第28話:脱出(2)
(記者:オルタシア視点)
アルヴィンを横目に、静かに立ち上がる。
虚ろな目が、ぼんやりと私を追ってくる。
……そんなに見られると、少し困るんだけど。
仕方なく息を吐き、ナイフでドレスの背の紐を一気に断ち切った。
肩を抜くと、凹凸の少ない体からドレスがストンと落ちる。
「っ!!」
アルヴィンが目を見開く。いや、だから見ないでほしいんだけど。
私は手早く麻袋に掛けられていたぼろ布を纏い、腰を荒紐で縛る。
これで動きやすくはなった。
すぐに麻袋を数個並べ、“自分の身代わり”を作る。
肩の丸み、腰の位置、床に蹲る姿を思い浮かべながら袋を積み、
その上にドレスを被せ、さらに布で覆って形を整えた。
扉の死角に回り込み、息を整える。
見張りが雑に覗く程度なら、これで十分だ。
アルヴィンは……まだ苦しそうだ。
胸が浅く上下し、呼吸が乱れている。しばらくは動かせない。
私は扉の下部に身を寄せ、のぞき窓から見えない位置で耳を当てた。
足音、複数の男の声、見張りの愚痴。
《幽識》を使い、さらに情報を拾う。
どうやら、この潜入は敵にとっても想定外だったらしい。
外では景品や違法品、契約書、資金らしきものを慌ただしく運び出している。
私たちを半日放置した理由も、これで納得だ。
「くっそ、手が全然足らねぇ! どうにかなんねえのか!」
聞き覚えのある声が飛び込んできた。
――これは、好機かもしれない。
私は指輪を扉に当て、簡易の消音魔法を施す。
振り返ると、アルヴィンがふらつきながらも体を起こしていた。
「大丈夫? 魔法をかけたから、少しの物音なら平気」
歩み寄りながら、ネックレスの飾りをひねる。
内部の空洞が開き、小さな丸薬が指先に転がった。
「これを飲んで。解毒薬だけど、ふらつきくらいは和らぐはず」
彼の口に薬を押し込み、肩を貸して死角に座らせる。
呼吸を整えつつある彼から上着を外し、私と同じように偽装を施した。
「外が騒がしいわ。見張りが離れるかもしれない」
スキルで得た情報を、聞き耳の結果として伝える。
「いなくなったら、このピンで鍵を開ける。出口まで歩ける?」
うっすら目を開けたアルヴィンは、小さく頷き、また目を閉じた。
薬が効き始めたのか、顔にわずかに赤みが戻っている。
私は彼の隣に腰を下ろし、静かに様子を探った。
ここから脱出するには、私の“秘密”を一部明かす必要がある。
彼が裏切り者でないことは分かった。
だが、それとこれとは別問題だ。
――足音が近づいてくる。
迷っている時間は、もうない。
私は息をのみ、アルヴィンの肩に触れた。
「アルヴィン……一つだけ、約束して」
閉じかけたまぶたがわずかに動く。
「これから見せる私の魔法のこと。誰にも言わないでくれる?」
彼は微かに笑い、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとう。必ずここから帰すから」
その瞬間、扉が乱暴に叩かれ、消音魔法が破られた。
「おいっ! 聞こえてんのか! 暴れても無駄だぞ!」
「バカ! そんな奴らほっとけ! さっさと来い!」
怒鳴り声が遠ざかる。
私は立ち上がり、手首を回して準備を整えた。
――今しかない。
ピンを鍵穴に差し込み、内部の突起を探る。
小さな音とともに、鍵が外れた。
アルヴィンを見ると、彼はふらつきながらも立ち上がる。
肩を貸し、指輪を握り込んで呪文を唱えた。
「“姿消し”がかかってる。声は出さないで、ゆっくり動いて」
《幽識》で廊下の気配を探り、扉を開けて外へ出る。
木箱や袋を抱えて走り回るならず者たちの間を、慎重に進む。
壁に身を寄せ、狭い通路では触れられないようにやり過ごす。
「時間がねぇ!」「あれはどうした!」
怒声が飛び交う中、私たちは洞窟へ抜けた。
湿った空気が肌にまとわりつき、腐敗した水の匂いが鼻を刺す。
滴が水面を叩く音が低く響く。ここは街の下水道。
粗末な船に違法品を満載し、魔法の明かりに照らされて並んでいる。
風魔法まで使って積み込んでいるあたり、“魔法避け”は解除中らしい。
姿を消したまま脇道の暗がりに潜り込み、ようやく一息つく。
ここまで来れば、逃げ切れる。
あとは流れに沿って出口へ向かうだけだ。
「奴らの積み荷の行き先さえ分かれば……」
座り込んだアルヴィンが、悔しげに拳を握る。
「危険を感じたら即撤退。ここから先は、私たちの役目じゃない」
「……くっ!」
拳が力なく床を叩く。
私は指先に小さな明かりを灯し、彼の表情を照らした。
「その元気があるなら、移動よ。一秒でも早く出たい」
「ああ……そうだな」
結局、そこを出たのは三時間後。
臭いの染みついた体を引きずり、ギルドへ戻り着いたのはさらに二時間後だった。
脱出完了の一幕。
さて、今回の記事はどうなることやら……
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