果てに待っていたのは、悲惨な結末だ。
彼らも、それをまもなく突きつけられることになる。
だが、幸いなことに、狼に狩られる哀れな子羊たちには、“たまたま”現場に居合わせた私がいた。
戦士の足元に閃光玉を投げ入れ、撤退の隙を作ってやった。
それが偶然か、誰かの意図か――
彼らに考える余裕などなく、ただ無様に、必死に逃げだした。
魔物に追撃されることなく逃げ帰れたのも、幸運ではない。
……私が処理したのだが、その詳細は割愛する。
今回も冒険者たちは、命を落とすことなく帰還した。
わずかなポーションで生き延び、依頼も達成した。
さて、読者諸君。
この依頼は、果たして“成功”だったと言えるだろうか。
命は繋がった。報酬も得た。
……だが、それが“節約の成果”だと本気で思うのなら――
次は、棺桶の中で同じ言葉を口にしてみるといい。
命は、金では買えない。
それを知りながら準備を怠り、死の間際に後悔する者は後を絶たない。
全くもって、金を惜しんで命を落とすとは――
実に、見事な“節約”だ。
……そうは思わないかね?
※本記事は、冒険者の反省と酒場の肴を兼ねてお届けする。
失敗は誰にでもある。だが、次に笑われるかどうかは、諸君の運と記憶力次第だ。
記:醜聞記者
感想・評価が賜れますれば、これ幸い。
新たなる綴りは水・日の折にお届けいたす心積もり。
本日は、これにて一区切りと相成りまする。




